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ニュースレター

企業のトップメッセージをコンプライアンスの視点から考える

著者等
眞武慶彦豊田紗織平林菜摘(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Compliance Legal Update ~危機管理・コンプライアンスニュースレター~ No.120(2026年4月)
業務分野
キーワード

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 近時、上場企業の経営トップの関与や黙認が疑われる企業不祥事の報道が相次いでいます。他方でトップメッセージが企業のコンプライアンスプログラムの重要な構成要素であることは、いくつもの公的なガイドライン等の中で指摘されており、コンプライアンス研修の効果を高めるなど、コンプライアンス意識を浸透させるための施策として広く用いられています。上記のような不祥事が発生した企業であっても、以前から整ったトップメッセージやサステナビリティ方針が発信されていたはずですが、それらは形骸化したものだったのでしょうか。本稿では、企業のコンプライアンス体制の向上のために「実効性のある」トップメッセージがどのようなものであるかについて、考察します。

コンプライアンスプログラムの重要な構成要素としてのトップメッセージ

1. ガイドライン等での言及

 トップメッセージが、企業のコンプライアンスプログラムの重要な構成要素となることについて言及している政府当局等による主なガイドライン等には以下のものがあります。

(1) 外国公務員贈賄防止指針(経済産業省)

 本指針では、過去の国内外の処罰事例において現場の従業員が賄賂は会社のためになるとして正当化することがあり、経営トップのみがそのような誤った認識を断ち切ることができること等を踏まえ、外国公務員贈賄防止に係るコンプライアンス体制の中核として、経営トップによる贈賄禁止の宣言と継続的なメッセージ発信を挙げています。具体的には、経営トップが、「利益獲得のために不正な手段を取ることなく、迷わず法令遵守を貫くことが中長期的な企業の利益にもつながること」等を全ての役職員に対して明確に、繰り返し様々な手段で示すことが効果的であるとされるほか、経営トップは贈賄防止体制の整備・運用のために十分な人的・財政的リソースを配分し、自ら研修や社内イベントに参加するなど、具体的行動でのコミットメントを示すことが望ましいとされています。

(2) 実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド(公正取引委員会)

 本ガイドでは、経営トップによる独占禁止法コンプライアンスへのコミットメントとイニシアティブが、実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの中核を成す重要な構成要素であることが述べられています。その上で、経営トップに求められることとして、経営トップは独占禁止法違反を一切許容しないこと、違反の疑いがあれば速やかに調査・是正することを宣言し、売上やシェア目標の達成よりも法令遵守を優先する姿勢を示すべきであり、そのメッセージを社内会議・イントラネット・研修等を通じて繰り返し伝達することや、経営トップ自らが、各取組みの担当部門又は担当者に十分な権限とリソース(予算・人員・設備等)を配分するなど、独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用に本気で取り組んでいることを自身の行動でも示すこと等が挙げられています。

(3) 自動車の型式指定申請時の内部統制報告(国土交通省)

 国土交通省は、型式指定申請時における不正行為を防ぐため、2025年3月31日付けで自動車型式指定規則(昭和26年9月18日運輸省令第85号)を改正し、2026年4月1日から自動車の型式指定の申請に際して内部統制報告書を提出することを義務づけています。国土交通省が公表している内部統制評価項目の評価基準には、「経営層が自ら現場訪問や社員との直接対話等を継続的に行っているか」、「経営トップから社員に向けて法令遵守のメッセージの発信や行動規範の周知などを繰り返し行っているか」及び「経営層が内部通報制度の利用を歓迎する姿勢を日常的かつ積極的に示しているか」といった項目があります。具体例として、「経営トップや認証業務責任者その他の取締役が自ら認証業務を担う部門を継続的に訪問し、現場の社員や管理職と対話を行っている」こと、「経営トップが社員に直接メールを繰り返し送付している/社員がPCを立ち上げた時に経営トップのメッセージが自動表示されるようにしている」ことなどが好例として紹介されています。

(4) 上場会社における不祥事予防のプリンシプル(日本取引所自主規制法人)

 本プリンシプルにおいては、不祥事予防の出発点として、経営陣、とりわけ経営トップによるリーダーシップの発揮が重要であることが明示され、実効性のある不祥事予防のため、経営トップが法令遵守・企業倫理を最優先する姿勢を、単なるスローガンではなく具体的行動・資源配分を通じて示すことが求められています。具体的には、経営トップが短期的な業績より長期的な信頼を重視することを社内外へ繰り返し発信すること等が求められるほか、現場と経営陣との「双方向のコミュニケーション」によりコンプライアンス意識を共有すること、コンプライアンス違反の例を吸い上げ、早期発見につなげるべきことが明記されています。なお、日本証券所グループのウェブサイトでは、同プリンシプルに加え、経営法友会の有志によって開催された「不祥事予防のプリンシプルに関する意見交換会」に参加した企業における不祥事予防のための具体的な取組内容が紹介されています。

(5) Evaluation of Corporate Compliance Programs(企業コンプライアンス・プログラムの評価)(米国司法省(DOJ))

 本ガイダンスにおいては、「Commitment by Senior and Middle Management」(上級・中間管理職のコミットメント)の項目において、上級管理職が、会社の倫理基準をどの程度明確に示し、それを社内に伝達・浸透させていたか否かを評価項目の1つとして挙げています。特に、「Conduct at the Top」として、上級管理職が、言葉及び行動を通じて、コンプライアンスを促進していたかどうかが問われています。

 トップメッセージの発信は、経営陣・上級管理職が倫理基準を示し、コンプライアンスを促進する言動の最も代表的な例であるといえるでしょう。

2. コンプライアンスの観点からトップメッセージに期待されるもの

 以上のとおり、トップメッセージは、経営トップが組織の構成員とコンプライアンスに関する認識を共有するためのツールとして重視されています。コンプライアンスプログラムの実効性を高めるためには、ルールを策定してその遵守状況をモニタリングし、判明した違反にペナルティを科すといった、ルールを守らせるための「仕組み(制度)」を構築することのみならず、組織構成員のコンプライアンスに対する意識を高め、その行動様式の変容を促すことが必要であるところ、トップメッセージには後者の効果が期待されているといえます。また、複数の指針においてメッセージの発信だけではなく経営トップの具体的な行動によってコンプライアンス重視の姿勢を示すことが求められており、中でも高度な経営判断である経営資源の配分に姿勢を反映することが重視されています。

トップメッセージに生じやすい問題

1. メッセージ自体の作込みが不十分(メッセージの内容)

 上記のとおりトップメッセージの重要性を説く指針等は多い一方、それを受けてメッセージを発信したこと、あるいはメッセージの中でコンプライアンスに言及したこと自体で満足していては不十分であることは言うまでもありません。上記の指針等にはメッセージの発信方法や頻度についても触れるものがあり、それらはメッセージの浸透のために重要な要素ですが、メッセージの頻度などの客観的指標のみで達成度合いを評価し、定型的なメッセージを繰り返すだけでは十分とは限りません。公開されている他社事例等を参考にして美辞麗句をちりばめたメッセージを発信すること自体は容易ですが、当該企業の企業理念や事業の実情に即して十分に内容が吟味されていないメッセージでは「本気度」が伝わらず、経営トップが組織の構成員の意識に働きかけ、コンプライアンス意識を共有するという効果は期待できません。

2. 他の施策との連動が乏しい(メッセージに沿った施策)

 コンプライアンス重視のメッセージを出しつつ、同時に業績目標の達成に向けた強いプレッシャーがかけられたり、スピークアップを奨励しながら内部通報に対して真摯な対応をとらなければ、従業員としては結局何を行動の指針とすればよいのかわからない、という状況に陥りかねません。上記のとおり、トップメッセージだけではなく、取組みの担当部門又は担当者に十分な権限とリソース(予算・人員・設備等)を配分したり、コンプライアンス重視を人事に反映するなど、目指す姿に近づくために必要な施策が併せて講じられなければ、トップメッセージは事業の実態と乖離し、形骸化してしまいます。例えば、実際に、経営陣が呼びかける原則を実践した部門を高く評価することによってトップメッセージの信頼度を高める例も見受けられます。

3. 現場への浸透策の不足(メッセージの伝え方)

 トップメッセージを発信すること自体も有意義ですが、現場へのコンプライアンス意識の浸透・共有を図るためには、経営トップと従業員の双方向のコミュニケーションも欠かせません。スピークアップの奨励とともにこうしたコミュニケーションの場を有効活用すれば、早期にコンプライアンス違反につながりうる情報を吸い上げる機能も期待できます。経営トップと従業員との双方向コミュニケーションの場(タウンホール、現場対話、匿名意見募集など)が常設されている大企業は多くないと思われますが、経営トップが定期的に各拠点や関係子会社を訪れて現地の従業員と会話をしている様子を公表している例もあります。逆に、経営トップが現場社員との対話集会を実施していたものの、多くの品質不正を発見することができなかったとされる例もあり、現場社員が真に物申せるための工夫をしなければ、双方向コミュニケーションの場も形骸化しかねないことに注意が必要です。

 また、中間管理職による同様のメッセージの発信も、現場への浸透策として重要なものです。これまでに発生した不祥事事案においても、経営トップではなく、部門長や工場長、営業の責任者など、よりオペレーションに近い立場の中間管理職からのメッセージに影響を受けたと考えられるようなものも少なくありません。いくら経営トップがコンプライアンス重視のメッセージを発信したとしても、中間管理職がこれに反するようなメッセージを暗黙的であっても発信していれば、トップメッセージは容易に無効化されてしまいます。経営トップだけではなく、中間管理職においても、トップメッセージと一貫した、コンプライアンス重視のメッセージを発信することが重要です。

よりよいメッセージのために

1. 従業員の行動指針としてのトップメッセージ

 トップメッセージの実効性は、コンプライアンスプログラム全体として評価されるべきものですが、その企業において重要なコンプライアンス上のトピックを端的に伝えること、特に、単純にルールに従えば答えが出るものではなく、組織の構成員がどのような行動を選択するべきか悩むトピックについて判断の指針となるメッセージを伝えることが重要です。以下は典型的なトピックとそれに対する端的なメッセージの一例です。上記のとおり、メッセージそのものがいかに秀逸なものであったとしても、それだけでは形骸化のリスクをはらむものであり、それが企業の本気の取組みであることをメッセージの発信以外の具体的な行動や施策においても示すことが必要となります。

トピック 従業員の持つ疑問 メッセージの例(伝えるべき経営陣の考え)
コンプライアンスと利潤追求の関係 コンプライアンス重視と言うが、業績目標の達成も同時に要求されている。コンプライアンスについて厳しく言っていては、利益があがらず事業は成り立たないのではないか? 不正行為に基づく利益は一円たりともいらない。不正行為をしなければ成り立たない事業であれば廃止もやむをえない。
コンプライアンスと顧客重視の関係 お客様の無理な要求にも最大限応える必要があり、納期も厳守しなければならない。結果としてコンプライアンスの徹底が現実的でないこともあるのではないか? コンプライアンスはコストや日程に優先する。無理な要求は拒絶せざるをえない。コンプライアンスを優先した結果、会社に損失が生じたとしても、人事査定上不利に考慮することはない。
スピークアップ・内部通報 スピークアップ奨励と言うが、経営陣もバッドニュースはできれば聞きたくないと思っているのではないか?内部通報が増えすぎることは歓迎されないのではないか? 通報を含むスピークアップによって会社が良くなり、時には会社を救うことにもなる。通報者に対する不利益な取扱いは厳正に処分される。

 また、先進的な取組みとしては、トップメッセージの中で、一人一人の異なる意見を重視し、多様な価値観を受け容れる企業文化をガバナンスの中核に置くことを明言した上で、単なる「法令・社内規程遵守」といった守りの面を強調するのではなく、人権リスク・AI倫理・多様性などの新しい社会規範やソフトなリスク領域を、人権リスクのインパクト評価、AIの責任ある活用、役員報酬・KPIとの連動(「ガバナンス=インセンティブ設計」)等のマネジメント・システムとして先取り的に整備することで価値創造と並行する形でコンプライアンス体制を構築することについて言及しているものもあります。このように、トップメッセージはコンプライアンスプログラムの中でも創意工夫の余地の大きい要素であり、各企業がその企業理念や事業環境に即して最適なものとなるようにアップデートしていくものであると言えるでしょう。

2. 不祥事に伴うトップメッセージ

 不祥事を経験した企業では、不祥事が起こる前はコンプライアンスへの言及がなく(あったとしても「単なるスローガンのようなもの」にとどまり)、不祥事を受けて「お詫び」のメッセージや(調査委員会に調査を委嘱する場合には)「調査委員会の調査に全面的に協力し、その提言を真摯に受け止める」ことを記者会見等の場で発信し、その後(場合によっては経営トップの引責辞任を経て)コンプライアンスの重要性に言及するトップメッセージを発信するようになる、という経緯をたどることも珍しくありません。コンプライアンスに言及したトップメッセージがないことが直ちにコンプライアンスを軽視しているという評価につながるわけではないものの、大きな不祥事が発生した後で振り返ると、経営トップの姿勢やその影響を受けた組織風土が非難を受けることは少なくありません。経営陣が不正を主導したり容認したりしていたような場合には、当時の経営トップの責任を明確化するとともに不祥事と決別する姿勢を示し、経営トップの具体的な行動や組織としての取組みを示さなければ、ステークホルダーは不正の再発防止への期待を持てず、信頼を回復することは難しくなります。他方で、そのような経営トップの具体的な不正への関与が認められない場合には、経営トップの「お詫び」が企業にとって真に有益なものなのか(不特定多数に向けられた「謝罪」がその事案において適切であるのか)、経営トップの姿勢が不祥事の原因の一つと断じることができるのか、それが引責辞任に値するものなのかを真剣に検討する必要があります。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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