※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
はじめに
我が国においては、2025年9月に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」※1(以下「AI推進法」といいます。)が全面的に施行されましたが、AI推進法は基本法的な性格の法律であり、AIサービスの開発者・提供者・利用者(以下、総称して「AI事業者」といいます。)を直接規制するものではありません。そのため、AIサービスに起因して発生した損害等に対する責任は、既存の法体系の中で判断されることとなります。しかしながら、制定時にAIを想定した既存の法律はほとんどなく、またAIのブラックボックス性や自律性を踏まえた上での裁判例の蓄積や統一的な見解はない状況です。AIエージェント(あるいはエージェンティックAI)やフィジカルAIなど、AI技術の進歩と拡張がめざましく、AIの判断結果が現実社会において権利利益や生命・身体への侵害を直接生じさせる可能性が高まりつつある近時の状況において、AI事業者が「どのような場合」に「どのような責任」を負うかは、必ずしも明らかとはいえない面があります。
そこで、経済産業省は、2025年8月から「AI利活用における民事責任の在り方に関する研究会」を開催して、現行の法律及び裁判例に基づきAIの利活用における民事責任の考え方を整理し、2026年4月9日、その内容をまとめた「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き〔第1.0版〕」(以下「本手引き」といいます。)を公表しました※2。本手引きは、人の関与の度合いに応じて「補助/支援型AI」と「依拠/代替型AI」に分けて分析していることや、既存の裁判例等に基づいた検討が行われていることが特徴的です。また、AIの利活用に際して問題が発生した有事の場面における民事責任の可能性を把握することができるだけでなく、平時の場面からAIガバナンスを適切に構築・運用しておくことが民事責任を減免する方向で考慮される可能性を示唆するものであり、AIガバナンスの観点からも重要なものであるといえます。本ニュースレターでは、本手引きの目的・検討対象及び概要と、本手引きを踏まえたAIガバナンスにおける留意事項について紹介します。
本手引きの目的・検討対象
1. 本手引きの目的
本手引きは、AIを用いたサービスやシステムが事故に起因した想定事例を題材にして、既存の法律及び裁判例に基づく解釈適用の方向性を示すものであり、新たな民事責任のルールを創設するものではないとされています。これにより、AIの開発・提供・利用に関わる当事者のAIサービス・システムのリスクに対する予測可能性が高まり、AI利用の推進及び損害発生時の円滑な解決に資することが目的とされています。
2. 本手引きの検討対象
AIの利活用の場面では、以下の図のように、AI開発者・提供者、AI利用者、第三者が想定されます。本手引きでは、AIの利活用に伴い、第三者に損害が生じた事例における不法行為責任が検討対象とされています。関係当事者間には契約が存在することも想定され、責任の法的根拠には契約責任も考えられますが、契約責任の内容は当事者間の契約条項次第であり個別性が高いこと等を理由に、本手引きでの検討対象となっていない点に留意が必要です。
【出典:本手引きp.5】
不法行為責任の根拠規定は様々なものがありますが、本手引きでは、幅広い事案に適用され、AIの利活用の文脈で最も争点になりやすいと考えられる一般不法行為(民法709条)及び製造物責任(製造物責任法3条)を主たる対象としています。
本手引きの概要
1. AIの利用態様よる類型の整理
本手引きは、AIの類型を利用態様から「補助/支援型AI」と「依拠/代替型AI」の2つに整理して、それぞれの類型における民事責任判断の方向性と想定事例における責任を検討しています。本手引きの利用にあたっては、まず問題となっているAIがどちらの類型に該当するか又は近いものかを検討することが必要になります。以下では、それぞれの類型の内容と、各類型におけるAI事業者の民事責任判断の方向性について紹介します。
2. 補助/支援型AI
(1) 補助/支援型AIの内容
補助/支援型AIとは、AI利用者の判断の補助ないし支援としてのみ用いられ、最終的に人の判断や行動を介在させることが予定されている類型です。現状では、①AIの機能や利用される場面を踏まえると人の判断を代わりに行っているとはいえないこと、②規制法上の理由により人の最終的な判断が要求されること、③AIの出⼒内容が潜在的に第三者の権利を侵害するリスクを内包しており、この点について人の評価や検証が必要であることから、多くのAIがこの類型に該当すると考えられます。
想定事例において、以下のものが補助/支援型AIの例として挙げられています。
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配送ルート最適化AI
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運送事業者が日々の配送業務を行うにあたり、配送先、車両情報、時間制限などの条件を入力することで、配送先の位置関係・距離・納品時刻・交通状況等の諸条件を考慮し、最適化した配車及びルーティングの計画を自動で作成するサービス。
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弁護士業務支援AI
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弁護士が調査したい内容や具体的な事案をAIにプロンプトとして入力することにより、関連性の高い文献や裁判例を表示したり、法的な分析をまとめたレポートを生成したりすることによって弁護士業務を補助するサービス。
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画像生成AI
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リアルな風景画や人物画像等の画像を生成するサービス。
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取引審査AI
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ユーザーが一定の取引を行うにあたり、対象者に関する所定の情報をインプットすると、当該情報に基づきスコアを定量的に算出した上で、一定の閾値に基づき対象者を合格・不合格に分類することなどにより審査を行うサービス。
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(2) 補助/支援型AIに関する責任判断の方向性
補助/支援型AIに該当する場合のAI事業者の責任判断の方向性は、既存の法律及び裁判例に基づき、以下のように整理されています。
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AI事業者の区分
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責任判断の方向性
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①AI利用者
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AIの利用有無によって注意義務の水準は左右されず、個々の状況下で適切な判断や行動を行うことが求められる※3。 理由: 補助/支援型AIにおいては、判断・行動の主体はあくまでも人であり、AIは補助を行っているにすぎないことから、最終的な人の判断や行動の適切性を捉えて、AI利用者が本来払うべき適切な注意を払いながらAIを用いたか否かを評価することが可能である。
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②AI開発者・提供者
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AIの出力の適切性はAI利用者が判断することが前提となるが、AIの性能限界や重要なリスク等についての説明や、AI利用者による予見・対処が容易でないリスクについて一定の設計上の措置が求められ得る。 理由: AIが不適切な出⼒をした場合であっても、最終的にAI利用者においてAIの出⼒の適切性が検証・是正されることが前提となるが、従来の裁判例においても、①利用者が製品を適切に用いるため重要な事項について説明を行わなかったことにより誤使用が生じた場合の責任(説明上の注意義務違反)や、②利用過程における権利侵害の高度の危険性が見込まれたにもかかわらず、適切な権利侵害防止措置を講じることなく製品を提供した場合の責任(設計上の注意義務違反)等が論じられている。
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3. 依拠/代替型AI
(1) 依拠/代替型AIの内容
依拠/代替型AIとは、補助/支援型AIと異なり、人の判断や行動を代替する前提で提供され、AIの出力に依拠しながら用いることが予定される類型のAIをいいます。要件としては、①人の判断・行動を介在させることでは実現困難な効用が見込まれること(必要性)、及び②一定の精度や安全性※4を備えること(精度及び安全性)が挙げられています。
想定事例において、以下のものが依拠/代替型AIの例として挙げられています。
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外観検査AI
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画像認識AIをX線検査装置と組み合わせ、製造品を検査して金属片などの異物を高精度で発見することが可能な検品サービス。
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自律走行ロボット(AMR※5)
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倉庫や工場等の現場で稼動する台車型の自律走行ロボットで、人が歩く程度の速さで稼動し、従来の台車やフォークリフトに代わって倉庫や工場等の内部の荷物を迅速に運搬することができるもの。
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(2) 依拠/代替型AIに関する責任判断の方向性
依拠/代替型AIに該当する場合のAI事業者の責任判断の方向性は、既存の法律及び裁判例に基づき、以下のように整理されています。
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AI事業者の区分
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責任判断の方向性
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①AI利用者
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一般的な不法行為責任における、人が合理的な判断や行動を行う注意義務から、AIシステムを組み入れた業務プロセスを適正に構築するとともに、リスクを可能な限り低減しながら運用を行う義務に転換される。
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AIシステムを組み入れた業務プロセスの「構築」に関する注意義務
依拠/代替型AIを取り入れた業務プロセスを構築するにあたり、対象となる業務プロセスがAIによる自動化に適しているか、望ましい水準や安全性を備えたAIシステムを用いているかといった観点から評価を行う。 また、もし特定の条件下で精度が低下したり通常人の作業水準に満たなくなる場合には、人の関与を介在させたり別のシステムと統合したりすることで、AIシステムを組み入れた業務プロセス全体として望ましい精度や安全性を発揮しているといえる場合には、業務プロセスの「構築」に関する注意義務を果たしているといえる。
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構築した業務プロセスの「運用」に関する注意義務
適切な業務プロセスの構築を前提として、依拠/代替型AIを組み込んだ業務プロセスを運用する中で、AIの望ましくない出⼒により権利侵害が生じる可能性を低減させるため、AI利用者がシステムの運用において合理的な措置(継続学習や精度のモニタリング等)を講じていたかについても過失判断の対象となり得る。
理由: 預金払戻しシステムに関する従来の裁判例の考え方(人の判断や行動について過失を問題にするのではなく、システムの設置や運用の過程を捉えて過失判断を行うもの)は、最終的に人の判断や行動が介在せずにシステムが業務を処理する点において依拠/代替型AIも変わりないことから、依拠/代替型AIを利用する際の責任判断枠組みとして援用できる。
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②AI開発者・提供者
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依拠/代替型AIの安全性を発揮・維持するため合理的に可能な設計上の措置や、リスクコントロールの上で重要な情報を分析しAI利用者への情報提供を行う等の説明上の措置が求められる。 理由: 責任判断の視点自体は補助/支援型AIと異ならず、求められる設計上・説明上の措置を行っていたかが論点となるが、その水準は補助/支援型AIよりも高まると考えられる。依拠/代替型AIでは、最終的な人の判断や行動が介在せず、AIの出⼒が直接的に権利侵害や損害に結びつき得ることから、当該AIが業務プロセスに組み込まれた場合に適切な安全性を発揮・維持するために合理的に可能な設計上の措置やアップデートを講じていたか、開発上合理的に可能な範囲で当該AIの精度や安全性を向上させていたか、一定の範囲で望ましくない出⼒が生ずることを前提に合理的なセーフガードの構築を検討したか等が、「設計上の注意義務」として問題となり得る。さらに、AI利用によるリスクをコントロールするために重要な情報を、AI開発者・提供者が合理的に予見可能な範囲において必要に応じて分析し、AI利用者に対して情報提供していたかが、「説明上の注意義務」として問題となり得る。
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依拠/代替型AIに該当する場合、AI利用者に関しては注意義務の対象が適切な判断や行動を行うことからAIシステムを適正に用いるための体制構築及びその運用に転換している点、AI開発者・提供者に関しては視点自体は補助/支援型AIの場合と異ならないものの水準が補助/支援型AIよりも高まるとされている点が重要といえます。
4. AIエージェント
(1) AIエージェントとは
本手引きは、想定事例においてAIエージェント(あるいはエージェンティックAI)を用いる場合のAI事業者の責任についても検討しています※6。AIエージェントは、定まった定義があるわけではありませんが、本手引きでは、個別のデータ入力や指示を前提とせず、一定の目的の実現に向けた複雑な業務プロセスを自動化・効率化することを目指したAIと説明しています※7。
(2) AIエージェントに関する責任判断の方向性
AIエージェントは、補助/支援型AIにも依拠/代替型AIにも該当する可能性があるため、責任判断にあたっては、問題となっているAIがいずれの類型に該当するか(依拠/代替型AIの要件を満たすか)を検討し、該当する類型の責任判断の方向性に沿って責任を検討することとなります。
本手引きは、想定事例として、AI利用者が提供するカスタマーサポートに、AI開発者・提供者から提供を受けたAIエージェントを用いて顧客に提供した事例を用いています。この場合、AIエージェントを利用することにより、顧客の待ち時間の大幅な削減や休日・深夜対応の柔軟性が高まることは、人による作業のみでは実現しがたい効果として、一部の業務判断をAIエージェントに代替させる必要性を基礎づける要素とされています。当該AIエージェントの品質及び精度に関して、同種業務に従事する通常人と同等以上の水準を発揮している場合には、精度及び安全性の要件も満たすと考えられ、この場合当該AIエージェントは依拠/代替型AIに該当することとなります。他方で、AIの回答精度が十分でない場合には精度及び安全性の要件を満たさず、当該AIエージェントは補助/支援型AIに該当することとなります。それぞれの類型における責任判断の方向性については、上記2.(2)及び3.(2)のとおりです。
5. 立証・手続上の論点
以上のような不法行為等についての実体法の解釈適用に加え、本手引きは、立証上の論点及び国際的な紛争に関する手続上の論点についても言及しています。
(1) 立証上の論点
本手引きは、AIの専門技術性や関連資料をAI事業者が保有していることが多いという証拠の偏在等に照らし、被害者(原告)が損害賠償請求をするに当たり、不法行為の「過失」(民法709条)や製造物責任の「欠陥」(製造物責任法3条)等の要件を主張立証する場合の困難が見込まれることから、既存の制度及び各種法理のAI事案への適用可能性に関して、以下の4点について次のような指摘をしています。更なる議論等が待たれるもの、慎重に検討すべきと考えられるものもありますが、紹介されている内容はAI事案における損害賠償責任を検討するに際して参考になると考えられます。
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文書提出命令
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AI事業者が文書提出義務を負うかにつき、AIの開発・提供・利用過程で作成された文書に営業秘密が含まれ、「技術又は職業の秘密に関する事項」※8として提出義務を負わないかが争点となり得る※9。
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「過失」の事実上の推定
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「過失」の事実上の推定は、被害者(原告)が主張立証責任を負う原則の下、例外的に適用されるべき法理である上に、個別具体的な検討を要するものの、AI事案でも、証拠の偏在等に加え、法益侵害の重大性、被告の一定の行為義務違反、高度の不確実性等を総合的に考慮し、原告が主張立証責任を負う原則を修正することが許容される程の例外的事情が認められる事案で、検討すべき場合があり得ると考えられる。
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「欠陥」の事実上の推定
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自律的に稼働する機械やロボット等についても、製造物を「通常の用法」で使用していたものの、身体・財産に被害を及ぼす「異常」が発生したことをもって「欠陥」の主張立証として足りるという法理(「欠陥」の事実上の推定)の適用は可能と考えられる。
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ただし、自律的に稼働する機械やロボット等の場合、意図した設計による挙動か「異常」な挙動かの判断が困難となる可能性がある。「異常」な挙動か否かが不明瞭な場合、被害者(原告)が、意図された設計から逸脱する挙動であることを立証する必要が生じる可能性が考えられる※10。
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因果関係の認定
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AIの出力による損害発生リスクが統計的にしか把握できない場合、因果関係の有無の判断が困難となることが想定されるものの、統計的リスクの大きさ自体が、高度の蓋然性を基礎づける一事情にはなり得る。
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公害事案における確率に応じた損害額の認定や医療過誤事案における期待権侵害による慰謝料の賠償を認める考え方は、AI事案においても参考となるが、適用範囲は限定的であり、慎重に検討すべきである。
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(2) 国際的な紛争に関する手続上の論点
AIサービスの開発・提供・利用が国境を跨いで行われるケースは増加しているところ、本手引きは、国境を跨ぐ紛争が生じた場合、(a)国際裁判管轄、(b)準拠法、及び(c)外国判決・外国仲裁判断の承認・執行が論点になること、これらの論点の解釈適用の方向性について、経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(令和7年2月)※11に取りまとめられた内容が、AIの開発・提供・利用に伴う紛争にも援用することができると考えられることを指摘しています。その上で、当該準則の記載を踏まえた、日本の裁判所に外国に所在する事業者を相手方として遂行する場合の前記3つの論点について、概ね、以下のような考え方を記載していますが、AIの類型や性質等を踏まえた議論については特に記載されておらず、AIの開発・提供・利用である点はこれらの論点に関する従前の整理を変更させるものではないと考えられます。
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(a)国際裁判管轄
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仲裁合意がない又は有効ではない場合、日本の裁判所に管轄権が認められるかは、被告の住所等、訴えの類型、当事者の合意等により判断される。
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不法行為に基づく請求の場合、事業者が「日本において事業を行う者」※12であったり、「不法行為があった地」※13が日本といえるときは、日本の裁判所に管轄権が認められる。
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(b)準拠法
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不法行為に基づく請求の場合、原則、「加害行為の結果が発生した地の法」が適用され、日本で権利侵害の結果が生じている場合、日本法が準拠法となる※14。
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名誉又は信用毀損の不法行為の場合、被害者の常居所地法(法人等の場合その主たる事業所の所在地の法)が準拠法となる※15。
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(c)外国判決等の承認・執行
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外国判決や外国の仲裁手続での判断を日本で執行しようとする場合、それぞれ、日本の裁判所に「執行判決を求める訴え」や「執行決定を求める申立て」を行う必要があり、一定の要件を満たすと認められる場合、執行し得る。
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AIガバナンスの観点からAI事業者が留意すべき事項
1. AIガバナンスの構築・運用がAI事業者の民事責任に与える影響
AIの自律性や不確実性等を踏まえたリスクコントロールに対しては、AIガバナンスの考え方が重要であり、その点は本手引きにおいても確認されています。AIガバナンスに関する統一的なルールが存在するわけではありませんが、日本においては、「AI事業者ガイドライン」※16がAIガバナンスの基本的な考え方を取りまとめています。本手引きは、AI事業者ガイドラインへの適合や不適合が直ちに過失の有無に結びつくわけではないとしつつ、過失判断の枠組みに照らすと、①AI事業者ガイドラインの考え方も踏まえながらリスクの調査・分析やそのための体制構築等を行っていた場合、それでもなお予見が困難であった特異なリスクが顕在化したケースにおいて、予見可能性を否定する方向の事情として斟酌されるほか、②見込まれたリスクの程度に応じて実務上合理的な対応策を講じていた場合、結果回避義務違反と評価される可能性を低める事情として斟酌されると考えられると説明しています。
特に、上述のとおり、依拠/代替型AIにおけるAI利用者の注意義務の対象は、適切な判断や行動を行うことから、AIシステムを適正に用いるための体制構築及びその運用へと転換すると指摘されています。すなわち、AI利用者においては、依拠/代替型AIを利用するにあたり、適切にAIガバナンスを構築し運用することが、第三者に損害が生じた場合の自らの過失責任を否定・低減させる可能性を生じさせることとなります。本手引きにおいて、適切なAIガバナンスの構築・運用が将来的に損害発生時における民事責任に影響を及ぼす可能性が示唆されたことは、事業者に対しAIガバナンスの構築・運用に対するインセンティブを感じさせることとなり、重要な意味があるといえます。
2. 個別の想定事例におけるAIガバナンスの作用
本手引きでは、個別の想定事例においてAIガバナンスがどのように作用するかについても言及しています。
例えば、補助/支援型AIである画像生成AIの想定事例においては、AI開発者・提供者の責任に関し、「設計上の措置」として、「安全性」の観点からの適切なデータの学習(データセットに著名人の肖像等が含まれていないか確認を実施すること、データの来歴等に応じ、適切な権利処理がなされているかを確認すること等)や「透明性」の観点からの継続的なモニタリングによる検証可能性の確保(モデルが著名人の容貌を再現していないか検証するためのログ・サンプルを記録し、必要に応じて改善措置を講じる等)が挙げられ、「説明上の措置」として、「安全性」の観点からの適正利用に資する開発・提供や、「透明性」の観点からの関連するステークホルダーへの情報提供等(パブリシティ権の侵害リスクに関する説明の実施、利用規約等における生成画像の利用範囲の制限や肖像権を侵害する態様での利用禁止条項の規定等)が挙げられています。
また、依拠/代替型AIである外観検査AIの想定事例においては、AI提供者・利用者の責任に関し、「業務プロセスの適切な構築」の観点では、「安全性」に配慮した適正利用(使用するモデルや閾値の管理、実運用条件での性能確認・継続学習、モデルの挙動変化や劣化有無の検証、AIの検査対象の適否や他検査併用の要否の検討等)や人による関与(人によるレビューを行う範囲の適切な設定、検査に成熟した担当者によるレビュー体制の構築等)が想定される措置として挙げられ、「運用」の観点では、「透明性」や「アカウンタビリティ」の観点から誤検知時のフィードバック体制(重要な誤検知に関するAI開発者へのフィードバック、原因分析や是正措置等)や利用状況の記録及び透明性(検査画像・判定ログ・レビュー結果の保存、事故発生時におけるアカウンタビリティの確保等)が想定される措置として挙げられています。AI開発者の責任に関しても、AIガバナンスを構築・実行することで注意義務違反の可能性を低減することが可能となるとし、設計上の措置と説明上の措置として想定される措置が挙げられています。
これらの想定事例における措置の例は、AI事業者がAIガバナンスを構築するに際して参考になるものと思われます。
おわりに
本手引きは、既存の民事責任ルールに基づく解釈適用の方向性を示したものであり、新たなルールを創設するものではないものの、補助/支援型AIと依拠/代替型AIに分類し、それぞれの類型におけるAI事業者の責任判断の方向性を明確化したことは、AI事業者に対し予見可能性を与えることとなり、社会におけるAIの利活用の推進の後押しとなることが期待されます。他方で、本手引きはあくまで行政庁が整理した考え方であり、裁判所が本手引きに沿った判断を行うことを保証するものではありません。そのため、本手引きが公表された後も、引き続き裁判例の動向を注視する必要があります。
また、本手引きにおいて、適切なAIガバナンスの構築・運用が、AI事業者の民事責任に重要な意味を持つ可能性が示唆された点も、AI事業者にとって非常に重要といえます。AIガバナンスを構築・運用すること自体は法律上強制されていませんが、AI事業者ガイドラインにおいてその意義が示されているほか、2025年12月に公表されたAI推進法に基づく指針※17においても、「AIガバナンスによる俯瞰的な適正性の確保」がAI事業者が特に取り組むべき事項として一番目に挙げられており、AI事業者は、AI推進法7条に基づいてこのような国の施策に協力する責務を負っていることから、AIガバナンスへの要請は高まっているといえます。AIガバナンスの構築・運用においては、前提となる国内外の法規制・裁判例の把握に加えて、本手引きによって示唆されたような最終的な法的責任の発生可能性も踏まえた法的な観点からの検討も重要となるため、必要に応じて外部専門家とも協議し、各事業者におけるAIの利用状況に応じたAIガバナンスを構築・運用することが必要です。
脚注一覧
※3
個々の局面において求められる注意義務の水準は、その行為から生ずる危険の大小、被侵害利益の軽重、その職業・地位に置かれた通常の注意力等に基づいて決定されます。
※4
求められる精度や安全性の程度については、個々の業務によって求められる水準が異なるものの、同種業務における通常人の作業水準を基準として、AIがその品質及び精度において従来の通常人における作業水準と同等以上と評価できる場合や、権利侵害リスクが従来の通常人による作業水準と比しても十分に抑制される場合に要件を満たすと考えられます。
※5
Autonomous Mobile Robotの略称。
※6
前提となるAIエージェントに関する法的問題については、殿村桂司・小松諒・松﨑由晃「AIエージェントに関する法的問題の考察(上)(下)」(NBL No.1292、No.1293)もご参照ください。
※7
AI事業者ガイドライン(第1.2版)においては、特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動するAIシステムと定義されています。
※9
このほか、自己利用文書(民事訴訟法220条4号ニ)に当たり、文書提出義務を負わない場合もあり得ることが指摘されています。
※10
動作の異常性の判定が難しくなる場合があることを踏まえて、技術的・科学的な複雑性に正面から対応する法理が必要となるとの指摘もあります。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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