令和8年度税制改正の全体像
令和8年度税制改正では、これまで解説してきた暗号資産に係る規制の見直しを前提に、国民の資産形成に資する暗号資産について、その現物取引、デリバティブ取引及びETFから生じる所得を分離課税の対象とするものとされました。加えて、暗号資産が金融商品取引法の規制対象とされることに伴い、消費税に関しても、課税売上割合の計算における取扱いが変更されるとともに、暗号資産の貸付けについて消費税を非課税とするものとされました。また、暗号資産などの特定電子移転財産権について徴収手続の整備も行われました。
本稿では、暗号資産の現物取引に関する分離課税及び消費税に関する改正を主に取り上げます。なお、以下では特に断らない限り、令和8年度税制改正による改正後の条文を引用しています。
暗号資産の分離課税
1. 分離課税の対象となる暗号資産の範囲
分離課税の対象となる暗号資産は、租税特別措置法(以下「措置法」といいます。)38条の2第1項において「特定暗号資産」であるとされています。「特定暗号資産」の定義は、「金融商品取引法第2条第49項に規定する暗号資産(その名称が同法第29条の2第1項第11号イに掲げる事項として同法第29条の3第1項に規定する金融商品取引業者登録簿に登録されているもの(その取引の状況その他の事情を勘案して財務省令で定めるものを除く。)その他の財務省令で定めるものに限る。……)」とされています。
したがって、基本的には暗号資産取引所に上場されている暗号資産(代表的なものとしてはBTCやETHなど)を指すものと考えられますが、定義としては「その他の財務省令で定めるもの」と規定されていることから、最終的には財務省令によって特定暗号資産の範囲が確定されることになります。また、金融商品取引業者登録簿に登録されている暗号資産であっても、「その取引の状況その他の事情を勘案して財務省令で定めるもの」に該当する場合には、特定暗号資産から除外するものとされています。しかしながら、これらの規定に関する財務省令は現時点では未制定であるため、分離課税の対象となる暗号資産の範囲を最終的に確定するためには、将来制定されるであろう財務省令を待つ必要があります。
2. 分離課税の対象となる取引の範囲
分離課税の対象となる取引は、特定暗号資産の譲渡のうち、①暗号資産取引業者への売委託により行うもの又は②暗号資産取引業者に対するものに限られるとされています(措置法38条の2第1項)。①は暗号資産取引所での取引(いわゆる板取引)を、②は暗号資産取引業者を相手方とする販売所での取引をそれぞれ指しているものと考えられます。
したがって、日本の暗号資産取引所における特定暗号資産の売買は、当該特定暗号資産の取得時期(=本改正の施行前後)を問わず、また取得経路(=日本の暗号資産取引所から取得した暗号資産か否か)を問わず、分離課税の対象となることになります。
一方で、金融商品取引法において登録された暗号資産取引業者を介さない取引である、海外の暗号資産取引所での取引やDEXでの取引、プライベートウォレットでの取引などは分離課税の対象にはなりません。また、特定暗号資産の譲渡以外の取引、例えば暗号資産のステーキングやレンディングなどによる所得も分離課税の対象にはなりません。
3. 特定暗号資産に係る損失の損益通算及び繰越控除
特定暗号資産の分離課税は、上場株式の分離課税やデリバティブ取引の分離課税とは異なる制度であるため、特定暗号資産に係る取引によって損失が生じた場合であっても、上場株式の売買やデリバティブ取引によって生じた利益と損益通算することは認められていません(措置法38条の2第1項)。ただし、特定暗号資産に係る譲渡損失は、3年間の繰越控除が認められているため、翌年以降に暗号資産取引によって譲渡益が生じた場合には、繰り越された譲渡損失を控除することができます(措置法38条の3第1項)。
4. 分離課税の対象となる暗号資産の課税方法
特定暗号資産の譲渡については、総合課税の対象にはならず、分離課税の対象として確定申告書を提出することとなります(いわゆる申告分離課税。措置法38条の2第1項)。有価証券の分離課税の場合、特定口座・源泉徴収ありとした場合には、源泉分離課税の対象となり、納税者は確定申告をしなくてよいことになりますが(措置法37条の11の4ないし6)、特定暗号資産の譲渡に係る所得についてはそのような取扱いは規定されていないため、確定申告をする必要があります。
5. 分離課税の対象にならない暗号資産の譲渡に関する課税
暗号資産の譲渡であっても、当該暗号資産が特定暗号資産に該当しない場合や、暗号資産取引業者への売委託又は暗号資産取引業者に対する譲渡に該当しない場合には、分離課税の対象になりません。その場合、基本的に、総合課税の対象となる譲渡所得に該当することになると解されます。従前は、暗号資産の譲渡に係る所得は、譲渡所得には該当せず、事業所得又は雑所得に該当するとするのが国税庁の見解でしたが、令和8年度税制改正によって、所得税法33条3項3号等に、暗号資産の譲渡による所得について譲渡所得の計算に関する規定が設けられたことによって、譲渡所得に該当しうることが法令上明らかにされました。所得税法33条は特定暗号資産に限られず、暗号資産を対象としているため、特定暗号資産以外の暗号資産も対象になります。なお、暗号資産の譲渡であっても、譲渡を事業として行った場合には事業所得、事業には至らない程度の業務として行った場合には雑所得に該当することになります(所得税法27条及び35条。両者の区分について所得税基本通達35-2参照)。
この場合、他の資産の譲渡に係る譲渡所得であれば認められる、長期譲渡所得に係る所得金額の2分の1(所得税法22条2項2号)、50万円の特別控除額(同法33条4項)、譲渡損失が生じた場合の他の所得との損益通算(同法69条2項)は認められないものとされています。
暗号資産の譲渡の消費税法上の取扱い
令和8年度税制改正前においては、暗号資産は支払手段に類するものとしてその譲渡は非課税取引とされている一方(改正前の消費税法別表第2第2号、同法施行令9条4項)、仕入税額控除の課税売上割合の計算において、分母に暗号資産の譲渡の対価の額は含まないこととされていました(改正前の消費税法30条6項、同法施行令48条2項1号)。課税売上割合は、通常以下の算式により計算され、事業者の仕入税額控除の額に影響を与えるところ(=非課税取引が多くなれば、課税売上割合が小さくなり、仕入税額控除の金額が小さくなる。)、課税売上割合の分母に暗号資産取引に係る売上高は含まれないこととされていました。
令和8年度税制改正以降も、暗号資産は消費税の非課税取引とされていることは従前と同じですが、有価証券に類するものとして非課税取引の対象とされています(消費税法施行令10条3項11号)。また、課税売上割合の算定においては、有価証券と同様、対価の5%を課税売上割合の分母に算入することとされました(同令48条5項)。
課税売上割合の計算における取扱いの変更は、今のところそれほど大きな注目は集めていないようにも思われますが、上記のとおり、課税売上割合の分母に暗号資産の取引に係る売上高の一部が含まれることになったため、業種によっては消費税の負担に大きな影響を与える可能性があるため注意が必要です。
適用時期
暗号資産の分離課税及び総合課税の対象となる暗号資産に係る譲渡所得については、金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律の施行の日の属する年の翌年の1月1日とされています(改正法附則1条10号及び11号)。また、消費税に関する改正も同様とされています(消費税法施行令に関する改正附則1条3号及び5号)。本改正法案は現在国会で審議されており、まだ施行日が決まっていないところではあるものの、2027年中には施行されると予想されるため、上記税制改正は2028年1月1日から適用されることになると現時点では予想されます。
おわりに
本連載では、全5回にわたり、暗号資産に係る規制・税制の改正の内容について解説してきました。すなわち、第1回では本改正法案の全体像並びに暗号資産取引に係る規制の資金決済法から金融商品取引法への移管及び無登録業者等への対応の強化を、第2回では情報公表規制の整備を、第3回では業規制の強化を、第4回では不公正取引規制の強化をそれぞれ取り上げ、本稿では暗号資産に関する令和8年度税制改正の概要を解説しました。
これらの改正のうち、税制改正に係る「所得税法等の一部を改正する法律」は、2026年3月31日に既に成立し、同日に公布されています。もっとも、暗号資産に関する税制改正の適用は、暗号資産に係る規制の見直しを内容とする本改正法案の成立及び施行を前提とするものです。そして、本改正法案は、本稿執筆時点(2026年6月2日)において第221回国会で審議されており、まだ成立していません。
また、本連載で取り上げてきた規制・税制の改正内容には、その細目が政令、内閣府令又は財務省令に委任されている部分が多く残されています。本連載の各回では、現時点で公表されている法案、WG報告、金融庁の説明資料等を踏まえ、今後の方向性を予想しつつ実務上注視すべきポイントをお伝えしてきましたが、実務対応の具体的な内容は、今後整備されるこれらの下位法令等の内容によって左右される場面も少なくないと考えられます。
暗号資産に係る規制・税制の改正は、暗号資産取引業者をはじめとする関係事業者のみならず、暗号資産の発行者や、暗号資産を保有・取引する投資家など、暗号資産に関わる幅広い関係者の実務に影響を及ぼすものです。本改正法案の施行期日は、その公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日とされているところ(附則1条柱書)、本改正法案が審議されている第221回国会の会期は2026年7月17日までとされています。そのため、仮に本改正法案が今国会の会期中に成立し、その後速やかに公布された場合には、遅くとも2027年の夏頃には施行されることが見込まれ、上記のとおり、これを前提とすると、暗号資産税制の改正は2028年1月1日から適用されることが見込まれます。このようなスケジュールを前提に、関係事業者におかれては、本連載でお伝えした内容も踏まえつつ、自社の事業に対する影響を整理し、今後の国会審議の動向や下位法令等の整備状況を引き続き注視しながら、施行に向けた準備を計画的に進めていく必要があります。