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中国事業の再編・撤退における近時の諸問題(2)― 現地従業員の対応

著者等
鹿はせる
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Asia Legal Update ~アジア最新法律情報~ No.264(2026年1月)
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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 近年、中国における人件費や環境規制対応コストの上昇、現地企業との競争激化、さらには米中対立や地政学リスクを背景として、中国で事業を展開してきた日系企業の間で、事業再編や撤退を検討する動きが広がっている。製造拠点を他国へ移転するケースや、中国市場の需要鈍化を踏まえた規模縮小など、その形態は多様である。

 こうした中国事業の再編・撤退は、ガバナンス、規制対応、労使関係、レピュテーション管理が複雑に交錯する総合的な課題である。その中でも従業員対応は、単なる法令順守にとどまらず、工会(労働組合)との関係、地方当局の姿勢、SNS等による情報拡散リスクを踏まえた実務設計が不可欠である。

 第1回※1で論じたクロージングと対価の支払い・受領の論点と同様、従業員対応も、初動設計、契約上のリスク配分、現場運用の三位一体による統制が鍵となる。本稿では、持分(株式)譲渡を主たるスキームと想定し、案件初期の秘密保持、SPA(持分譲渡契約)における条項設計、情報リーク・公表後の現場対応の要点を整理する。

1. 案件初期における秘密保持

1.1 相手方とのNDA

 日本企業を売主とし、現地企業を買主として、売主が保有する中国現地法人(対象会社)の持分譲渡が行われる場合、案件の初期段階では、買主によるデューディリジェンス(以下「DD」という。)に先行して、売主と買主の間でNDAを締結することが一般的である。

 しかし、実務上、買主が一方的に対象会社の従業員に接触し、会社の内情を探ることや、買収後の勤務継続について打診する事例は珍しくない。このような案件初期の情報リークは、対象会社内の動揺を招き、工会(労働組合)の先行的な行動や主要取引先の信用不安を誘発し、結果としてDDの実施を困難にするリスクがある。

 したがって、NDAにおいては、一般的な秘密保持義務に加え、相手方による従業員・取引先への接触禁止を明文で規定することが不可欠である。禁止事項は、直接・間接のいずれの接触・勧誘・調査依頼も含む旨を広く定義し、関係会社・アドバイザー・第三者を通じた働きかけを含むことを明確にすべきである。さらに、違反時の救済として、差止・是正措置、実損賠償・推定損害額、費用補償、場合によっては取引中止権限を規定し、予防的統制を図ることが望ましい。

1.2 DDにおける実務対応

 一般的に中国のM&A取引では、日本の同種取引に比べて買主による現地DD(サイトビジット)の要請が強い。しかし、早期に現地従業員を巻き込むことは、情報漏洩及び後述する集団行動(現地では「群衆性事件」と呼ばれる。)のリスクを高めるため、避けることが望ましい。

 まず、買主は買収意図が未確定の段階においては、可能な限り現地DDではなく、VDR(バーチャル・データ・ルーム)による資料開示とオンライン会議によるマネジメントインタビューにとどめ、本社から派遣された現地責任者が中心となって対応することが望ましい。

 もっとも、買主からは、現地訪問や実務に通暁した従業員へのヒアリングを求められ、そうでなければ拘束条件付条件提示(Binding Offer)を行えないと言われることがある。実際にも、DDのQ&A対応においては、正確な回答のために、現地の人事・財務及び法務担当者を巻き込む要請が強い場合がある。そのように、やむを得ず現地従業員の協力が必要な場合には、対象者を最小限に絞った上で、秘密保持義務等を盛り込んだ協力契約を個別に締結することが考えられる。さらに、インセンティブを与えるために協力への対価を盛り込むこともあり、実務上の工夫としては、持分譲渡契約(SPA)の締結及びクロージング等のマイルストーンの達成に応じて対価が支払われる仕組み(但し、取引を進めるために虚偽の情報を提供するインセンティブにならないよう注意する必要はある。)とすることが望ましい。

2. 買主との間の従業員関連の負担・リスク配分

 対象会社に対するDDが完了し、買主の買収意図が明確化した時点以降では、持分譲渡契約(SPA)の交渉ステージに移行する。この段階では、対象会社の従業員対応との関係では、(1)経済補償金の支払いの要否及び負担、(2)雇用継続義務の有無、期間及び例外事由について、買主との間で交渉事項となることが多い。

2.1 経済補償金の負担

 日本企業が中国現地法人の持分を譲渡して撤退する場合、対象会社の従業員から経済補償金の支払いを求められることが少なくない。しかし、経済補償金は、従業員の労働契約を会社都合で解除する場合に求められるものであり、持分譲渡の場合、対象会社の法人格は変わらず、譲渡後も労働契約の効力は継続するため、法令上、支払義務は発生しない。中国労働契約法33条も、使用者における名称、法定代表者、主要担当者又は株主等の変更は労働契約の履行に影響しないと規定しており、この解釈と整合的である。

 もっとも、従業員からすれば、雇用主が変更になり、特に日系企業から現地系企業となる場合、雇用条件の変更や企業文化の違いにより、実質的な転職に匹敵するインパクトがあるとして、経済補償金を求める要請が強い。日本本社としても、ストライキ等の集団行動を防止し、円滑な撤退を重視する観点から、一定の限度で金銭支払いを認めることがある。

 この支払いについて、全額又は一部を買主に負担させる交渉が行われることもあり、売主の交渉力が強い案件であれば応諾の余地もあるが、買主側からすれば、法令上根拠のない支払いであることから、負担に強い抵抗を示すことが多い。実務上も、後述する買主の雇用継続義務や承継協力義務と引き換えに、売主負担で妥結するケースが多い印象がある。なお、金銭を支払う場合、従業員との間では「経済補償金」ではなく「協力金」等の名目とし、買主への円滑承継への協力の対価として構成することが望ましい。

 問題となりやすいのは、売主(又は現地責任者)が撤退に同意してもらうために、対象会社の従業員に対してクロージング後の支払いを含む対象会社による過大な約束をしてしまい、後に支払いを実質的に負担することとなる買主との間で紛争化するケースである。このため、契約上で費用負担の帰属と調整メカニズムを明確化すべきであり、典型的には、かかる支払いや労働条件の変更については買主の合意を必要としたり、クロージング前に発生又は合意した従業員関連の一時コストは売主負担、クロージング後に買主の方針で実施される措置は買主負担とする設計が考えられる。経済補償金に相当する金銭の支払いは、クロージング前に完了させるか、クロージング後に支払いが必要な場合は、対象、金額及び持分譲渡対価調整の有無・方法を契約で明記することが望ましい。

2.2 買主による承継協力義務:雇用維持と説明会の開催等

 中国事業の撤退において、従業員によるストライキ等の集団行動は最重要の懸念事項の一つである。現地企業への持分譲渡スキームが取られる場合、従業員の不安は後任の雇用主に向けられ、不安が大きいほど集団行動につながりやすい。特に、中国では、外資企業よりも現地企業の方が労働法遵守を軽視する傾向があると指摘されており、雇用主が現地企業に変わった場合、労働環境や待遇が悪化するのではないかとの懸念を抱く従業員が多い。

 このため、従業員の不安を軽減し、持分譲渡取引に協力するよう説得するには、買主側の協力が不可欠である。具体的には、一定期間(例:3年)の雇用維持義務及び労働条件の不利益変更禁止を譲渡契約上で義務付けることが考えられる。これに対し、買主はクロージング後の経営に対する制約として雇用維持義務の応諾に難色を示すことがあり、義務を負う場合も、対象者を買主の選考基準をクリアした者に限定するなどの対案を提示することがある。しかし、中国労働法上、整理解雇やパフォーマンス不足を理由とする解雇は厳しく制限されており、こうした要請は受け入れるべきではない。買主側の弁護士と協議し、法令上の要件を充足する場合等を例外として限定列挙することで対応することが望ましい。

 さらに、従業員に対しては、次の雇用主となる買主から直接メッセージを伝達することで懸念を緩和することが望ましい。買主による従業員説明会の開催やQ&Aセッションの設置を要求することが考えられる。買主が直接の矢面に立つことを避けたいと抵抗する場合には、売主が主催する説明会への参加や、従業員向けレターの発出など、方法を工夫することが有効である。

3. 取引公表前後における従業員との交渉実務

3.1 取引未公表時の集団行動及び金銭要求への対応

 売主との間で取引契約が締結されておらず、売却取引が確定していない段階で、何らかのルートから情報が漏洩され、従業員から対象会社及び売主に対して、問い合わせ、抗議、及び将来の処遇確保等に関する要請を受けることが少なくない。

 売主としては、取引が不確実な時点において、将来の処遇や金銭支払いを保証する義務はなく、場当たりな対応として軽率な確約は行うべきではない。従業員から抗議又は要求にあった場合、会社として今後内部規則や法令等に従い、きちんと従業員への説明を含めた対応をするし、(具体的に持分譲渡をしようとしているエビデンスを提示された場合には)もし何らかの取引が発生しても、従業員の権利は法律や社内規程で保障されているため、通常どおり業務に従事してほしい旨を説得することが望ましい。

 しかし、そういった説明をしても、個別の従業員から(1)抗議活動、ストライキ等集団行動の呼びかけ、及び、(2)口止め料・経済補償金等の金銭要求が行われることがあり、それぞれの対応をあらかじめ検討しておく必要がある。

 (1)の集団行動又はその呼びかけに対しては、上述のとおりかかる従業員の行動には法的な合理性が認められないため、①就業規則に基づく減給、解雇等の処分対象となり得ること(日本企業の現地法人の就業規則には、一般的には、従業員の無断欠勤及び会社の正常な経営への妨害等に関する規定が置かれていると思われる。)、②生産中止など会社に経済的損害をもたらした場合には、会社から損害賠償請求を起こされる可能性があること、及び、③抗議運動等の集団行動により公共の場の秩序を乱した場合には、警察に通報した上で、首謀者は刑事処分を受ける可能性があること(「騒動挑発罪」(刑法293条)、「違法集会、デモ進行、示威罪」(同296条)等が適用され、犯罪に至らない程度であっても、治安管理処罰法23条、26条、49条又は55条により治安管理処罰(拘留、罰金)を科せられる可能性があること)を説明し、警告することが考えられる。

 (2)の金銭要求に対しては、①(持分譲渡の場合、上記整理のとおり)経済補償金を支払う法的な義務がないこと、②口止め料といった正当な根拠のない支払いの要求は恐喝罪(刑法274条)に当たるため、警察に通報した上で、刑事処分を受ける可能性があること(犯罪に至らない程度であっても、治安管理処罰法49条により治安管理処罰(拘留、罰金)を科される可能性があること)を説明し、警告することが考えられる。

 もっとも、現場責任者が直接警告を行う場合、かえって従業員との対立を激化させるおそれがあるため、弁護士から口頭又は書面で説明し、必要に応じて個別警告を行うことも考えられる。加えて、地元政府当局との連絡経路を整備し、事前相談の適否や危機時の通報フローを検討しておくことで、万が一大規模な事件が発生した場合の収拾力を高めることができる。

3.2 取引公表後の従業員との交渉

 買主との交渉がまとまり、取引が公表された後、法令上義務ではないものの、売主は買主への事業承継を円滑に進めるために、従業員に対して説明会を開催することが多い。その際、上記の経済補償金又はそれに相当する協力金の交渉が行われることもある。

 この段階において問題になりやすいのは、(1)(もともと法令上の義務でないことから)協力金の金額水準に関して従業員との目線が合いにくいこと、及び、(2)(特に工場を保有するなど従業員数が多い場合に)一部の従業員が不合理な要求を行い、固執することで、全員との合意形成が難航することである。

 (1)の協力金の水準については、法定されている経済補償金の計算方法(「月の賃金×勤続年数」を基本とし、勤続年数12年超は12年までで計算されるが、各地域の平均賃金に照らし上限と下限が定められている。)が一つの目安になる。しかし、従業員の納得を得るためにプラスアルファの金額を支払うこともあるし(中国では法定の計算方法による金額を「N」と呼び、そこに1か月分の給与を上乗せし、「N+1」といった言い方をする。)、法令上経済補償金の支払義務がないことを理由に、当該補償金の計算方法にとらわれず、独自に算定することもある。

 したがって、最終的に合意する金額水準はケースバイケースであるが、以下の点に留意して交渉する必要がある:

  • 所在地周辺の外資企業の動向に目を配ること:現地法人の所在地の周りに外資企業が多い場合、他の外資企業の撤退時の金額水準が従業員間で情報として共有され、交渉時の目安とされることがある。しかし、実際には、給与体系や撤退のスキーム(持分譲渡か清算)が異なるため、安易な比較に基づく要求にはきちんと反論すべきである。
  • 現地政府に事前相談を行うこと:労働当局等との事前相談により、地域における金額の相場観を把握できる場合がある。政府としては、1社が高額な協力金を従業員に対して約束すると、地域の相場を乱し、他の撤退事例で集団行動を誘発するリスクを高めるので、過度な金額を望まないことが多い。
  • 売主側の将来の撤退計画への影響も考慮すること:売主グループが中国国内に複数の拠点を抱える場合、1拠点で支払った協力金等の情報が同一グループ内の従業員に広まり、将来的に他の拠点から撤退する際に、「先例」よりも低い協力金を合意することは難しくなる。

 (2)の一部の従業員による不合理な要求が継続する場合の対応についても、唯一の正解はないと言わざるを得ないが、実務経験を踏まえると以下の対応が有効である:

  • 譲歩を小出しにしないこと:協力金の支払い等に関し、従業員からの要求に応じて譲歩を段階的に行うと、要求をエスカレーションさせることで更なる譲歩が得られるとの期待を与えることになる。譲歩は小出しにせず、一度に限定することが望ましい。
  • 早期合意ボーナスの仕組みを設けること:会社からの協力金の提案に対し、一定期間(例:1か月以内)に同意した従業員に対してはボーナスとして追加の金額を支払うことで、交渉の引き延ばしを防ぎ、早期合意を促すことが考えられる。
  • 他の従業員の同意状況の「見える化」を行うこと:協力金の支払い及びそれに伴う承継協力義務について、個別に契約書を作成して従業員と締結する仕組みが取られることがあるが、個別に従業員の同意を取得しようとする場合、対象従業員は他の従業員の動向が分からず、同意を躊躇する例が少なくない。この場合、対象会社が協力金の提案を全体従業員向けに行った後に、従業員の同意の取得割合を定期的に公表することで、上記早期合意ボーナスの仕組みと相まって、残存従業員の合意を促す方法が考えられる(但し、大多数の従業員からの同意を取得できる見込みがある場合に限って採れる方法であり、少数の従業員からしか同意を取得できない場合はむしろ逆効果となる。その場合は、そもそも交渉条件を再検討する必要がある。)。
  • 説明自体は丁寧に行うこと:上記のとおり、協力金の支払い等の条件交渉に関しては、譲歩の限度を定めた上で、ボーダーラインから先は譲らないことを明確にする必要があるが、従業員に対する説明自体は、何度でも丁寧に行う姿勢を示すことが望ましい。日系企業の従業員は、新しい雇用主に対して不安を抱えていることが多いし、日本企業の文化に愛着を持って、日本語学習等の努力を継続してきた者が少なくない。これに対して、日本企業が撤退することは、背景にやむを得ない事情があるにせよ、現地従業員にとっては残念なことであり、ネガティブな感情を抱くことは想像に難くない。円滑な撤退においては、それらの従業員に対して、売主側からこれまでの貢献に対する感謝を伝え、従業員の不安を可能な限り和らげるよう、努力を尽くす姿勢を示すことが肝要である。

脚注一覧

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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