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ニュースレター

PayPay米国上場における日本での申込期間の短縮と日本のIPOへの示唆

著者等
新木伸一大島岳梶原颯一郎(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Capital Market Legal Update ~キャピタルマーケットニュースレター~ No.58(2026年4月)
業務分野
キーワード

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 米国時間2026年3月12日、公開価格に基づく時価総額では日本企業として過去最大規模となるPayPay株式会社の米国預託株式※1のNASDAQ Global Select Marketへの上場が実現しました。

 今回の上場は、日本国外での米国預託株式の募集・売出し(以下「米国IPO」といいます。)に加えて、日本において、東京証券取引所等への上場を伴わない売出し(いわゆるPublic Offering Without Listing。以下「POWL」といいます。)を同時に実現した、日本企業として初めてのケースとされます。また、価格変動リスクと投資家保護の観点から、日本と比較してスピーディな米国の上場日程に合わせる形で日本における販売を実現するために、いわゆるオプトアウト方式による申込スキームを実現した第一号案件でもあります。

 このオプトアウト方式による申込スキームは、仮条件決定後に行われるブック・ビルディングにおける投資家からの需要申告を購入の申込みとして取り扱い、条件決定後において、価格等の条件を周知した上で、所定の時間内に撤回(キャンセル)されなかった投資家に対して販売株式数を通知することにより、条件決定日と同日の約定を実現するものであり、POWLのみではなく、日本のIPO実務の課題といわれる申込期間の短縮※2の手がかりになりうる点でも意義があります。

 当職らは⁠、本件に関して、米国上場及び海外でのオファリングに加え、POWLのオプトアウト方式によるスキーム策定及びその実現に至るまで、引受側日本法カウンセルとして全面的に助言・サポ⁠―トしました※3⁠。そこで⁠、本ニ⁠ュ⁠―スレタ⁠ーでは⁠、本件の概要及びPOWLの実施に関するオプトアウト方式による申込スキーム⁠※4について紹介するとともに、将来的な日本のIPO実務への示唆について概説します。

問題の所在 -日米のIPO実務の相違-

 日本のIPO実務では、ブック・ビルディングにおける投資家からの需要申告を購入の申込みとして取り扱わず、公開価格(以下「IPO価格」といいます。)の決定日から上場日までの間に申込期間(2~4営業日程度)が設けられます。一方で、米国のIPO実務では、ブック・ビルディングにおける投資家からの需要申告を購入の申込みとして取り扱い、IPO価格の決定後、需要申告である購入の申込みを行った投資家に対して具体的な販売株式数(アロケーション)を通知(以下「配分通知」といいます。)する時点で約定が成立し、IPO価格決定日の翌営業日が上場日となることが通常です。

 米国上場に伴う国内でのPOWLを真に実現するためには、海外投資家と同様に、価格決定後速やかに国内投資家との間でも約定することが必要となりますが、日本のIPO実務に沿った場合、IPO価格決定後に2~4営業日程度の申込期間を別途設けることにより、国内投資家は価格変動リスクに晒されることになります。この問題を可及的に解決するため、国内でのPOWLにおいても、米国実務のように、IPO価格決定前のブック・ビルディングにおける投資家からの需要申告を購入の申込みとして取り扱い、IPO価格の決定後に需要申告である購入の申込みを行った投資家に対して配分通知を行う時点で約定を成立させることが可能であるかが論点となります。

金融商品取引法第15条第1項とオプトアウト方式

 日本のIPO実務では、ブック・ビルディングの需要申告を購入の申込みとして取り扱うのではなく、有価証券届出書の効力発生後(条件決定後)に、投資家が決定された条件の内容を確認した上での投資判断を行う機会として、改めて申込みの手続を必要としています。これは、金融商品取引法第15条第1項が、「募集又は売出しにつき第四条第一項本文、第二項本文又は第三項本文の規定の適用を受ける有価証券については、これらの規定による届出がその効力を生じているのでなければ、これを募集又は売出しにより取得させ、又は売り付けてはならない」と定めている点を踏まえたものとされており、有価証券届出書の効力を生じた後に意思確認をする方式が採用されています(オプトイン方式)。

 これに対して、本件のPOWLにおいては、以下のタイムラインにより、需要申告の時点で購入の申込みを行い、その後に申込撤回(キャンセル)の機会を設けることにより、オプトアウト方式を実現しています※5

本件における米国IPOとPOWLのタイムライン概要

日付(米国時間) 米国IPO POWL(※日本時間では翌営業日)
2026/2/12 登録届出書の公開提出 有価証券届出書の提出
2026/3/2 仮条件(IPO価格のレンジ)の決定 訂正有価証券届出書の提出
2026/3/2より ADSの需要申告開始(ブック・ビルディング) ADSの申込受付開始
2026/3/11 IPO価格を含む条件の最終決定
  • 訂正有価証券届出書の提出
  • 有価証券届出書の効力発生
  • 条件決定HP公表・投資家への個別通知
  • オプトアウト方式の最終申込撤回期限(午後0:59まで)
  • オプトアウト方式の配分通知(約定)
2026/3/12 上場

 オプトアウト方式は、IPO価格が確定していない仮条件(IPO価格のレンジ)のみが提示されている需要申告の段階で購入の申込みを受け付け、IPO価格が確定して有価証券届出書が効力発生した後に、撤回(キャンセル)の機会を保障することで、再度の申込みの意思確認を行わずに配分通知を行うことにより約定を成立させることになります。

 金融商品取引法第15条第1項は、有価証券届出書の効力発生までは、投資者が有価証券の取得・買付契約に法的に拘束されないことを意味すると解されており※6、当該規定の趣旨からは、効力発生前であれば投資者の側から自由に申込みを撤回できるものと解されるべき※7とされています。したがって、有価証券届出書が効力を生じる前に投資家が有価証券を取得し、又は買い付けることを申し込むことそれ自体は可能であり、その上で投資家が申込みの意思表示を撤回できる機会を十分提供することが重要であると考えられます。これにより再度の申込手続を要しないとすることは、クロージングまでの長期化とこれに伴う価格変動リスクを避ける意味で、一般投資家を含め、全当事者にとって合理性のある仕組みと考えられます。

 また、投資家に対して、実質的な申込みの撤回機会を保障し、再度の申込みを不要とするため、十分な情報開示と予測可能性を担保することが重要であり、投資家が、条件決定のプロセスを理解し、有価証券届出書や決定された条件の内容を検討した上で実質的な投資判断ができるように考慮する必要があります。本件のPOWLにおいては、購入の申込みを行った投資家は、①条件決定日の前日まで、購入の申込みを撤回(キャンセル)することが可能であり、②条件決定日において、決定された条件とともに、当該投資家が購入することができるADSの金額及び数の通知を受領した上で、③当該通知を受領後、日本時間における条件決定日と同日の午後0時59分までの間において、購入の申込みをキャンセルすることができることが周知されました。このように、購入の申込み時において、撤回(キャンセル)の期限、仮条件レンジの修正可能性や仮条件レンジを超えた条件決定の可能性とその範囲、条件決定の内容が公表される想定時期を含めた留意事項を明示し、その上で、当該期限までに撤回(キャンセル)をしなかった投資家の申込みを有効なものとして取り扱い、配分確定の通知をもって約定することを予め周知することにより、投資家が有価証券届出書や決定された条件の内容を検討した上での実質的な投資判断ができるように留意し、投資家によるインフォームド・コンセントの実現が図られました。

日本のIPO実務と本件のPOWLで採用する申込スキームの主な違い

日本のIPO実務

需要申告

条件決定(有価証券届出書の効力発生)

申込期間(2~4営業日)での申込み

申込期間改めての申込みに基づき約定

  • 仮条件決定後に需要申告がなされ、条件決定後に改めて投資家による申込みが行われる
  • 条件決定日から上場日まで4~6営業日程度の期間がかかり、米国IPOの日程には整合しない

本件のPOWL

需要申告による申込み

条件決定(有価証券届出書の効力発生)

申込みの撤回期間(申込後~条件決定後3時間)

条件決定日配分通知により約定

  • 米国IPOでは条件決定日の翌営業日が上場日となるため、条件決定日中に約定を行う必要あり
  • 条件決定後も3時間の撤回期間を設けることで、実質的な投資判断のための撤回の機会を提供

平成26年日証協分科会報告書

 日本のIPOにおける申込期間の短縮化については、日本証券業協会・我が国経済の活性化と公募増資等のあり方分科会の2014年6月17日付「我が国経済の活性化と公募増資等の一層の機能強化に向けた取組みの状況と今後の対応」(以下「日証協分科会報告書」といいます。)にて公表がなされています。同報告書では、ブック・ビルディングにおける需要申告を購入の申込みとして取り扱い、有価証券届出書の効力発生後(条件決定後)に、当該投資家に価格及び配分に関する通知を行った時点で約定が成立(拘束力が発生)する方式の採用にあたっては、特に機関投資家と比べ情報量及びその分析能力に差のある一般投資家に対する留意点として、以下の点が挙げられています※8

  1. 配分に際して投資家が許容できる価格帯等、申込みを前提としたきめ細やかなブック・ビルディングを実施すること
  2. 勧誘時に申込みの撤回が不可となるタイミングについて明確に説明した上で投資家の理解を得ること
  3. 前受金の受領を原則とする運用を行うことで、投資家に対して申込みであることの認識を促し、申込みを資産の裏付けのある現実的なものとすること
  1. 申込み(及び当該申込みの撤回)があった旨の証拠書類を具備すること
  2. 投資家の申込み~配分通知までの間に新たな訂正事項が生じた場合には、投資家に再度申込みの維持・変更・撤回の意思確認を行うこと
  3. 条件決定~配分通知までの間に一定の撤回期間を確保する等の撤回を認める期間を設定する仕組みを構築すること

 日証協分科会報告書23頁以下「Ⅲ.オファリング手法の多様化の考え方 ― 1.ブック・ビルディングにおける需要申告の注文扱い、安定操作取引のあり方と新たな裁定取引への対応」においては、我が国においてブック・ビルディングにおける需要申告を注文として扱うこととする場合に関する分析が述べられており、法的整理として、ブック・ビルディングの時点で顧客から購入の申込みを受け付け、条件決定後(且つ効力発生後)、当該顧客に価格及び配分に関する通知を行った時点で約定が成立(拘束力が発生)する方式を紹介しています。

最後に

 オプトアウト方式による申込スキームは、本件においては、米国のIPO実務のスケジュールに合わせてPOWLを実施する必要があり、また、国内投資家のみが国内の規制により不利益を被る(国内投資家のみが上場後速やかに米国預託株式の売買を行うことが妨げられる)事態を回避するニーズから採用されました。もっとも、法的にはスキームの工夫により、POWLの場面以外の国内IPOでも採用の余地があると考えます。

 この点、日証協分科会報告書の公表(2014年6月)時点では、我が国の公募増資全般について需要申告を注文扱いとして統一することは、現時点では困難な状況にあるとされ、段階的に経験を重ねた上で、これを公募増資に採用した場合の更なる実務面の工夫、制度面の改善の余地について情報や気付きを蓄積していくことが考えられるとされていましたが※9、本件におけるオプトアウト方式による申込スキームの実現は、実務の積み重ねの第一歩となることが期待されます。

脚注一覧

※1
日本企業が米国において上場を行う場合、海外投資家の便宜の観点から、その普通株式ではなく、預託銀行に普通株式を預託することで発行される米国預託株式(⁠ADS:American Depositary Shares⁠)の形式で行うことが一般的です。

※2
日本証券業協会「『公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ』報告書」(2022年2月28日)9頁注33では、「本WGにおいては、米国同様、ブックビルディングの時点で顧客から取得の申込みを受け付け、公開価格設定後、当該顧客に配分通知を行った時点で約定の成立とする運用とし、申込期間を撤廃することについても課題と認識した。本課題については、日本ではIPOに参加する投資者は個人投資家が多いことから、申込期間を撤廃することは慎重に検討する必要があること、本協会の「『我が国経済の活性化と公募増資等のあり方分科会』報告書」(2014年6月)においても本課題について検討されたが、法的整理の結論に至っておらず、入金の実務についても併せて検討が必要であることなどから、将来的に検討を継続すべき課題と位置付け、本WGの改善策としては他の項目を優先的に検討することとされた。」と報告されています。

※3
本ニュースレターの著者のほか、当事務所の込宮直樹弁護士、久保田葵弁護士が引受側日本法弁護士として多方面に助言しました。

※4
米国上場に伴う国内POWLでは、本ニュースレターで紹介するオプトアウト方式による申込スキームに関する論点以外にも、日米双方の開示規制・取引規制等を踏まえた様々な法的論点が存在しますが、本ニュースレターではその中核となるオプトアウト方式による申込スキームに関わる法的・実務的論点に絞って紹介します。

※5
オプトアウト方式は、日本国内で勧誘・販売を行った申込取扱金融商品取引業者の販売委託先金融商品取引業者において採用された方式です。

※6
黒沼悦郎=太田洋編著『論点体系金融商品取引法(1)〔第2版〕』(第一法規、2022)117-118頁[久保大作]、神崎克郎=志谷匡史=川口恭弘『金融商品取引法』(青林書院、2012)326頁

※7
黒沼悦郎=太田洋 前掲注6

※8
日証協分科会報告書27-28頁

※9
日証協分科会報告書30頁。また前掲注2参照。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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