1. はじめに
2026年1月6日、中国商務部は「日本に対する両用品目の輸出管理強化に関する公告(2026年第1号)」(原文:商务部公告2026年第1号 关于加强两用物项对日本出口管制的公告)(以下「本公告」といいます。)を公布し、同日より即時施行しました。
クアラルンプールでの米中経済貿易協議及び釜山での米中首脳会談を受け、米中関係の緊張が緩和に向かう方向が見られる中(輸出管理の文脈では、中国政府がレアアースの包括的再輸出規制等を1年延期するなど、日本企業にとっても大きな影響がありました。)、昨年11月初旬以降、将来的に武力の行使が伴う形で台湾有事が発生したと仮定した場合に関する衆議院予算委員会での首相答弁をめぐって、日中関係は厳しい状況になっています。中国政府からは、昨年中、対日観光・留学や水産物輸入に関する措置が先行して実施されており、商務部も日本に対して一定の措置を取り得る旨を示唆していましたが、経済四団体による例年の訪中団が中止されるなど、各種行事が影響を受けていることに象徴されるように、日中関係が改善する見通しが見えないまま、年明け早々に本公告に基づく輸出管理の強化措置が実行に移されました。
本公告による具体的な影響やその程度は、中国当局による運用次第という側面もあり、現時点では確たることはいえない部分も多いものの、中国現地法人を含めてサプライチェーンに中国が関係する日本企業が多い中、日本企業のビジネスにとって重大なインパクトを生じさせる可能性がある措置であることは確かでしょう。当事務所は、中国に関する経済安全保障問題につき、とりわけこのような見通しが付きにくい場面においては、中国現地に駐在し、中国実務に関する豊富な経験と最新かつ正確な情報を持つ弁護士と、輸出管理・経済制裁を含めた経済安全保障の豊富な知見を持ち、日本企業の立場から経済安全保障の実務対応等を多く助言する弁護士が協働し、複数の視野からできるだけ状況の解像度を高めつつリーガルサービスを提供しております。本ニュースレターにおいても、上海オフィス首席代表である若江悠弁護士と、経済産業省安全保障貿易管理政策課等に出向した経験を持つ大澤大弁護士が協働し、まずは速報として、本公告に係る基本的な内容に絞って解説します。
2. 本公告の概要
(1) 本公告の対象品目(両用品目)
本公告は、すべての「両用品目」を対象として、一定の輸出禁止措置を取るものです。
ここでいう「両用品目」とは、中国の輸出管理法及びその下位法規である両用品目輸出管理条例において定義されており、具体的には「民事用途があるとともに、軍事用途又は軍事潜在能力の向上にも資する、特に大量破壊兵器及びその運搬手段の設計、開発、生産又は使用に用いることのできる貨物、技術及びサービス」と定義されています。具体的にどのような品目が「両用品目」に当たるかについては、「両用品目輸出管理リスト」という品目リストによって決められることが基本ですが、輸出管理法に基づき当該リスト掲載品目以外の品目が「両用品目」規制の対象とされる(臨時管理)ことなどもあります。
この品目リストは、随時更新されており、昨年だけでも、2025年2月、4月、10月に相次いで各種レアアース及び関連品目等が追加されるなどの改正が行われています。
(2) 禁止される対日輸出に係るエンドユーザー・エンドユース
本公告は、「両用品目」に該当する品目を日本に輸出することをすべて一律に禁止しているわけではなく、以下のエンドユーザー(最終需要者)又はエンドユース(最終用途)に係る輸出に限って禁止の対象としています。
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日本の軍事ユーザー又は軍事用途(原文:日本军事用户、军事用途)
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日本の軍事力向上に寄与するその他一切のエンドユーザー又はエンドユース(原文:一切有助于提升日本军事实力的其他最终用户用途)
中国の輸出管理制度上、「両用品目」の輸出においては、中国の輸出管理当局から原則として個別に輸出許可を取得する必要がありますが、輸出許可に係る審査過程においては、エンドユーザーとエンドユースについても審査項目の一つとされています(輸出管理法13条)。輸出許可の申請にあたっては、それらに関する誓約書も提出する必要があり(両用品目輸出管理条例16条1項、24条)、それらは中国当局による検証に服することとなります(同条例26条)。本公告の効果としては、このような輸出許可に係る審査過程において、上記①又は②のいずれかに該当することが判明した場合は、本公告により輸出許可が発出されないことになる、ということであると考えられます。
本公告において使用されている「軍事ユーザー」等の概念については、現時点において特に定義は行われていません。米国の輸出管理措置におけるエンティティリストや軍事エンドユーザーリスト等と異なり、具体的な個社を特定列挙したリストが公開されているわけでもありません。もっとも、従前の米国向け輸出禁止措置(下記3.)に関連する中国当局の誓約書実務等に基づいて考えれば、上記①のうち「軍事ユーザー」については、軍隊(日本でいえば、防衛省や自衛隊等)自体に限らず、これらに貨物の供給やサービスの提供を行う防衛産業部門を持つ民間企業も対象に含まれることを前提とする運用となる可能性が相応にあります。他方で、上記②の「日本の軍事力向上に寄与する」という基準に関しては、本公告において新たに導入された基準であり、具体的にどのような範囲が対象として想定されているのかは、その文言上は明らかではありません。
(3) 再輸出規制の存在
本公告によって、中国から直接に「両用品目」が輸出される場合が規制されるだけでなく、いわゆる再輸出規制も課されています。具体的には、中国原産の「両用品目」について、本公告に違反して(すなわち、上記(2)の①や②に該当するような)第三国から日本への移転又は提供(再輸出)を行った場合、いかなる国又は地域の組織及び個人であっても法的責任が追及される旨を規定しています。したがって、文言上、理論的には、中国原産の「両用品目」を取り扱う全ての企業は、本公告を遵守する義務を負うことになります。
これは、再輸出規制の根拠規定である輸出管理法45条及び両用品目輸出管理条例49条3号に基づく措置であるといえますが、レアアース関連品目の再輸出規制に係る公告(商務部2025年61号文、一時停止中)にあるような、同条例49条1号(いわゆるデミニミス基準)や2号(いわゆる直接製品ルール)に相当する文言は規定されていない点には留意する必要があります。
3. 対米措置との比較を通じた考察
本公告自体に明記されているわけではありませんが、中国商務部の記者会見において、本公告は「日本のリーダーが最近公然と台湾に関する誤った言論を発表しており、台湾海峡に武力介入する可能性を示唆している。これは、乱暴に中国内政に干渉し、一つの中国の原則に重大に違反しており、性質及び影響が極めて劣悪である。国家の安全及び利益を保護し、拡散防止等の国際的な義務を履行するため」に発出された旨の発言がなされています。
上記発言をその文言に沿って検討すれば、中国政府の立場としては、将来的に武力の行使が伴う形で台湾有事が発生したと仮定した場合を想定した衆議院予算委員会での首相答弁を前提とすれば、そのような場合における日本の武力行使の可能性が高まっていることになる以上、中国の安全を守るためには、日本の軍事力に資するような「両用品目」の輸出を一律に禁止する必要がある、といったロジックに立脚し、輸出管理法10条による「特定の仕向国及び地域又は特定の組織及び個人」向けの輸出禁止の措置として本公告を施行したものと位置付けることができるように思われます。
本公告に基づく輸出禁止措置は、2024年12月3日に中国当局が米国向けに発動した措置(商務部2024年第46号公告)の第1項と類似しており(なお、一部のレアアースに関する第2項に基づく措置は現在一時停止中ですが、第1項に基づく措置は今も維持されています。)、その意味において日本のみをターゲットにした措置ではないともいえますが、それらの背景及び内容において実質的な違いがあります。
まず、米国向けの措置は、バイデン政権終盤に行われた半導体関連の輸出規制強化に対抗する形で(文言上明示はされていませんが、輸出管理法45条に基づく対抗措置として)実施されたものであるのに対し、本公告に基づく日本向けの措置は、上記のとおり、中国の国家安全を根拠とするものと位置付けられると思われます。
また、米国向けの措置に係る商務部2024年第46号公告1項も、すべての「両用品目」を対象として、「米国軍事ユーザー及び軍事用途」に対する輸出を禁止しており、この点において本公告と同様です(その文言もほぼ同一です)が、日本向けの措置である本公告においては、上記2(2)の②のとおり包括的な概念(日本の軍事力向上に寄与するその他一切のエンドユーザー又はエンドユース)が追加されています。上記のとおり、この概念の外縁は明らかではありませんが、その文言のみに基づけば、例えば、中国から輸出される「両用品目」に該当する原材料や部素材等それら自体が直ちに軍事用途に使用されなかったとしても、日本に対して輸出されることにより、(例えば日本における関連産業の強化により結果として)軍事・防衛用途にも使用されることになる可能性があると判断された場合にも、当該原材料や部素材等の輸出が本公告により禁止されるといった運用が行われる可能性は否定できず、今後の運用を注視する必要があります。この点については、輸出許可が下りるか否かという審査結果のみならず、輸出許可の申請に際して提出が必要なエンドユーザーの誓約書等において、これまで以上に厳しい要求が課せられる可能性もある点も意識する必要があります。中国の輸出管理実務においては、これまでも法令上の要求項目を超えた広範な内容の誓約が要求される事例も場合によっては見られたところですが、日本向けの「両用品目」の輸出に関しては、本公告により、かかる実務運用に対して一定の法的根拠が与えられてしまったともいえます。
4. 日本企業に対する影響と対応
本公告は、その文言上、軍事ユーザーや軍事用途等のための「両用品目」の対日輸出を禁止する措置であり、通常の民間用途による「両用品目」の対日輸出まで禁止するものではありません。しかし、「日本の軍事ユーザー又は軍事用途」や「日本の軍事力向上に寄与するその他一切のエンドユーザー又はエンドユース」の具体的な定義や解釈は現時点で示されておらず、具体的にどのような範囲の日本企業や用途が対象となるのか明確にされていません。そのため、日本企業にとって、想定に反して輸出許可が取得できなかったり、最終的には輸出許可が取得できるとしても、広範な関係書類の提出要求を含めて中国当局の審査が慎重に行われてこれまで以上に時間がかかったりする可能性も否定できません。そのため、サプライチェーンに中国が関係する日本企業においては、中国から輸入している原材料・部素材等が「両用品目」に該当するか否かの確認を含め、自社のサプライチェーンが本公告により受ける影響を評価・検証することが急務であると同時に、これまで以上に厳格化が予想される「軍事非転用」の誓約等に対応するための管理体制の再構築が求められます。さらに進んで、本公告を契機として、少なくとも「両用品目」については、その調達先を中国から日本国内又は第三国へと切り替えることができないかなど、サプライチェーンの再構築を行うことも、選択肢の一つとして検討する必要があるでしょう。
また、本公告により中国から「両用品目」に該当する原材料や部素材等の輸入がストップし、その結果、顧客等に対する製品供給等を停止せざるを得なくなった場合に備えて、中国のサプライヤーや自社の顧客等との契約内容(不可抗力条項、法令遵守条項等)を確認し、中国のサプライヤーに対して契約上講じられる措置・請求や、自社の顧客等に対する債務不履行責任等の成否等に関する整理を行っておくこともポイントでしょう。これらについては、契約内容自体に加え、契約準拠法や強行法規、中国の反制裁措置等についても考慮した、総合的な検討が必要となり、弁護士等の専門家の助言を得ることが望ましいといえます。