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ニュースレター

「公正な買収の在り方に関する研究会」の再開~企業買収行動指針の趣旨の周知等の検討~

著者等
玉井裕子藤井崇英(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Corporate Legal Update ~コーポレートニュースレター~ No.45(2026年3月)
業務分野
キーワード

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 経済産業省が2023年8月31日付で公表した「企業買収における行動指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-」(「本指針」)は、2022年11月に発足した「公正な買収の在り方に関する研究会」(「本研究会」)における議論等を踏まえて策定されたものですが、今般、本研究会が約3年ぶりに再開され、(再開後の第1回目である)本研究会の第9回が2026年2月4日に開催されました。本研究会の第9回用の事務局説明資料(「本説明資料」)及びその議事要旨は、経済産業省のWebsite(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kosei_baishu/009.html)において公表されています。

 本指針は、上場会社の経営支配権を取得する買収(「支配権取得取引」)を巡る当事者の行動の在り方を中心に、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論及びベストプラクティスを提示するものです。実際、本指針の公表以降、支配権取得取引においては、その関係者が本指針を参照しつつ行動の在り方を検討するということが実務上定着しています。もっとも、この種の取引が増加する中で、その関係者に本指針の趣旨が十分に理解されていないのではないかとの指摘もあり、そのような事実が認められるのであれば、本指針の趣旨の周知と正しい理解の浸透を図ることが、我が国における公正なM&A市場、ひいては経済社会にとって望ましいと考えられます。また、2024年の金融商品取引法改正により、公開買付制度・大量保有報告制度が見直される等、本指針の策定後に上場会社を取り巻く法制度に大きな変更があったこと、本指針の策定以降、同意なき買収提案や競合提案、対抗的な公開買付けの実施事例が増加し、支配権取得取引に関する実務の進展やそれに伴う悩ましいポイントも生じていることから、本指針のアップデートを行うべき点がないかを併せて検討することも有益と考えられます。

 上記に記載した事情を背景に、再開後の本研究会においては、本指針の趣旨の周知や必要なアップデート等についての検討を行うことが想定されています。本ニュースレターでは、本説明資料に基づき、再開後の本研究会の主要な検討項目の概要をご紹介いたします。

本指針の趣旨の周知

 上記のとおり、2023年8月31日付の本指針の公表後、支配権取得取引においては、その関係者が本指針を参照しつつ行動の在り方を検討するということが実務上定着していることに加え、日本企業が関連するM&Aの件数等の増加※1に伴い、本指針に対する社会的な注目度が高まっているといえます。そのような状況の中、各方面から本指針の趣旨・目的が十分に理解されていない可能性がある旨の指摘等※2がなされたことを踏まえ、経済産業省として、本指針の趣旨が十分に理解されているか等について、関係者※3の認識等を調査し、その結果、関係者に本指針の趣旨について認識の齟齬が生じていることが確認された場合には、本指針の考え方を示し、本指針の趣旨を関係者に周知することが想定されています。

 本説明資料において、本指針の趣旨が十分に理解されていない可能性がある点として挙げられているものは、具体的には以下のとおりです(本説明資料11頁及び12頁)。

本指針の記載 本指針の趣旨 不十分な理解(可能性)
本指針の位置付け
(本指針1.2)
(3頁)本指針の目的は、上場会社の経営支配権を取得する買収を巡る当事者の行動の在り方を中心に、M&Aに関する公正なルール形成に向けて経済社会において共有されるべき原則論及びベストプラクティスを提示することである。
(略)本指針の内容は、会社法等の法令上の明確な位置づけを行うことを直接意図して提示するものではない
本指針が提示するベストプラクティスに従わなかったことをもって、直ちに取締役の善管注意義務に違反するものではない
本指針は、損害賠償責任規範ではなく行為規範として活用されることを期待する。
本指針が提示するベストプラクティスに従わなかったら取締役の善管注意義務に違反し、損害賠償責任を負う
「望ましい買収」の意味
(本指針2.1)
(7頁)望ましい買収か否かは、企業価値ひいては株主共同の利益を確保し、又は向上させるかを基準に判断されるべきである。 ①買収による企業価値の向上⇒②(適正な取引条件による)企業価値の増加分の公正な分配⇒③株主の利益の確保という連関を通じて、企業価値ひいては株主共同の利益が確保される買収が「望ましい買収」であることを示したものであり、企業価値が向上しない買収は「望ましい買収」には該当しない 「企業価値ひいては株主共同の利益」は、「企業価値=株主共同の利益」又は「企業価値より株主共同の利益が重要」という意味であり、高い買収価格であれば「望ましい買収」である。
「企業価値」の概念
(本指針2.2.2)
(9頁)対象会社の経営陣は、測定が困難である定性的な価値を強調することで、「企業価値」の概念を不明確にしたり、経営陣が保身を図る(経営陣が従業員の雇用維持等を口実として保身を図ることも含む。)ための道具とすべきではない 従業員や取引先が反対する買収提案については、将来のキャッシュフローに悪影響が生じることが合理的に見込まれる場合には、企業価値の中で当該キャッシュフローの悪影響を考慮することもできる 買収提案に対して従業員・労働組合や取引先が反対の意向を表明している場合であっても、定性的な価値に過ぎないから企業価値の中で考慮してはならない
取締役会における「真摯な検討」
(本指針3.1.2)
(15頁)「真摯な買収提案」を恣意的に解釈し、企業価値を高める提案を安易に断ることにならないように留意する必要がある。
この際、買収価格等の取引条件が軽視されるようなことがあってはならず、過去の株価水準よりも相応に高い買収価格が示されていることから、合理的に考えれば企業価値を高めることが期待し得る提案であれば、取締役・取締役会としてはこれを十分に検討する必要がある。
また、取締役会は、買収者が提示する買収価格や企業価値向上策と現経営陣が経営する場合の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討することが望ましい。
「買収に応じる方針を決定」していない段階においては、取締役・取締役会には経営判断に係る広い裁量が存在する。
企業価値と株主利益(買収価格)は必ずしも一致するわけではないため、過去の株価水準よりも相応に高い買収価格が示される買収提案であっても、必ずしも買収後の企業価値が適切に反映されていない可能性(企業価値の増加分を超えた買収価格が提示されている可能性)がある。 これらを前提として、買収提案の内容と現経営陣が経営する場合の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討した上で、現経営陣が経営する場合の方がより企業価値の向上に資するとして、買収に応じないと経営判断することも認められる
過去の株価水準よりも相応に高い買収価格が示されていれば、それと同程度の企業価値を高める買収提案である。
そして、企業価値を高める買収提案であれば断ることができない
買収に応じる方針を決定する場合における行為規範
(本指針3.2.1)
(18頁)特に取締役会が買収に応じる方針を決定する場合においては、対象会社の取締役・取締役会(特別委員会を設置している場合は特別委員会を含む。以下同じ。)は、会社の企業価値を向上させるか否かの観点から買収の是非を判断するとともに、株主が享受すべき利益が確保さ れる取引条件で買収が行われることを目指して合理的な努力を行うべきである。 買収に応じる方針を決定する場合であっても、企業価値向上の観点から買収の是非を判断することになる。
企業価値と株主利益(買収価格)は必ずしも一致するわけではないため、買収提案が競合する場面において、合理的な努力・真摯な交渉を貫徹しても、最も企業価値に資する提案と最も株主利益に資する提案が一致しない場合には、十分な説明責任を果たした上で、企業価値向上の観点を考慮して、最も企業価値に資する提案に賛同することが望ましい
買収に応じる方針を決定する場合には、企業価値向上よりも買収価格が重要であり、買収提案が競合する場面においては、最も株主利益に資する提案に賛同しなければならない

本指針の見直しに向けた論点

 本説明資料においては、近時の経済社会情勢の変化、法制度や判例、実務の進展に伴う本指針の見直しに向けた論点として、(ⅰ)金融商品取引法等の改正に伴う見直し、(ii)成長投資・経済安全保障、(iii)企業価値と株主利益が一致しない場合の考え方、の三点が挙げられています。これらの論点に関して、本指針のアップデートが行われるかについては現時点では不明ですが、特に、(iii)に関する問題意識及び当該問題意識に対して提示されている考え方については、実務においても参考になると思われます。

1. 金融商品取引法等の改正に伴う見直し

 2024年から2025年にかけて金融商品取引法、同法施行令、発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令、金融庁が公表している「公開買付けの開示に関する留意事項について(公開買付開示ガイドライン)」、「株券等の公開買付けに関するQ&A」及び「株券等の大量保有報告に関するQ&A」が改正され、2026年5月1日から施行されることが予定されています※4

 上記の改正に伴い、本指針を見直す必要性の有無、見直す場合の内容等が一つ目の論点として挙げられています。

2. 成長投資・経済安全保障

 二つ目の論点は、日本企業を取り巻く社会経済情勢が変化し、世界情勢が不安定化する中において、成長投資や経済安全保障が重要視されつつあることを踏まえ、これらについて本指針においてどう考えるか、という点です。

 本説明資料においては、上記の論点に関し、我が国全体の経済安全保障の観点における買収の是非は、外為法上の枠組みの中で国が対応すべき事項ではあるものの、個々の取引の関係当事者において、成長投資や経済安全保障への対応を企業価値評価の文脈でプラスにもマイナスにも考慮することができるのではないか、という考えが示されています。

3. 企業価値と株主利益が一致しない場合の考え方

 経済産業省が2019年6月28日付で公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針―企業価値の向上と株主利益の確保に向けてー」(「公正M&A指針」)において、複数の買収提案が競合した場合の考え方が述べられており、

「全部買収の場合には、対象会社の企業価値の向上により資する買収提案と、一般株主が享受する利益(買収対価)がより大きな買収提案とは、通常一致するものと考えられるが、例えば、一般株主が享受する利益がより大きな買収提案が、①ステークホルダー(例えば従業員)の取り分を減らして株主の取り分を増やすものである場合、②自らの経営能力を過信する買収者によって買収が行われ、結果的に企業価値を損ねるものである場合、③市場で一時的に過大評価されている買収会社の株式を買収対価とするものである場合等に、例外的に不一致が生じ、一般株主が享受する利益がより大きな買収提案と対象会社の企業価値の向上により資する買収提案とが異なり得ることが指摘されている」

とされています(公正M&A指針「3.4.4 対抗提案を受けた場合の対応」・脚注68)。

 上記の考え方を踏まえ、対象会社における判断に資するような考慮要素や考え方を示すというアプローチが示唆されています。また、その考慮要素の案として、(ア)買収者の過去の買収後の行動、(イ)買収者が借入れ等により資金調達を予定している場合には当該借入れに伴う対象会社の事業・財務状況に与える影響、(ウ)対象会社に対するデュー・ディリジェンスの実施状況等が例として挙げられています。

 対象会社にとって判断が悩ましいケースというのは、複数の競合する買収提案を比較検討する場面のみならず、単独の買収提案を受けた場合にこれを自社の本源的価値に照らし評価・検討する場合にも生じ得ます。

 この点、上記「本指針の趣旨の周知」に記載のとおり、取締役会における「真摯な検討」(本指針3.1.2)に関して、過去の株価水準よりも相応に高い買収価格が提案された場合には、断ることができないという理解は誤りであり、過去の株価水準よりも相応に高い買収価格が示される買収提案であっても、当該買収提案の内容と現経営陣が経営する場合の企業価値向上策を、定量的な観点から十分に比較検討した上で、現経営陣が経営する場合の方がより企業価値の向上に資すると考えるのであれば、買収に応じないという経営判断を行うことも許容される、というのが本指針の立場であると解されます※5

 また、対象会社の取締役会が買収に応じる方針を決定した場合において、買収提案が競合するときには「最も株主利益に資する提案に賛同しなければならない」のではなく、いずれの買収提案が企業価値の向上により資するか等を踏まえて賛同すべき買収提案を検討することになると思われます。そして、上記のアプローチは、対象会社の取締役会が、これらの検討に際し、どのような考慮要素に着目して検討を進めるのがよいかを具体的に示そうという試みであり、買収提案を受けた会社や競合提案が生じている場合の対象会社の取締役会の検討の一助になり得るほか、本指針の趣旨を周知するという意味でも、実務上一定の意義があると思われます。

最後に

 今後の本研究会の活動・公表物の公表に関するスケジュールとしては、4月頃に開催予定の本研究会の第10回において、それまでに実施した関係者へのヒアリング結果の報告や公表物の原案の提示がなされ、(必要に応じて本研究会の第11回以降を開催し、)その後に、公表物をとりまとめの上、公表・周知が行われることが想定されています。公表物の形態としては、補足説明資料、本指針のエグゼクティブサマリー、本指針のQ&A等が考えられるとされており、どのような形態の公表物となるかについても注目されるところですが、公表物の形態にかかわらず、その内容が上場会社の支配権取得取引の関係者の行動に少なからず影響を及ぼすことが予想されますので、今後も本研究会の議論状況についての動向を注視する必要があると思われます。

脚注一覧

※1
具体的には、2024年・2025年と2年連続で日本企業が関連するM&Aの件数及び金額、並びに株式の上場廃止銘柄数のいずれもが増加し、また、2025年のM&Aの件数及び金額、並びに上場廃止銘柄数はいずれも過去最多を記録しています(本説明資料4頁及び5頁)。

※2
具体的には、「高い買収価格であれば望ましい買収であり賛同しなければいけないのか」といった質問や「株主の利益の確保だけが強調され、指針の趣旨・目的が正しく理解されていない可能性がある」といった指摘が例として挙げられています(本説明資料10頁)。

※3
本指針策定後に企業買収に関与した対象会社、買収者、ファイナンシャル・アドバイザー、リーガル・アドバイザー等が想定されています(本説明資料16頁)。

※4
また、2025年7月には、東京証券取引所が有価証券上場規程等の改正を行い、MBOや支配株主による完全子会社化等に関する企業行動規範の適用対象が拡充されています。

※5
もっとも、本指針において、その「判断の合理性について、(事後的に)説明責任を果たせるように行動すべきである」(本指針17頁)とされ、現経営陣や取締役会が、一般株主に対し、買収提案で示された(市場株価にプレミアムを付した)価格よりも自分たちの方がより高い価値をもたらすことができると考えた理由をきちんと説明することが重要と考えられます。その点に関し、本指針の続く箇所では、「取締役会として買収提案に賛同しない場合には、この点を踏まえた説明が事後的に必要となり得ることも想定した比較検討をすることが考えられる。」とされています。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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