(1) 本判決の結論
デラウェア州衡平法裁判所は、以下のとおりコーウィン基準の充足を認めず、レブロン義務が適用される前提の下、対象会社取締役による信認義務違反(請求(a)及び請求(b))、及びDGCL違反(請求(d))を認めた一方、買主による幇助(請求(c))の主張は棄却された。
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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
本ニュースレターでは、2025年の下半期においてデラウェア州裁判所から出された米国M&Aに関する重要判例のうち注目すべき2件を紹介する。1件目は、日本でも最近注目を集めている買収提案に対する取締役会の対応について、取締役の信任義務違反(日本の善管注意義務違反に相当)が認められた事例である。会社にスキャンダルがあって株価が下落している時期に複数の第三者から買収提案を受け、CEOが特別委員会を組成せずに自ら主体的に特定の買主候補と交渉を纏め、その合意の中にはCEOの地位の継続などが含まれていたという事例で、日本でも参考になると思われるため事実関係含め詳細に紹介している。2件目は、買収前から存在しており売主から買主にその内容の一部も伝達されていた表明保証違反の可能性がある問題について、表明保証からの除外事項を記載するディスクロージャースケジュール(開示書面)において十分な開示がなされていたかが争点となった事案であり、こちらも日本の実務に参考になると思われるため紹介する。
本件は、Microsoft(以下「買主」という。)によるActivision Blizzard, Inc.(以下「対象会社」という。)の買収に関して、対象会社CEOであったKotick氏(以下「本CEO」という。)が自らの利益のために同社に不利な形で売却プロセスを進めたことについて、本CEO及び取締役会メンバーの信認義務違反を認めた一方、買主の幇助責任については否定した事案である。買主と対象会社の交渉経緯を中心とした事実関係は以下のとおりである。
| 2021年6月~9月 | 米国雇用機会均等委員会及びカリフォルニア州公正雇用住宅局が、対象会社におけるセクシャルハラスメント及び雇用差別等の存在を認めた旨を公表し、対象会社を提訴。これを受け、90ドル前後で推移していた対象会社の株価は2021年9月27日時点で76.64ドルに下落。 |
| 2021年10月28日 |
本CEOが全従業員宛の書簡で、安全な職場環境の構築の失敗を認め、自身の年俸を減額すると発表。 対象会社の取締役会にて長期戦略計画(以下「戦略計画」という。)を討議。 |
| 2021年11月2日 | 対象会社の取締役会が戦略計画を承認。当該戦略計画では、対象会社の株式価値は市場では過小評価されているとして、1株あたり113~128ドルと評価。 |
| 2021年11月16日 | 本CEOが長年、同社内のセクハラ問題を認識していた旨の記事が報道された。これを受けて対象会社の株価はさらに66.14ドルまで下落し、従業員による本CEOに対する辞任要求のストライキも発生。 |
| 2021年11月19日 |
買主が、本CEOに対象会社買収の可能性を伝達。 これを受けて本CEOは対象会社の取締役会全体には通知することなく、一部の取締役(以下「一部取締役」という。)及びファイナンシャル・アドバイザーであるAllen & Co.と共に買収価格の交渉レンジを検討。 |
| 2021年11月26日 |
買主が1株あたり80ドルでの入札を検討している旨を本CEOに伝達。 本CEO及び一部取締役は、過去の取引価格、アナリスト予想、同業他社における価格帯等をもとに、戦略計画における評価額を下回る、1株90~105ドルを交渉レンジとして独自に設定。 |
| 2021年11月28日~12月3日 | 本CEOは、対象会社取締役会の承認なく買主に対して上記の交渉レンジを伝える。 |
| 2021年12月3日 |
本CEO及び一部取締役が取締役会において上記交渉レンジ及び買主との交渉状況を報告し、対象会社の取締役全員が買主との交渉の存在を知るに至った。 なお、取締役会議事録には、取締役会として売却プロセスの開始を承認した旨の記載はあるものの、本CEOに一定の交渉の方針を指示した旨の記載や交渉レンジの根拠等の記載はなかった。 また、別の買主候補(以下「X社」という。)から本CEOに対して「戦略的取引」の意向に関する連絡があったものの、対象会社取締役会には報告しなかった。 |
| 2021年12月6日 | 対象会社と買主との間でNDAが締結され、対象会社が買主に対して戦略計画を共有。 |
| 2021年12月10日 |
本CEOは対象会社取締役会に、X社からの連絡の存在を報告。対象会社取締役会は、実際にX社との取引を行う可能性は低いと判断しつつ、本CEOに面談を行うよう指示。 買主が対象会社に対して1株あたり90ドルの意向表明書を提出。当該意向表明書では、対象会社が「広く報道された多くの問題」に直面しているという形で、セクハラ問題に関する言及があった。 |
| 2021年12月14日 |
本CEOがX社のCEOと面談を実施するも、X社からの具体的な提案には至らず、これ以降X社からのアプローチはなし。 対象会社取締役会が開催され、下方修正された財務見通しが提示された(修正理由は「時間の経過」とされていた。)。なお、同日時点の対象会社の株価は59.52ドル。 また、対象会社取締役会は、Allen & Co.の利益相反の有無に関して、Allen & Co.チームのシニアメンバー2名が買主の株式に各100万ドル以上を投資しているが、本CEO及び一部取締役各個人への過去のアドバイザリー業務の実績はなく、重大な利益相反はないと判断。 |
| 2021年12月15日 |
Allen & Co.チームが対象会社取締役会に対して買主の90ドルのオファーの財務分析を提示。当該分析ではセクハラ問題が対象会社の株価急落の原因であることが明示されていた。 対象会社取締役会は、本CEOに対して、1株あたり100ドルでオファーを出すよう指示しつつ、1株あたり95ドルで合意することを承認。 |
| 2021年12月16日 | 買主は本CEOに対して1株あたり93ドルで再提案。本CEOは1株あたり95ドルを提示し、買主はこれに合意。 |
| 2021年12月17日 |
対象会社取締役会は、本CEO主導で買主との最終契約交渉を進めることを承認。 同日、別の買主候補(以下「Y社」という。)が本CEOに対して対象会社買収に強い関心がある旨を連絡。 |
| 2021年12月20日 |
対象会社が、買主との間で独占交渉契約を締結。 本CEOはY社に対して「状況が変わった」として協議の打ち切りを通告。 |
| 2022年1月17日 | 対象会社取締役会が合併契約案を承認。なお、配当条項の具体的内容(対象会社が合併の効力発生前に行うことができる株主に対する配当の金額等)や、合併存続会社の定款については取締役会の承認時点で契約書案に含まれておらず、配当条項の具体的内容の決定については、一部取締役から構成される小委員会に委任された。 |
| 2022年1月18日 | 対象会社と買主との間で合併契約を締結。当該契約では、2023年7月18日を合併の実行期限日とし、実行期限日までに合併が実行されない場合には買主が違約金の支払義務を負う旨の条項、本CEOがCEOとして留任することを定めるキーマン条項や合併前よりも広範な取締役・役員の補償規定等、現経営陣に有利な条項も含まれていた。 |
| 2022年4月28日 | 対象会社の株主総会において、議決権を有する株主のうち約68%が投票し、このうち約98%の賛成により合併が承認された。 |
| 2023年7月17日 | 対象会社取締役会は、合併契約に関して、本合併の実行期限日を延長する旨の合意(以下「延長契約」という。)を承認。当該延長契約においては、7月18日までとする旧実行期限日経過時の違約金の請求権を放棄する代わりに、買主が支払う違約金を段階的に増額する旨の条項や、クロージングの前提条件を緩和する内容が含まれていた。なお、延長契約の締結については対象会社株主の承認は得られていなかった。 |
| 2023年7月18日 | 対象会社と買主の間で延長契約が締結された。 |
| 2023年10月13日 | 合併の効力発生。 |
合併の効力発生後、対象会社の株主であった原告は以下の事項を主張し、対象会社取締役及び買主に対して本訴訟を提起した。
デラウェア州衡平法裁判所は、以下のとおりコーウィン基準の充足を認めず、レブロン義務が適用される前提の下、対象会社取締役による信認義務違反(請求(a)及び請求(b))、及びDGCL違反(請求(d))を認めた一方、買主による幇助(請求(c))の主張は棄却された。
利害関係のない独立した取締役が行う行為について信認義務(fiduciary duty)の違反の有無を判断する場合、デラウェア州裁判所は原則として経営判断原則(business judgment rule)を採用し、原則として取締役会の判断が尊重されるが、会社の支配権の移転が発生する取引を行う際には経営判断原則は適用されず、取締役は合理的に達成可能な株主にとって最善の価格を得られる努力をする義務(いわゆるレブロン義務(Revlon Duty))を負うとされている。もっとも、レブロン義務が適用される場面であったとしても、(i)利害関係を有しない株主(disinterested stockholders)が、(ii)十分に情報を得た上で(fully informed)、(iii)抑圧されていない状態で(uncoerced)行った、支配株主以外の者との取引に係る株主総会決議により取引が承認された場合には、レブロン義務ではなく、原則に戻って経営判断原則が適用されるとされている(いわゆるコーウィン基準(Corwin Doctrine))。※1
本件において被告はコーウィン基準を満たすものとして、経営判断原則が適用される旨を主張したが、デラウェア州衡平法裁判所はコーウィン基準の充足を認めなかった。
(ア) DGCL所定の手続への違反
裁判所は、コーウィン基準の適用は、そもそもDGCL所定の手続に従って株主の投票が行われていることが前提であるとした。その上で、本件においては、対象会社取締役会において承認された合併契約は、配当条項等の重要な条項が未確定の状態のものであり、最終的に当該条項の具体的内容の決定について小委員会に委任したことについて、取締役会が合併契約の条件を承認することを求めているDGCL251条(b)、及び取締役会と小委員会の権限分配に関するDGCL141条(c)に違反すると認定し、DGCL所定の手続に適合していない可能性があるとした。
(イ) 委任状説明書(Proxy Statement)における不十分な開示
裁判所は、(a)株主総会のための資料として株主に配布される委任状説明書において、取締役会の合併承認理由としてセクハラ問題に関する言及がなかったこと、(b)買主が、本CEOがセクハラ問題を認識していた旨の記事の3日後に交渉を開始し、また買主の意向表明書におけるセクハラ問題への言及について、委任状説明書において開示がなかったこと、(c)対象会社のファイナンシャル・アドバイザーが対象会社取締役会に提示した分析では、セクハラ問題により対象会社株価が大きく下落していたことを示していたにもかかわらず、このことを委任状説明書で開示していなかったこと等から、セクハラ問題が合併とは無関係であり、合併の価値評価にも関係がないという誤解を招く不完全な説明であったと判断した。
また、委任状説明書においては、連邦取引委員会(FTC)の差止等、規制当局の承認が得られず合併を実施できない場合に買主が支払う違約金(合併契約締結時20億ドル)を、合併を推奨する理由の一つとしていたが、買主はこの違約金を一部相殺するために、対象会社が買主からクラウドサービスを購入する旨の誓約(サービス料7億ドル相当)を受けていた。当該誓約については委任状説明書において触れられていなかったところ、裁判所は、当該誓約の存在は対象会社株主にとって重要な情報であったと判断した。
これらの情報開示の不十分性から、裁判所は、株主が十分に情報を得ていたとは言えず、コーウィン基準の(ii)の要件を満たしていないとした。
上記のとおりコーウィン基準の充足が認められなかったことから、本件はレブロン義務が適用された。裁判所は、(a)本CEOが、対象会社の交渉力が弱い時期に、株価の回復を待つことなく、戦略計画で示された株式価値を下回る価格帯の交渉レンジを設定し、買主と交渉を行ったこと、(b)対象会社が他の潜在的買収者に対する対応を遅延させ(X社に対して11日間応答せず)、その間に買主との交渉を進展させたこと、(c)本CEOが取締役会への情報提供を遅延・制限し、かつ自らに有利な情報のみを伝達していたこと及び(d)対象会社取締役が、買主との交渉を受け、対象会社の財務予測を引き下げ、価格を正当化しようとしたことを認定し、対象会社取締役のレブロン義務違反の主張を認めた。
さらに、対象会社の定款においては、忠実義務違反や悪意による行為等の場合を除き、取締役の注意義務違反の免責を認めていたため、各取締役の悪意の有無も問題となった。本CEOについてはセクハラ問題により対象会社のCEOからの解任リスクに直面していたところ、合併契約のキーマン条項等に基づいて自らの地位を確保し、かつ広範な免責条項も得ていたことから悪意で行動していたことを合理的に推認可能であるとした。また、一部取締役についても、一連のセクハラ問題及びそれに伴う株価の下落を認識しながら、本CEOの利益を優先させたことが推認可能であり、その他の取締役らについても、本CEOの利益相反を認識しながら、売却プロセスの主導権を本CEOに委ね、交渉価格レンジを問題視せず、財務予測の引き下げを容認したこと、Allen & Co.の起用について特に疑義を提起せず、独立したアドバイザーの起用などを検討しなかったこと等から、対象会社取締役全員に対して悪意が合理的に推認可能であるとした。
裁判所は、延長契約締結時には別途株主投票が行われなかったことから、コーウィン基準の充足は認められず、レブロン義務が適用されるとした。その上で、延長契約締結時には、対象会社の業績は記録的な好成績を収めており、独立企業としての価値や戦略的代替策を検討しなかったこと、延長契約において7月18日の実行期限経過に伴う違約金請求権を放棄し、クロージングの前提条件を緩和したこと等を理由に、レブロン義務違反のおそれを認め、かつ上記(3)②と同様に対象会社取締役の免責を認めなかった。
裁判所は、買収者側の幇助責任について過去の裁判例※2を参照し、(i)対象会社取締役の行為が信認義務違反であることの認識、(ii)買収者の行為が法的に不適切であることの実際の認識、及び(iii)対象会社取締役の信認義務違反に対する実質的な援助が必要であるとした。
本件において、原告は、買主が対象会社のセクハラ問題を公然と非難しビジネス上の関係の見直しを表明するなど本CEOに圧力をかけたこと、本CEOが焦って売却に動く可能性を認識していたことなどを主張したが、裁判所は、買主が(i)本CEOの信認義務違反を認識していたこと、(ii)そのような状況で買主が入札することが違法であると認識していたこと、(iii)本CEOの信認義務違反を受動的に利用するのではなく実質的に援助したことは主張されていないと判断し、合併契約の締結プロセス及び延長契約締結プロセスの両場面における幇助責任を認めなかった。
原告は、合併契約の配当条項が適切に取締役会の承認を得られていないと主張し、合併成立までの間に株主が本来受領できたはずの配当額と実際の配当額との差額の賠償を求めた。裁判所は、上記(3)①(ア)のとおり、DGCL違反を認め、棄却申立てを却下した※3。
本判決の約1か月後のデラウェア州衡平法裁判所のコーウィン基準に関する別件の判決※4(以下「DrugCrafters判決」という。)では、コーウィン基準の「十分に情報を与えられた(fully informed)」という要件は、「無限に情報を与えられた(infinitely informed)」ことを意味せず、例えば買主との交渉の一挙手一投足の開示までは不要であるとした上で、委任状説明書にて、経営陣のインセンティブ報酬に関する利害関係や合併後の雇用条件、各交渉段階での交渉参加者の氏名や買主との議論の内容等の交渉経緯等が詳細に開示していたことが認定され、コーウィン基準を満たす十分な開示が行われていたと認定されている。
他方で、本件においては、セクハラ問題が交渉・価格決定に与えた影響、ファイナンシャル・アドバイザーによる株価分析、買主の違約金を一部相殺する目的での、対象会社が買主からクラウドサービスを購入する旨の誓約といった、株主の投票判断に重大な影響を及ぼす情報が開示されていなかった。本判決を踏まえると、たとえ企業スキャンダル等の既に公に報道されている事実であっても、価格決定に影響する重要な要因については、開示が必要であるといえる。
本件においてデラウェア州衡平法裁判所は、DGCL所定の手続に違反している場合にはコーウィン基準は適用されないと明示的に判断しており、DGCLに基づいて手続を適切に履践する必要があることが明確化された。
また、本判決においては、配当条項が取締役会の承認を得ておらず、小委員会に委任されたことが問題視されている。本判決では、取締役会の承認対象となる合併契約が「最終版」でなければならないかについて言及はないものの、本件で取締役会の承認の対象となった合併契約は「実質的に重要な点において完成していない(not essentially complete in ways that mattered)」と認定している。対象会社株主に対する配当額の上限を定める配当条項は、対象会社株主に対する実質的な対価に位置づけられる重要な条項であったと言えるため、少なくとも株主への対価に直接影響する重要な条件については取締役会本体の承認が必要であると考えられる。
本件では、買主から地位の確保や免責条項等の合意を取得しており対象会社株主と利益相反のある本CEOが買主との交渉を行っているが、このことがレブロン義務違反となる可能性を高めた事案であったと言える。
DrugCrafters判決においては、3名の独立取締役からなる特別委員会が売却プロセスの監督・指揮を担い、入札提案の評価、カウンター案の策定、交渉方針の決定を行っていたほか、特別委員会は、経営陣の利益相反を認識した上で、買主候補が経営陣のインセンティブ報酬の減額を条件とした提案を行った際には、経営陣に対して当該買主候補との直接交渉を禁じ、特別委員会自身が交渉を引き取るなど、利益相反の管理が積極的に行われていたことが認められている。これに対し、本件では、本CEOが取締役会全体に知らせることなく、一部取締役とともに交渉を主導しており、取締役会に対する報告は遅れて行われ、かつ報告自体も不十分なものであった。
これらの判決を踏まえると、会社売却の場面において、一部の取締役に利益相反がある場面においては、レブロン義務が適用されることを念頭に、取締役会や特別委員会が交渉プロセスを指揮・監督することが重要であると言える。
本判決では、レブロン義務に関する判断の文脈において、セクハラ問題等のスキャンダルが会社の株価に与える影響は一時的であることが多いにもかかわらず、セクハラ問題を報じる新聞記事の掲載直後という、株価が下落し交渉力が弱い時期に売却プロセスを開始し、かつ会社の戦略計画において示された水準を下回る価格帯で交渉を行ったことが問題視されている。本判決では、会社の混乱期に売却プロセスを急ぎ、交渉上の優位性を失った旨の原告の主張を認定した他の事案も参照しており※5、スキャンダル等の発生した場面における会社売却については慎重な検討が必要であることを示唆している。
本判決では、延長契約の締結あたっても取締役の信認義務が認められている。合併契約の署名後・クロージング前において修正契約等を締結する際に、取締役会が独立した判断を行い、戦略的代替策(例えば解約手数料を受領して独立企業として存続する選択肢)を改めて十分に検討すべきであることを示唆している。
本判決では、売却プロセスにおける対象会社取締役の信認義務違反に対する買収者の幇助責任に関する判断基準が明確化された。この判断基準では、対象会社取締役の行為が信認義務違反であることの認識及び買収者の行為が法的に不適切であることの実際の認識に加えて、対象会社取締役の信認義務違反に対する実質的な援助という、買収者側の積極的な行為(又は不作為)が要求されており、買収者の幇助責任が認められる場面は限定的である事が確認された。
日本にはレブロン義務は存在しないものの、以上の示唆は、概ねそのまま日本の実務にも当てはまると思われる。(1)については、日本では上場会社の買収は合併よりも公開買付けで行われるのが一般的であるが、公開買付届出書には取引に至る経緯や価格に関連する事項を詳細に説明する必要があり、本件の示唆が当てはまる。(3)については、日本の最近の実務ではほとんどの案件で特別委員会が組成される傾向にあるが、特別委員会が機能することの重要性が再認識させられる。その他の項目については、日本においてもそのまま参考になる示唆であると言えよう。
本事案は、M&A契約における表明保証に関して、買収前から存在しており売主から買主にその内容の一部も伝達されていた表明保証違反の可能性がある問題について、譲渡契約の表明保証からの除外事項を記載するディスクロージャースケジュール(開示書面)において十分な開示がなされていたかが争点となった事案である。その経緯は以下のとおりである。
2015年5月、被告であるBrunswick Corporation(以下「売主」という。)は、そのボウリング・ビリヤード部門であるBrunswick Bowling & Billiards(以下「譲渡対象部門」という。)を、原告であるBBP Holdco, Inc.(以下「買主」という。)及びその関連会社に対し、株式及び資産譲渡契約(以下「本譲渡契約」という。)に基づき売却した(以下「本売却」という。)。
これに先立つ2012年、スウェーデン労働環境庁(Swedish Work Environment Authority、以下「スウェーデン当局」という。)は、譲渡対象部門のスウェーデンにおける販売代理店に対し、売主が開発したボーリングピンを自動で並べ直す機械であるGSXピンセッター(以下「本件ピンセッター」という。)が、その安全機構(guarding)に関してEU機械指令(Machinery Directive 2006/42/EC)第11条に適合していない可能性がある旨の通知を発出した。2013年8月、スウェーデン当局は、譲渡対象部門のスウェーデンの販売代理店に対し、本件ピンセッターの販売禁止及びリコールを命じる決定(以下「本件リコール決定」という。)を発出し、本件ピンセッターの販売禁止及びリコールを行うよう命じた。また、スウェーデン当局は、EU機械指令第11条に基づき、欧州委員会(European Commission)に対して本件リコール決定を通知した。
しかしながら、本件リコール決定の発出後、スウェーデン当局の担当者は譲渡対象部門の販売代理店に対して、譲渡対象部門が適切な改修を施した新製品を今後納品する限り、既存の設置済の本件ピンセッターの撤去は求めない旨の見解を示した。その後、2014年8月及び9月に、売主の担当者はスウェーデン当局及び欧州委員会とそれぞれ面談を行い、いずれの会合も前向きな結果であったと報告がなされていた。
売主は、スウェーデン当局の通知に関して買主と電話会議で協議する機会を持ち、また、本譲渡契約の表明保証からの除外事項を記載するディスクロージャースケジュールにおいて、スウェーデン当局が本件ピンセッターについてEU機械指令第11条の規定に適合していないとの見解をスウェーデンの販売代理店に通知したこと、スウェーデン当局が欧州委員会にその見解を通知したこと、及び譲渡対象部門が当局と協議を継続していることを開示した。
もっとも、買主は、この点に関する検討のために欧州の機械規制に関する専門家を起用せず、また独自の調査も行わなかった。
本売却のクロージング後の2015年11月、スウェーデン当局は、従前の経過に反して既存の設置済の本件ピンセッターに対して新製品に実施していたのと同様の改修を施すなどの要求を含む正式要請(Formal Request)を発出した。この結果、買主はヨーロッパ全域での対応が迫られることになり、欧州委員会に異議を申し立てたものの認められず、最終的にはヨーロッパ全域で改修やリコール等の対応を実施することとなり、その費用は2,300万ドルを超えた。
買主は、売主に対し、詐欺及び本譲渡契約上の表明保証の違反を主張して、訴訟を提起した。
2025年7月14日、デラウェア州上級裁判所は、(i)詐欺は成立せず、(ii)本譲渡契約上の表明保証の違反は発生していないと判断し買主のすべての請求を棄却した。なお、本判決に対して買主はデラウェア州最高裁判所に上訴したが、2026年3月25日、同最高裁判所は上級裁判所の判断を維持した。
買主は、売主が虚偽の説明や事実の秘匿を行ったなどと主張して詐欺の成立を主張した。これに対し、裁判所は、まず、デラウェア州法における基本原則として、対等な当事者間の取引においては、既存の信認義務(会社と取締役など一定の関係から生じる義務)や契約上の義務がない限り、一般的な開示義務は存在しないとした上で、自ら開示することを選択した場合には、その開示事項が「重大な点で誤解を招く」ものとなってはならない限度で十分かつ公正な開示(full and fair disclosure)がなされなければならない旨を確認した。その上で、裁判所は、洗練された当事者(sophisticated party)間の取引において、売主は「あらゆる詳細」を開示する義務を負わず、公正(fair)と認められる範囲、すなわち、買主が自ら調査を行うに足りる事実を開示していれば許容されるとした。この点を前提に、本件の事実関係においては、(i)売主は誤認を招かない程度にディスクロージャースケジュールにおいて概要を開示しており、(ii)買主は独自の調査を行う機会を与えられており、ディスクロージャースケジュールの記載内容から容易にリコール等が発生する可能性があることが認識できたにもかかわらず、独自の調査をせず専門家も起用しなかったとして、売主が適切な開示をしているとした。
裁判所は、表明保証違反の成否については、ディスクロージャースケジュールの記載(スウェーデン当局が本件ピンセッターのEU機械指令への不適合について通知を発出し、欧州委員会にその見解を通知し、譲渡対象部門が当局と協議を継続している旨)が本譲渡契約上の表明保証からの除外事項になっていると判断した。なお、裁判所は、今回の事実が複数の表明保証から除外すべき事項であるにもかかわらずディスクロージャースケジュールの関連するすべての項目において同様の記載がない場合であっても、どこかの項目に当該記載があり、かつディスクロージャースケジュールの特定の項目における記載が他の項目にもまたがって(cross-sectionally)適用される旨が本譲渡契約上記載されていれば、いずれの表明保証違反も構成しない旨を判示した。
本判決は、M&A取引において、売主は問題がある事項についてあらゆる詳細を開示することを必要とされるものではなく、洗練された買主が独自の調査を行うに足りる十分な情報を提供することをもって足りるとする立場を示したものである。他方、買主の立場からは、ディスクロージャースケジュール等において売主から問題が開示された場合は、専門家の意見の聴取を含む独自の調査を行うことが重要であることが再認識されたといえる。表明保証の実務については、日本は米国の実務を習っているため、国内案件についても同様の留意が必要であると考えられる。
※1
これらの判断枠組みの詳細は、当事務所発行の米国最新法律情報No.106「デラウェア州M&A最新判例アップデート 2023年上半期編」(2023年11月)を参照されたい。
※2
In re Mindbody, Inc., Shareholder Litigation., 332 A.3d 349 (Del. 2024)、In re Columbia Pipeline Group., Inc. Merger Litigation., 2025 WL 1693491 (Del. June 17, 2025)。
※3
なお、本件においては、このほかにDGCL 262条(鑑定請求権)違反等複数のDGCL違反に関しても主張されているが、やや細かな論点となるため本ニュースレターでは割愛する。
※4
DrugCrafters, L.P., et al. v. Loh, et al., C.A. No. 2024-0111-PAF (Del. Ch. Nov. 26, 2025)。
※5
In re Saba Software, Inc. Shareholders Litigation., 2017 WL 1201108, at *16 (Del. Ch. Apr. 11, 2017)、In re Tangoe, Inc. Shareholders Litigation., 2018 WL 6074435, at *12–15 (Del. Ch. Nov. 20, 2018)。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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