※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
はじめに
2025年11月5日、シンガポール国会において、会社法及び会計法改正法(Corporate and Accounting Laws (Amendment) Act 2025)が可決された。
本改正法は、シンガポール企業に関する規制枠組みの強化及び株主利益の保護を推進するとともに、企業の規制負担の軽減を図ること等を目的として、会社法(Companies Act 1967)、有限責任事業組合法(Limited Liability Partnerships Act 2005)及び会計士法(Accountants Act 2004)等について、複数の重要な改正を導入する内容となっている。本改正法の施行日は現時点では未定であるものの、2026年4月以降に順次施行される見込みとされている。
本稿では、本改正法のうち、シンガポール関連の事業、投資またはM&A等に関与する日本企業にとって、実務上の影響が特に大きいと考えられる変更点に焦点を当てて解説する。
1. ガバナンスの実質化による企業規制枠組みの強化
シンガポール会社法は、取締役に対し、職務遂行にあたり誠実に行動し合理的な注意を払う義務を課しているところ、本改正法により当該義務違反に対する制裁が大幅に強化される。具体的には、罰金の上限額が従来のS$5,000からS$20,000へ引き上げられ、裁判所は罰金、最長12か月の拘禁刑、またはこれらを併せて科すことが可能となる。
また、年次報告書の提出義務や会計記録の保持義務、内部会計統制の維持義務等、企業実務上重要な義務の違反についても罰則の引上げが行われる。
このような企業ガバナンス違反に対する制裁強化の動きは司法判断にも表れており、その一例として2025年の高裁判決が挙げられる。同判決では、実質的な監督を行わないまま300社以上に名義取締役サービスを提供していた人物に対し拘禁刑10か月が科され、裁判所は職務怠慢により生じ得た損害の重大性を重視する姿勢を示すとともに、名義取締役サービスを提供する取締役にも刑事責任が及び得ることを明確にしている。
2. 株式取引における株主利益保護の強化
(1) 種類株式の権利変更に関する承認基準の明確化
種類株式(優先株等)の権利変更(廃止を含む。以下同じ。)について、これまで法律上明確に定められていなかった承認基準が、本改正法により法定化される。具体的には、定款に当該承認要件の定めがある場合にはその定めに従うこととなり、定款に定めがない場合には、当該種類株式の発行済株式総数の75%以上の承認が必要とされる。
なお、変更に反対する株主が当該種類株式の5%以上を保有している場合には、引き続き裁判所に対して当該変更の取消しを求めることができる。
(2) 選択的自社株買いに対する二段階承認プロセスの導入
特定の株主のみを対象として実施される自社株買い(選択的自社株買い)について、少数株主保護の観点から承認手続が強化され、二段階の承認プロセスが導入される。具体的には、複数の種類株式を発行している会社においては、まず取得対象となる種類株式について売却対象とならない株主の75%以上の同意を取得する必要があり、その上で会社全体としての特別決議が求められる。売却対象株主及びその関係者は、当該決議において議決権を行使することはできない。
当該種類株式のすべてを取得する場合には第1段階の同意は不要とされ、また当該同意は種類株主総会を開催することなく書面同意によって取得することも可能とされている。
(3) 強制取得に関する算定基準の見直し
強制取得(スクイーズアウト)とは、公開買付け等により対象会社株式の一定割合以上を取得した株主が、残存する少数株主の株式を強制的に取得することを可能とする制度であり、企業買収や完全子会社化の局面において利用されている。シンガポール会社法においては、当該取得割合の基準が原則として90%とされている。この90%基準は公開買付け対象株式に対する承諾割合に基づき算定され、買収者及びその関係者が保有する既存株式は算定対象に含まれない。
本改正法では、この90%基準の算定方法が一部見直される。具体的には、公開買付け開始時点までに発行されていたストックオプション及び株式に転換可能な証券について、それらの行使または転換により発行される株式が算定対象に含まれる旨が明確化される。また、90%の保有割合に到達した株主が少数株主の株式取得手続を開始する旨の通知を行うことができる期間は、90%の保有割合に到達した後2か月以内であることが明示されるとともに、到達後にストックオプションの行使または株式への転換により新株が発行され一時的に当該株主の保有割合が90%を下回った場合であっても、当該通知に基づく強制取得手続を継続することができる旨が確認されている。
3. 会社運営実務の合理化と規制負担の軽減
本改正法には、企業の負担を軽減することを目的とした改正も含まれている。
まず、会社秘書役に関する要件が見直される。従来、取締役が1名のみで構成される会社では、当該取締役が会社秘書役を兼任することは認められておらず、別途秘書役を選任する必要があった。本改正法では、取締役と秘書役の兼任を可能とする方向で制度が見直されており、小規模会社における負担の軽減が図られることが見込まれる。
また、登記上の事務所に関する規制も緩和される。従来は、各営業日において一定時間(シンガポール会社は少なくとも3時間、外国会社は少なくとも5時間)事務所を一般に開放し、その間に会社秘書役または代理人等が在席しなければならないとされていたが、これらの要件が撤廃される。これに代えて、会社は会社記録の閲覧が可能な時間帯を自ら指定することができ、当該時間帯において閲覧可能な状態を維持すれば足りるものとされ、その閲覧時間は営業日の午前9時から午後6時までの間に少なくとも2時間確保される必要がある。
4. 実務上の留意点
本改正法により取締役の義務違反に対する制裁が強化され、取締役責任の実効性が高まる方向にあることから、シンガポール子会社等における形式的な取締役就任や本社判断への依存を前提とした運用については、実質的な監督関与の確保の観点から、その運用状況を確認・整理しておくことが望ましいと考えられる。
また、種類株式の条件変更や少数株主整理の局面においては、承認手続を踏まえた計画の重要性は従来から認識されているところ、本改正法により承認取得プロセスが増加し得ることから、これらを織り込んだ早期の取引計画の策定の重要性は一層高まると考えられる。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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