1. 担保と信用リスク評価の関係
ECLモデルにおいては、信用リスクの評価はデフォルト発生リスクの変動に基づいて行われる(基準案第27項)。他方、担保は主にデフォルト時損失率に影響する要素として位置付けられる※4。
このため、担保が十分に存在する場合であっても、債務者の信用リスクが増大していると評価されれば、全期間ECLの対象となる。従来の実務と比較して、担保の役割と信用リスク評価の関係について、より明確な整理が求められる場面が増えることが想定される。
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※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
2025年10月29日、企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」(以下「基準案」という。)等を公表した※1。基準案の中心的な内容は、貸倒引当金の算定方法について、従来の発生損失モデルから予想信用損失(ECL:Expected Credit Loss)モデルへの移行を図る点にある。
本改正の背景には、金融危機以降、信用損失の認識が遅延するという発生損失モデルの課題が国際的に指摘されてきたことがある。ASBJは、IFRS第9号「金融商品」における減損モデルを参照しつつ、日本基準への導入に向けた検討を進めてきた。
適用時期については、最終基準の公表後、一定期間(3年程度)を経て適用開始とする方向が示されている(基準案第41項(7))。したがって、最終基準の確定時期にもよるが、仮に2026年中に基準化された場合には、2029年4月1日以後開始する事業年度からの適用が一つの目安となり得る。早期適用も認められる見込みである(同項(8))。
また、本改正は国際的な比較可能性の確保を意識したものであり、特に大手金融機関においては、IFRS第9号と整合的な実務が想定される※2。他方、地域金融機関等については、一定の簡素化手法の適用が検討されているものの、将来の信用損失を早期に見積もるという基本的な考え方は共通する。
ECLモデルの特徴は、金融資産の信用リスクの変化に応じて引当金の測定基礎を切り替える点にあり、具体的には、当初認識後の信用リスクの増加の有無に応じて、以下のように異なる測定方法が適用される。
信用リスクの著しい増大(SICR:Significant Increase in Credit Risk)が認められない場合は、12か月の予想信用損失(12か月ECL)を認識する(基準案第28項(1))。信用リスクの著しい増大が認められる場合は、残存期間全体にわたる予想信用損失(全期間ECL)を認識する(同項(2))。信用減損金融資産については、全期間ECLを認識したうえで、利息収益の認識方法も変更される※3。
このように、信用リスクの増大に応じて見積期間が拡張されるため、従来の実務と比較して、引当額は大きく変動する。特に、信用リスクの著しい増大が認識された場合には、見積対象期間が長期化することから、引当額の増加は不可避となる。
もっとも、具体的な算定方法については、PD(Probability of Default:デフォルト確率)、LGD(Loss Given Default:デフォルト時損失率)、EAD(Exposure at Default:デフォルト時貸出残高)を用いたモデルに限られず、実務上は各金融機関の与信管理手法やデータ蓄積状況に応じた複数のアプローチが想定されている。
さらに、ECLモデルでは、過去実績のみならず、将来の経済状況に関する合理的かつ裏付け可能な情報を反映することが求められる(基準案第27-2項(3))。これにより、景気動向等を織り込んだ引当計上がなされ、従来と比較して引当のタイミングは構造的に前倒しとなる。
本改正は会計基準の変更であるが、その適用のあり方によっては、事業再生実務にも一定の影響を及ぼす可能性がある。以下では、代表的な論点を整理する。
ECLモデルにおいては、信用リスクの評価はデフォルト発生リスクの変動に基づいて行われる(基準案第27項)。他方、担保は主にデフォルト時損失率に影響する要素として位置付けられる※4。
このため、担保が十分に存在する場合であっても、債務者の信用リスクが増大していると評価されれば、全期間ECLの対象となる。従来の実務と比較して、担保の役割と信用リスク評価の関係について、より明確な整理が求められる場面が増えることが想定される。
従来の実務においては、再建計画の存在や合理性を前提として、債務者区分や引当の水準が判断される場面が多く見られた。
ECLモデルの下では、将来キャッシュフローの見通しやその実現可能性が、信用リスク評価や引当測定においてより直接的に影響する可能性がある。そのため、再建計画については、単なる形式的整備にとどまらず、前提条件やシナリオの合理性を含めた説明力がより重要となることが考えられる。
ECLモデルでは、信用リスクの変化が引当金に反映される構造となるため、債務者の業況や財務状況の変化が、従来以上に財務諸表上に表れやすくなる可能性がある。その結果、金融機関・監査法人・債務者の間において、将来見通しに関する情報共有や説明の重要性が高まると考えられる。
本改正の影響は、単に貸倒引当金の算定方法にとどまらず、金融機関の日常的な与信管理や内部管理体制にも及ぶ可能性がある。実務上は、例えば以下の点に留意が必要である。
ECLモデルでは、信用リスクの変化を財務諸表に早期に反映することが求められるため、与信管理においても、リスクの兆候を早期に把握し対応することの重要性が相対的に高まる。従来のように、債務者区分の明確な悪化後に対応するのではなく、その前段階からのモニタリング強化が実務上の関心事項となる。
ECLの算定には、将来予測やシナリオ設定等、一定の見積り判断が不可避である。そのため、これらの前提や判断プロセスの適切な文書化・説明が重要となる。結果として、引当水準や与信判断に関する説明責任は、従来と比較して重くなる。
簡素化手法が認められる場合であっても、信用リスクの変化を踏まえて引当を行うという基本的な考え方は共通である。そのため、金融機関の規模にかかわらず、信用リスク管理体制の整備や高度化が検討課題となる。
本改正は、金融機関のみならず、資金調達を行う企業側にも一定の実務上の影響を及ぼすものと考えられる。以下では、企業側において留意すべき主な事項を整理する。
今後は、担保価値に加え、事業キャッシュフローに基づく返済可能性の説明がより重要となる。再建計画においては、あり得るシナリオの多面的な分析や前提条件の明確化が求められる場面が増える可能性がある。
信用リスクの上昇が引当水準に影響する構造を踏まえると、財務体質の改善や資本構成の見直しを早期に検討することが、金融機関との関係において一定の意味を持ち得る。具体的には、債務の劣後化(DDS)や資本性資金の導入等が検討対象となり得る。
事業再生ADR等の私的整理手続や、民事再生、会社更生等の法的手続については、従来と同様に重要な選択肢であるが、ECLモデルの下では、より早期の段階で検討されることになる。2026年中の施行が予定される早期事業再生法は、倒産状態に至る前の段階で、多数決と裁判所の認可により債務調整を可能とする新たな手続であり(法的整理と私的整理の中間的な枠組み)、かかる文脈で注目される。また、2026年5月に施行された事業性融資推進法により創設された企業価値担保権についても、事業キャッシュフローとの関係で積極的な活用が期待される。
金融機関から将来見通しに関する情報提供を求められる場面が増加する。他方、将来情報には不確実性が伴うため、その開示にあたっては、前提条件の明示や合理性の確保が重要となる。
本改正は、会計基準の変更にとどまらず、金融機関の与信管理や事業再生実務のあり方に対しても、一定の影響を及ぼす可能性がある。もっとも、その具体的な影響は、最終基準の内容や実務運用の積み重ねによって形成されていくものである。したがって、現時点においては、公開草案の内容を踏まえつつ、将来的な実務の変化を見据えた検討を進めることが重要である。
当事務所では、本改正に関連する金融機関の与信管理に関する法的助言、債務者企業の事業再生スキームの設計・債務整理手続の活用について、ご相談を承っております。
本ニュースレターは一般的な情報提供を目的としており、個別事案に対する法的助言を構成するものではありません。記載内容は2025年10月29日公表の公開草案に基づくものであり、最終基準の内容と異なる場合があります。
※1
ASBJ「企業会計基準公開草案第89号『金融商品に関する会計基準(案)』等の公表」(2025年10月29日)
※3
移管指針公開草案第17号「金融商品会計に関する実務指針(案)」第119項
※4
企業会計基準適用指針公開草案第88号「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いに関する適用指針(案)」における「[設例3] 十分な担保のある債権等」参照
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