はじめに
米国司法省(Department of Justice。以下「DOJ」といいます。)は、2026年3月10日、企業による自主的な報告(voluntary self-disclosure)、協力(cooperation)及び是正(remediation)に関する評価枠組みを定める、Corporate Enforcement Policy(企業執行方針。以下「CEP」といいます。)の最新の改訂版として、Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy(以下「Department-wide CEP」といいます。)を公表しました※1。Department-wide CEPは、一定の要件を満たして自主的な報告、協力及び是正を行った企業に対して、不起訴(declination)、不起訴合意(non-prosecution agreement)、罰金の減額、独立コンプライアンス・モニターの不選任といった利益を与えるものです。
本ポリシーの公表前にも、DOJのCriminal Divisionは、「Criminal Division Corporate Enforcement and Voluntary Self-Disclosure Policy」(以下「Criminal Division CEP」といいます。)を発行していました。Department-wide CEPは、大きな枠組みはそのままに、適用範囲をCriminal Divisionが取り扱う企業刑事事案だけではなくDOJ全体における企業刑事事案(反トラスト事案を除く)に拡大するものと位置付けられますが、細かな手続、基準等には変更がみられます。
本稿では、CEPの目的、位置付け及びDepartment-wide CEPにおけるCriminal Division CEPからの主要な変更点を整理した上で、日本企業にとっての実務上の意義を検討します。
Corporate Enforcement Policy(CEP)とは
CEPは、DOJが企業犯罪に対応するにあたり、企業による自主的な報告(voluntary self-disclosure)、協力(cooperation)及び是正(remediation)を促すために整備してきた執行方針です。近年、DOJは、企業犯罪について、当局による事後的摘発のみに依拠するのではなく、企業自身に不正の予防、早期発見、内部調査及び対外的な開示を促すインセンティブ設計を重視しており、CEPは、2016年のパイロットプログラムとしての導入以降、その中核的な制度として発展してきました。
このような制度設計の背景には、企業犯罪に特有の、情報の非対称性(information asymmetry)があります。企業犯罪事案においては、関係資料、電子データ及び関係者が外部からの観察が困難な形で企業の内外に存在し、しかも、それらは複数の法域にまたがって存在することも少なくないため、当局の活動のみで事実関係を早期かつ十分に把握することには構造的な限界があります。そのため、DOJは、企業に対して、起訴猶予(declination)、不起訴合意(non-prosecution agreement)、罰金の減額その他の利益を提示することにより、企業自ら不正を把握し、当局に協力するように促し、DOJによる個人責任追及及び企業犯罪対応の実効性を確保しようとするものです。
また、CEPは、DOJによるグローバル執行(global enforcement)、すなわち、米国外の行為や外国企業が関わる事案に対する執行の実効性を確保する上でも重要な役割を果たしています。企業犯罪が国境を越えて行われる場合、当局が国外に存在する証拠や関係者に迅速にアクセスすることは容易ではありません。企業側が自主的に情報提供を行い、内部調査結果や是正措置を示すことによって、当局は、より機動的に事案の全体像を把握することができます。
この意味で、CEPは、企業犯罪に対するDOJのアプローチにおいて、企業自身によるプロアクティブな不正対応を促すための重要な制度の一つと位置付けることができます。
今回の主な変更点
1. 適用事案のDOJ全体への拡大
Criminal Division CEPは、DOJのCriminal Divisionが扱う企業刑事案件のみを対象とするポリシーでしたが、今回公表されたDepartment-wide CEPは、反トラスト事案を除くDOJのすべての企業刑事案件が適用対象になるものとして策定されており、適用範囲が拡大されました。また、本Department-wide CEPは、従前の各部局別ポリシー及び各連邦検察局のポリシーを置き換えるものとされています※2。この変更により、企業としては、DOJのいずれの部局が前面に出るかによって個別の執行方針を読み分ける必要がなくなり、「案件の持ち込み先の選別」の必要が相対的に縮小すると考えられます。これにより、企業にとっては、どの部局に報告するかよりも、DOJに適時に持ち込めるかということの方が、より重要な論点になると考えられます。
2. 申告先が「Criminal Division」から「適切なDOJ部局」へ変更されたこと
従前のCriminal Division CEPでは、自主的な報告は、原則としてCriminal Divisionに対する報告として定義されていました。他方、Department-wide CEPにおいては、企業が不正行為を適切なDOJ部局に誠実に報告すれば足りると整理されています。また、あるDOJ部局への善意の報告が、その後、DOJ内の別の適切な部局で処理されたとしても、そのこと自体で資格を失わないことも明示されました。
但し、Department-wide CEPは、連邦規制当局(federal regulatory agencies)、州・地方政府又は民事執行当局(civil enforcement agencies)のみに対する報告は、通常、自主的な報告に当たらないことも明記しています。他の規制当局等に報告していればDOJとの関係でも足りるわけではない点には改めて留意が必要です。
また、日本においては、第三者委員会等の調査委員会を設置することにより不正の存在を公表することがありますが、このような公表を行っても、それだけではDOJに対する自主的な報告には該当しないという点についても注意すべきです。もちろん、調査委員会の設置は、企業におけるプロアクティブな対応の一環として説明することは可能ですが、CEPに基づく自主的な報告としてクレジットを確保する必要性が高い事案においては、より早い段階で、CEPの適用を受けるためのDOJに対する自主的な報告を行うか否かを検討する必要があります。
3. 適用可能性の早期の(as soon as practicable)通知が定められたこと
Department-wide CEPにおいては、企業が自主的な報告を行った場合、検察官は、本ポリシーによる起訴猶予等の適用可能性を判断するために必要な事実関係の把握に努め、その判断をできる限り早期に(as soon as practicable)企業へ伝えるよう奨励されています。この点は、DOJが今回の改訂にあたって強く打ち出している予測可能性(predictability)と整合的です。具体的な期限や通知方法が定められているわけではありませんが、企業にとっては不確実性を一定程度下げる方向の改善と評価することができます。
4. 内部通報に関する例外の時間軸に関する追加
Criminal Division CEPでは、内部通報者がDOJに通報を行った場合でも、企業が120日以内にDOJへ自主的な報告を行えば、なお不起訴検討の対象になり得るとする例外が設けられていました。これに対し、Department-wide CEPでは、企業は「合理的に可能な限り速やかに、かつ遅くとも120日以内に申告しなければならない」(as soon as reasonably practicable but no later than 120 days)とされています。これは、一見すると、120日という上限は維持しつつも、それより前の申告が期待される建て付けに改められたもののようにもみえますが、実際には、以前から、内部通報者がDOJに通報を行うことが想定されるようなケースにおいては、初期的な調査が完了次第、120日を待たずにDOJに対して申告を行う(ことが期待される)ケースがほとんどであったと考えられ、Department-wide CEPは、この点を明確化したものと整理することができると考えられます。
5. 「ニアミス事案」の減額幅が固定ではなくなったこと
いわゆる「ニアミス事案」(善意で(good faith)自主的に報告を行ったものの、CEP適用の要件を満たす自主的な報告には該当しなかった場合や、加重要素があるため起訴猶予には至らない場合)における罰金レンジの減額幅について、従来のCriminal Division CEPにおいては、量刑ガイドライン(U.S. Sentencing Guidelines)上の罰金レンジの下限から75%の減額が示されていました。これに対し、Department-wide CEPでは、減額幅が少なくとも50%、最大75%との表記に改訂されました。
6. 再犯性(recidivism)の厳格化
Criminal Division CEPは、加重要素の1つである再犯性(recidivism)について、主として直近5年の刑事処分又は刑事的解決を基準としていましたが、Department-wide CEPにおいては、それ以前であっても、対象となる不正行為と類似する不正行為(similar misconduct)は考慮対象に含めることとしています。
このような再犯性評価の厳格化は、企業に対して、過去の自社事案や同業他社の事案から学びながら、その教訓をコンプライアンス・プログラムに反映し、組織風土も含めて適切かつ継続的に改善していくこと(組織学習のプロセスをきちんと働かせること)を改めて求めるものといえます。企業としては、単発的な規程整備や研修の実施等にとどまらず、過去の不正事案からの学びを、リスク評価、内部通報体制、調査体制及び懲戒制度の拡充、現場管理のあり方等に十分に組み込み、組織学習のプロセスを通じて、実効性のある改善を継続的に行うことが重要です。
日本企業にとっての実務上の含意
DOJは、新方針の狙いとして、一貫性(uniformity)、予測可能性(predictability)及び公平性(fairness)を明示していますが、上記のとおり、企業は不正行為を適切なDOJ部局に誠実に報告すれば足りると整理されていること、内部通報に関する時間軸について、「合理的に可能な限り速やかに」との文言が追加されたこと、検察官による適用可能性の早期の通知が定められたことに照らすと、今回のDepartment-wide CEPは、手続全体のスピードアップを図る趣旨も含むものであり、企業に対しては、自主的な報告をめぐる初動を、より早く、より組織的に設計することを求めるものであると理解すべきです。
日本企業としては、平時から、海外不正の兆候が把握された場合に、誰が、どのタイミングで、どの外部専門家を関与させ、DOJへの接触可能性を検討するのかを明確にしておくことが望まれます。今回の改訂は、Criminal Division CEPの延長線上にあるものの、実務上は、内部通報受領後のエスカレーション、取締役会等への報告の設計、自主的な報告を行うべき米国当局の選定等、社内手続等を見直す契機になると考えられます。
最後に
DOJは、公表から間もない2026年3月19日には、Balt SASのFCPA事案につき、Department-wide CEPの下で初めての不起訴処分を公表しました※3。同事案では、Balt SASの自主的な報告、全面的協力及び適時・適切な是正を評価して不起訴としつつ、約120万ドルの利得の吐出し(disgorgement)を求めています。
Department-wide CEPは、その基本思想においてはCriminal Division CEPを引き継ぐものであり、制度の骨格自体が一変したわけではありませんが、適用範囲、時間軸等、企業の意思決定を左右する細部が変更されています。したがって、日本企業としては、今回の公表を「Criminal Divisionの方針が横展開されたにすぎない」とみるのは必ずしも適切ではなく、どの変更がどのように初動判断を変えるかに着目して読むことが重要です。