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生成AIとのコミュニケーションは弁護士依頼者間秘匿特権等で保護されない?―米国判決を踏まえた実務上の留意点

著者等
殿村桂司深水大輔角田美咲(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Compliance Legal Update ~危機管理・コンプライアンスニュースレター~ No.117/NO&T Technology Law Update ~テクノロジー法ニュースレター~ No.72(2026年3月)
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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 企業や弁護士の業務において生成AIの利用が進む中、生成AIとのやり取り(プロンプト・回答)や、生成AIを利用して作成された資料が、弁護士依頼者間秘匿特権やワークプロダクト法理により保護されるかという点が議論されています。この点について、2026年2月、米国で結論が異なる2つの裁判例が出たことにより注目を集めています。本稿では、関連する前提知識を簡潔に整理した上で、2つの裁判例を紹介し、実務上留意すべき事項を検討します。

弁護士依頼者間秘匿特権・ワークプロダクト法理とは

1. 弁護士依頼者間秘匿特権とは

 弁護士から法的助言を受けるために、依頼者は、弁護士に対し自分に不利益な事実を含め率直に伝え、相談する必要があります。もし、弁護士との間のコミュニケーションが捜査当局や訴訟の相手方に開示されるとすれば、依頼者は安心して弁護士に相談することが困難となります。そこで、特に英米法において、弁護士依頼者間秘匿特権(Attorney–Client Privilege)という権利が確立しています。具体的には、①弁護士と依頼者との間のコミュニケーション(例:メール、分析メモ)であって、②法的助言を求める目的で、③秘密として行われたものについては、④当該特権が放棄されていない限り、捜査や訴訟等において開示を拒否すること(例:証拠開示の拒否、証言の拒否)が可能となります。

2. ワークプロダクト法理とは

 訴訟の準備として、当事者やその代理人弁護士等は、リサーチを行ったり、戦略を検討したりします。もし、その内容が訴訟の相手方に開示されるとすれば、自由に調査・分析を行うことができません。そこで、特に英米法において、ワークプロダクト法理(Work Product Doctrine)が確立しています。具体的には、①訴訟を見越して作成された資料(例:分析資料、戦略メモ)であって、②訴訟の当事者により又は当事者のために作成されたものについては、③ワークプロダクトの保護が放棄されていない限り、原則として、訴訟において証拠として開示することを拒否することが許されます。

3. 生成AIに関する議論のポイント

 例えば、生成AIを利用する以下のような場合に、生成AIとのやり取り(プロンプト・回答)や、生成AIを利用して作成された資料が、弁護士依頼者間秘匿特権やワークプロダクト法理で保護されるかが問題となります。

  • 生成AIに法律相談をしたり、生成AIと訴訟の戦略を立てたりした場合
  • 弁護士に相談するための資料を生成AIを使って作成した場合
  • 弁護士からの法的助言を生成AIに入力して分析した場合

Warner v. Gilbarco判決※1―ワークプロダクト法理による保護を「肯定」

 民事訴訟であるWarner v. Gilbarco事件において、被告(Gilbarco社)は、原告(Warner氏)が訴訟の準備過程等でChatGPTを利用したことに着目し、原告が本訴訟に関連して第三者の生成AIツールを使用したことに関するすべての文書及び情報※2の開示を求めました。その際に、被告は、生成AIツールに入力された情報はワークプロダクト法理によって保護されない、或いは、保護の放棄にあたるなどと主張したと考えられます。

 これについて裁判所は、(a)訴訟を予期して当事者が作成した資料はワークプロダクト法理によって保護されること、(b)当該情報は(本訴訟の争点と)関連性が認められず、わずかに関連性があるとしても開示させることは比例原則に反すること※3、(c)相手方への開示又は相手方の手に渡る可能性がある方法による開示がなければワークプロダクトの保護の放棄にはならないことを示しました。

 そして、(c)について、裁判所は、「ChatGPT(及びその他の生成AIプログラム)は、たとえ背後のどこかに管理者が存在し得る※4としても、人ではなくツールにすぎない」、「(生成AIの利用がワークプロダクト保護の放棄にあたると結論づけることは)現代のほぼすべてのドラフティング環境におけるワークプロダクト保護を無意味にすることになる」などと述べ、被告の請求を退けました。なお、原告が弁護士の指示の下でChatGPTを使用したか否かは、判決文において言及されていません。この点、本訴訟は原告が弁護士をつけない本人訴訟であったと分析する論考が複数確認されています。

U.S. v. Heppner判決※5―弁護士依頼者間秘匿特権等による保護を「否定」

 刑事訴訟であるU.S. v. Heppner事件において、上場企業を含む複数の法人の役員であったHeppner氏は、投資家に対する詐欺的な行為等を理由に起訴されました。FBIはHeppner氏の逮捕に際し、同氏の自宅から多数の文書や電子機器を差押えましたが、Heppner氏の弁護人は、押収された資料の中に、Anthropic社が提供する生成AIモデル「Claude」とHeppner氏が行ったやり取りを記録した文書が約31点含まれている旨を政府に申し立てました。Heppner氏の弁護人によれば、上記資料は、Heppner氏が弁護戦略の概要、政府が起訴すると予想される事実と法律に関してどのような主張を行うかについて概説した内容を含むものでした。

 Heppner氏の弁護人は、上記資料について、(a)Heppner氏が起訴の可能性を見越し、弁護人の指示なく作成した報告書であること、(b)Heppner氏が弁護人から得た情報が含まれること、(c)Heppner氏が法的助言を得るために弁護人と話し合う目的で作成したこと、(d)Heppner氏が当該報告書を後に弁護人と共有したことなどを主張し、弁護士依頼者間秘匿特権又はワークプロダクト法理により保護される旨を主張しました。

 これについて裁判所は、Heppner氏側の主張を退け、上記資料が弁護士依頼者間秘匿特権又はワークプロダクト法理により保護されないと判断しました。その理由の概要は以下のとおりです。

  • 「弁護士」と依頼者との間のコミュニケーションではない(生成AIとのコミュニケーションであって、人間である弁護人との信頼関係に基づくコミュニケーションとは異なる。)。それだけで弁護士依頼者間秘匿特権の主張は退けられる。
  • 「秘密」のコミュニケーションではない。なぜなら、Claudeのユーザーが同意するプライバシーポリシーにおいて、Anthropic社がユーザーの入力とClaudeの出力の両方のデータを収集すること、それをClaudeの学習に使用すること、Anthropic社が政府の規制当局を含む多数の第三者に当該データを開示する権利を留保することが定められている。したがって、Heppner氏は、Claudeとのコミュニケーションにおいて機密性が保たれるという合理的な期待を抱くことはできなかったはずである。また、Heppner氏は、自身のメモをまずは規制当局を含む第三者への開示を許容するClaudeに共有していたので、弁護人に共有する意図で作成した機密メモであったとはいえない。
  • 「法的助言を得る目的」でのコミュニケーションではない。Heppner氏は、弁護人の提案や指示に基づかず自分の意思でClaudeとやり取りをしたところ、Claudeから法的助言を得る意図があったとはいえない。特権の対象にならないコミュニケーションを後に弁護人と共有したからといって、特権の対象に変わるわけではない。
  • ワークプロダクト法理は、弁護士以外の者が作成した資料にも適用され得るが、その目的は、「弁護士の訴訟を見据えた思考過程」を保護することにある。しかし、上記資料は、弁護人により又は弁護人の指示により作成された資料ではなく、弁護人の戦略を記載したものでもない。

実務上留意すべき事項

 以上のとおり、2つの判決は、訴訟の当事者が、(弁護士の指示なく)生成AIを使用して作成した資料がワークプロダクト法理により保護されるか否かという点において、判断が分かれています。また弁護士依頼者間秘匿特権については、弁護士の指示の有無に加えて、そもそも、生成AIが弁護士ではないという点や、生成AIのプライバシーポリシーで秘匿性が担保されていない点などが、特権を否定する事情になり得ることを示しています。裁判所の考え方が確立している段階ではありませんが、現状では、特に民事/刑事訴訟が予見される場面において、企業は以下の点に留意すべきと考えられます。

  • 捜査や訴訟等を見据えた準備であるとしても、弁護士の指示なく生成AIと行ったやり取りや成果物は、捜査や訴訟等において開示の対象となる可能性がある。そこで、それらの準備に生成AIを利用しないこと、利用するとしても、弁護士の指示の下で利用し、その記録を残しておくことが望ましい。
  • データの秘匿性が不十分である一般消費者向けの生成AIツールに機微情報を入力することは避けるべきである(利用前にプライバシーポリシーをレビューすべきである。)。生成AIの学習利用、第三者提供、データ保持等の観点から、より厳格な情報管理が担保されたエンタープライズ契約の下で利用することが望ましい。

おわりに

 上記2つの判決から、米国等の訴訟において、生成AIとのコミュニケーションに関する証拠の開示を求めたい場合、又は、求められた場合に、主張すべきポイントのヒントが得られます。また、捜査や訴訟等が予見される中で生成AIを利用する場合に留意すべき事項も明らかになりました。もっとも、2つの判決は判断が分かれた部分もあります。これからも裁判所の判断等を注視しつつ、生成AIの利用について社内のガイドライン等を整備・アップデートすべきと考えます。

脚注一覧

※2
その具体的な内容は判決文からは明らかではありませんが、ChatGPTとのやり取り(プロンプト・回答)やChatGPTを利用して作成された文書等が考えられます。

※3
被告は原告の内部のドラフト過程に何か存在するかもしれないという推測に基づき過度な情報開示を求めているとの判断も示されています。

※4
生成AIプログラムの提供者、システム管理者といった第三者が情報にアクセス可能であり、その意味では秘匿性が完全に担保されていない可能性を念頭に置いているものと考えられます。なお、原告が利用していたのが一般に公開されているChatGPTであるか、エンタープライズ契約等により情報管理が厳格化されたChatGPTであるかは、判決文からは明らかではありません。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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