はじめに
2025年12月、米国の国防関連予算や政策方針を決定するための最重要法案であるThe National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2026(以下「NDAA 2026」といいます。)が施行されました※1。米国国防権限法は、長年にわたり上下両院にて強い支持で可決されており、米国史上最も長く続いている超党派の法案の一つです。NDAA 2026は、約9,000億米ドルの国防予算を承認するとともに、アウトバウンド投資規制の拡大、国防関連の政府契約に関するガイドラインの変更、国防関連のサプライチェーンの見直し等幅広い内容を含んでいます。
本ニュースレターでは、日本企業が米国関連のビジネスを行う上で留意すべきNDAA 2026のポイントおよび実務的な影響について解説します。
NDAA 2026の概要
1. アウトバウンド投資規制
連邦議会は、敵対する外国による軍事的近代化の取組み、監視国家体制、および人権侵害を助長する戦略的デュアルユース技術を開発する既知および未知の主体が無数に存在するという事情に鑑み、米国の国家安全保障および外交政策上の利益に対する損害を防止するためには、当該技術について米国からの投資を一定程度規制する必要があるとの認識を明らかにしています※2。
そこで、NDAA 2026に含まれるThe Comprehensive Outbound Investment National Security Act of 2025(以下「COINS法」といいます。)を通じて、米国人(United States person)(その支配下にある外国企業や団体を含みます。)による「懸念国」(country of concern)における一定の軍事、情報、監視、またはサイバー能力に関連する技術分野への投資に関する禁止・制限に変更が加えられています。すなわち、COINS法は、既存の米国からのアウトバウンド投資規制であるOutbound Investment Security Program(以下「OISP」といいます。)を拡大するものとなっており、第801条では、財務長官に対し、「懸念国」における「禁止技術」(prohibited technology)分野における「対象国家安全保障取引」(covered national security transaction)を禁止する権限が付与されています。また、第802条では、財務長官に対して、NDAA 2026の施行から450日以内に、「禁止技術」(prohibited technology)または「通知対象技術」(notifiable technology)分野における「対象国家安全保障取引」(covered national security transaction)について届出を義務付ける規則を導入するよう指示がなされています。
このような禁止または届出の対象となる取引の範囲に関連する各定義は以下のとおりです。
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「懸念国」(country of concern)※3:中国(香港およびマカオを含む。)、キューバ、イラン、北朝鮮、ロシア、ベネズエラ
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「対象国家安全保障取引」(covered national security transaction)※4:「対象外国人」(covered foreign person)が関係する、株式・持分取得、ガバナンスに関する権利等が付与された融資、ジョイントベンチャー、資産取得等の取引
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「対象外国人」(covered foreign person)※5:(i)「懸念国」(country of concern)において設立されている者、主たる事業所を有する者、もしくは当該国の法律に基づき組織されている者、(ii)中国共産党中央委員会の構成員である者、もしくは「懸念国」(country of concern)の政治的指導部の構成員である者、または(iii)「懸念国」(country of concern)、(i)または(ii)に掲げる主体、もしくは「懸念国」の国家もしくは政府(その政治的下部組織、機関または公的機関を含む。)により、直接または間接に、合計して50%以上所有されている者
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「禁止技術」(prohibited technology)※6:今後発行予定の規則で具体的な技術的閾値により特定される以下の分野の技術
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先端半導体技術・マイクロエレクトロニクス、AIシステム、量子情報技術
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高性能コンピューティング・スーパーコンピューティング、極超音速システム
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「通知対象技術」(notifiable technology)※7:上記④に記載の技術分野であって、「禁止技術」(prohibited technology)の範囲外のもの(今後発行予定の規則で一定の技術的閾値を特定)
なお、COINS法は以下を含む一定の適用除外類型を規定しています※8。例外の多くは既存のOISPと整合的な内容となっていますが、適用除外となる取引類型がより明確化されています。
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財務長官が定めるde minimis取引
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金融機関による付随的取引(ancillary transaction):支払処理、決済、送金、信用格付けサービス等
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「対象国家安全保障取引」(covered national security transaction)に付随する二次的取引:技術移転または技術的知識の移転を伴わない契約または原材料等の調達、銀行融資、引受業務、債務格付け業務、その他これらに類似するサービス
2. 政府契約と国防調達の効率の向上に向けた改革
NDAA 2026では、国防関連の政府契約に関して、国防調達改革(Defense Acquisition Reform)が中心的なテーマの一つとして掲げられており、調達プロセスを合理化し、商用技術をより活用しつつ、サプライヤーのコンプライアンス義務負担を軽減させることにより、「最良価値」(best value)を創出するという方針が打ち出されています。政府契約と国防調達の効率向上に向けた取り組みとして、以下を含めた内容が追加されています。
第812条 評価基準の変更:調達規則が改訂され、「最低の全体コスト」(lowest overall cost)ではなく「最良価値」(best value)を優先する方針が明確化されました。
第824条 国防調達における競争の促進:国防総省(戦争省)は、より多くの適格企業間における競争を促すため、NDAA 2026の施行から1年以内に、これまで重視されていた過去の契約実績だけでなく、商業的プロジェクトや非政府プロジェクトを過去の実績として受け入れ、また、過去の実績の代替として、提案プロセスにおける技術のデモンストレーションやテストなどによる評価方法の活用を推進するためのガイダンスを発行することとしています。また、国防調達規則評議会を招集し、NDAA 2026の施行から90日以内に、中小企業や非伝統的国防企業の参入を妨げている過度に負担の大きい手続きや古い規制を特定し、排除する措置を実施するよう指示しています。さらに、調達契約を決定する際、単なるコスト削減だけでなく、商品やサービスのコスト効率や品質が主要な決定要因となるよう、契約ポリシーを改訂することが義務付けられました。
3. 国家安全保障に関するサプライチェーンリスクマネジメント
国防総省は、光学ガラス、コンピュータ・ディスプレイ、先進バッテリー等の重要物資について、中国を中心とした「懸念国」(country of concern)への依存を2030年までに完全に排除する戦略を進めています。そこで、NDAA 2026は、「懸念国」(country of concern)への依存からの脱却と、同盟国・パートナー国を含めた強靭なサプライチェーンの構築を強力に推進するため、以下を含む内容を規定しています。
第832条 国防サプライチェーンの強靱化と二次サプライヤーの資格取得の迅速化:単一ソースへの依存や過度なリードタイムを減らし、二次サプライヤーの資格認定プロセスを迅速化するため、各軍部に迅速資格審査パネル(Expedited Qualification Panels)を設置し、申請から14日以内に条件付き承認、完全承認、または不承認の決定を下すことが義務付けられています。また、民間航空当局(FAA等)の承認を受けた航空機部品・修理プロセスに関しては、原則として国防総省による独自の承認プロセスが不要とされています。
第833条 サプライチェーン可視化の取り組みに対する暫定的な国家安全保障免除:サプライチェーンの透明性向上を目的とするサプライチェーン可視化(illumination)の取り組みの一環として、自社のサプライチェーン内に意図せず法令違反の部品(「懸念国」(country of concern)製の製品が含まれるケース等)が含まれていることを発見し、それを自発的かつ迅速に開示した場合については、一定の免除(waiver)を受けられる制度が導入されます。例えば、安全保障や飛行リスクがないと判断された場合については、法令違反の部品が含まれていたとしても国防総省は納入を受け入れ、支払いを行うこととができることとされていますが、サプライヤーは将来のコンプライアンスを確保するための是正計画を作成し、法令違反の部品にかかる代替のサプライヤーを確保する必要があります。
第836条 対象製品の調達要件コンプライアンスの自主的登録:サプライヤーが国防総省に納入する製品について、2027年1月1日までに、特定の調達要件への適合を証明することを奨励するためのオンライン登録リポジトリが設置されることとされています。登録企業には、信頼できる米国のサプライヤーとして調達上の優遇措置が与えられ、登録プロセスにおいて違反が発覚した場合でも、是正に向けた支援と猶予が与えられる方針が示されています。
「懸念国」(country of concern)からの調達禁止:「懸念国」(country of concern)からの物品への依存を低減することを目的とし、以下を含む新たな調達禁止規定が設けられています。
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第834条:光学ガラスまたは光学システムの調達禁止(2030年1月1日を目標)
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第835条:コンピュータ・ディスプレイの調達禁止(2030年1月1日を目標)
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第842条:先端バッテリー(およびその主要構成部品)の調達禁止(2028年1月1日以降)
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第847条:太陽光発電モジュールやインバーターの調達禁止(2026年から)
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第850条:中国企業が関与するコンピュータおよびプリンターの取得の段階的廃止(2026年から2029年にかけて段階的)
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第851条:特定のバイオテクノロジー企業との取引禁止(2026年から)
日本企業に対する実務的影響
1. アウトバウンド投資規制の留意点
NDAA 2026に基づくCOINS法による対外投資の禁止や通知義務は、直接的には「米国人」(United States person)を対象としていますが、規制対象には米国企業等のその支配下にある外国企業や団体も含まれることとされているため、米国企業の子会社である日本企業や、米国人が経営権を握っている日本企業が、「懸念国」(country of concern)の対象技術分野へ投資を行う場合、規制対象となる可能性があります。また、禁止や通知の対象となる「対象外国人」(covered foreign person)の定義が広がっている点にも注意が必要です。「懸念国」(country of concern)に所在する企業だけでなく、「懸念国」(country of concern)の政府や関連機関の「指示または支配下にある者」(subject to the direction or control)も対象に含まれることとされているため、「懸念国」(country of concern)に該当しない第三国に所在する企業であっても、実質的に「懸念国」(country of concern)の支配下にあれば規制対象となるリスクがあります※9。今後財務省は対象となる外国企業の公開データベースを作成する予定ですが、これは非網羅的(non-exhaustive)なものとされているため、日本企業が米国パートナーと共同投資を行う場合等においては、投資先企業に対する慎重なデューデリジェンスが求められることとなります。
COINS法では、米国の同盟国やパートナー国政府と連携し、「懸念国」(country of concern)による禁止技術の開発を防ぐための枠組みを構築することが規定され、財務長官に対し、同盟国に対して「自国における米国と同様の仕組み・規制(対外投資規制)の実施を奨励すること」が義務付けられています。そのため、日本政府に対しても米国と同様のアウトバウンド投資規制を導入するよう米国から強い働きかけが行われる可能性が高く、今後の日本国内の法制度の動向にも注意が必要です。
上記で述べたとおり、COINS法の施行は財務省が今後発行する詳細な規則によって具体的な運用が決定されることとなります。「極超音速システム」や「高性能コンピューティング」・「スーパーコンピューティング」といった技術の具体的な技術的閾値や適用除外となるde minimis取引の詳細が規定されることが予定されているため、米国企業と関わりのある日本企業は、既存の投資計画や今後の投資戦略に予期せぬ影響が出ないよう、米財務省による規則制定プロセスを継続的にモニタリングし、最新の規則・ガイダンスに留意する必要があります。
2. 国防関連ビジネスの窓口拡大
これまで国防総省の入札プロセスにおいては、過去の国防総省との取引実績が重視される傾向があり、新規参入の大きな障壁となっていました。しかし、NDAA 2026により、企業が民間市場(自動車、エレクトロニクス、ロボティクスなど)で培ったプロジェクト実績が評価されるようになるため、過去に国防総省との取引実績が無かった企業にとっても国防関連のビジネス機会が拡大することが予想されます。また、「最良価値」(best value)が調達の主眼となり、コスト効率と品質が調達契約における主要な決定要因として明記されたことで、初期の調達価格だけでなく、運用・維持を含めたトータルでのコスト効率や製品の信頼性が評価されることとなるため、日本企業が得意とする、「初期費用は安価ではないものの、故障率が低く、ライフサイクル全体でのコスト効率が圧倒的に高い製品」が高く評価される可能性があります。
3. 脱中国化に伴うビジネス機会の拡大
NDAA 2026が規定するサプライチェーンに関する変更は、米国の国防市場やそのサプライチェーンへの参加を希望する日本企業にとって、厳格なデューデリジェンスが求められる一方で、中国企業等の排除に伴う代替サプライヤーとしての参入機会の拡大というビジネスチャンスを意味します。第833条が示すとおり、国防総省はサプライヤーやその下請企業に対し、能動的なサプライチェーンの可視化を求めており、自社製品に中国製の光学ガラス、コンピュータ・ディスプレイ、バッテリー素材、ガリウム・ゲルマニウム等の規制物質が含まれていないか、Tier2やTier3以下のサプライヤーにまで遡ったトレーサビリティ体制を構築することが求められています。他方で、代替サプライヤーの資格審査が14日以内に短縮され、民間航空当局の認証がそのまま軍用機部品に適用される道が開かれたことは、日本のハイテク企業や航空宇宙部品メーカーにとって極めて有利な材料となりえます。民間市場(ボーイングやエアバス向けなど)でFAA等の認証を既に持っている日本企業は、国防総省の独自の審査プロセスを省略して、迅速に米国における国防関連のサプライチェーンに食い込むことが可能になります。また、第836条に基づくオンライン登録は、実質的に国防総省のホワイトリストとして機能することが予想されるため、自社の部品や素材が米国の調達規制をクリアしていることを証明する情報を積極的にシステム上に登録することで、米国のプライムコントラクターから優先的に選定を受けるといった競争優位性を得ることができる可能性があります。また、光学ガラス、コンピュータ・ディスプレイ、先端バッテリー、重要鉱物等の分野において中国等に依存しない代替品を製造できる日本企業にとっては、自社製品が懸念国への依存を軽減し、同盟国のサプライチェーン強靭化に寄与するソリューションであることを国防総省や米軍需企業に直接アピールする格好のタイミングといえます。
脚注一覧
※9
なお、「指示または支配下にある者」(subject to the direction or control)の具体的な内容は、今後公表される規則において明らかとなる予定です。