※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
1. はじめに
政府は、令和4年11月に「スタートアップ育成5か年計画」を取りまとめ、スタートアップ・エコシステムの育成に向けた制度の整備を進めています。これまで、スタートアップによる資本政策上の成長手段としては主にIPOが選択されていましたが、株式会社東京証券取引所において上場維持基準の見直しを含めたグロース市場の改革が進められており、今後M&Aがスタートアップの成長手段として活用される余地は大きい状況です。
こうした状況を踏まえ、経済産業省は、2026年5月21日、「スタートアップM&Aガイダンスースタートアップ・エコシステムの成長・発展並びに新産業の創出に向けてー」(以下「本ガイダンス」といいます。)を公表しました※1。本ニュースレターでは、本ガイダンスのうち、法務の観点から注目すべき事項及び実務上の留意点を概説いたします。
2. 本ガイダンスの目的・構成
2-1. 本ガイダンスの目的
我が国では、IPOが資本政策上の主たる成長手段として認識されており、諸外国と比較しても、成長手段としてのM&Aの活用が十分に進んでいません。本ガイダンスは、このような状況を踏まえ、スタートアップの有効な成長手段としてのM&Aを加速・活性化させるために、売り手(経営者)と買い手(大企業等)の双方が理解すべき実務的な留意事項を、有識者の知見に基づき体系的にまとめています。
2-2. 本ガイダンスの構成
本ガイダンスの構成と概要は以下のとおりです。このほか、第7章として具体的な事例に基づくケーススタディが紹介されています。
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章
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概要
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第1章:スタートアップM&Aを取り巻く状況・課題
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日本では諸外国に比べ、EXIT手段としてIPOが偏重されM&Aの活用が不十分な現状があり、背景には、経営者の心理的ハードルや上場基準の低さ、買い手側の体制不足といった課題が指摘されています。
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スタートアップ・エコシステム全体の発展のため、大企業がスタートアップの「0→1」の成果を取り込むM&Aの活性化が期待されています。
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第2章:”売り手”へのガイダンス(1)
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経営の早期からIPOとM&Aをフラットに比較検討する「デュアルトラック経営」の重要性を説いています。
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経営の早期からM&Aを一つの選択肢に据えることで、ステークホルダー間の利害衝突を避け、最適なタイミングでのEXITが可能になると指摘しています。
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第3章:”売り手”へのガイダンス(2)
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資本政策やガバナンスなど、後戻りできない要素について早期から留意すべき事項を整理しています。具体的には、特定の投資家に拒否権を集中させないガバナンス設計や、M&A時の分配構造を調整することが重要であると指摘しています。
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また、M&A実務に長けたCFOの確保や外部専門家との早期連携も有用であると指摘しています。
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第4章:”買い手”へのガイダンス(1)
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スタートアップM&Aを経営トップが主導する成長戦略として位置づけ、専用の枠組みを構築することが有用と指摘しています。
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既存事業とは異なる前提を許容するマルチスタンダードな枠組みと体制を整備し、戦略策定からPMIまでを一貫して進めることが有効であると指摘しています。
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第5章:”買い手”へのガイダンス(2)
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持ち込み案件に依存せず、自社の戦略に基づき能動的にターゲットを探索(ソーシング)する重要性を強調しています。
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価格算定では、単なる財務指標だけでなく、将来のシナジーを具体化し事業計画に定量的に織り込むことが求められると指摘しています。
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第6章:M&Aを実施する際の留意点
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実務フェーズにおけるストラクチャー選択、新株予約権の処理、契約条項などの具体的留意点を解説しています。
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即時買収か段階的買収かの検討や、従業員のモチベーションを維持するためのストックオプションの取り扱いが重要であり、表明保証や補償責任の範囲など、スタートアップ特有のリスク配分を考慮した契約交渉が求められると指摘しています。
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3. スタートアップM&Aにおける法務・契約上の留意事項
本ガイダンスは100頁を超える大部のものであり、そこで指摘されている事項は上記のとおり株主構成を含む資本政策の在り方やガバナンスの在り方等についての指摘を含め多岐にわたりますが、以下では主に契約面での指摘事項に焦点を当てて解説していきます。
3-1. 経営早期・資金調達段階における投資契約の設計
本ガイダンスは、シード・アーリー期において設計した契約条項が、将来のM&Aにおけるデッドロックや経済的不一致の原因となり得るため、M&Aを円滑に進めるためには、買収交渉が始まる前のシード・アーリー期からM&Aを見据えた投資契約の設計にしておくことが極めて重要であると指摘しています。具体的な投資契約の設計上のポイントは以下のとおりです。
(1) 優先残余財産分配の設計(本ガイダンス41頁・42頁)
スタートアップの投資契約においては、投資家が出資した金銭を優先的に回収できるように、会社の売却や清算時の分配順を他の株主に優先する仕組みが設けられることが一般的です。優先回収の仕組みとしては、一般的に「参加型」と「非参加型」が存在します。「参加型」では、会社売却益や会社財産を分配する際に、まず優先株主にその投資額を分配※2し、その上で、まだ分配できる売却益・会社財産が残っている場合には、優先株主を含む全株主がその持分比率で分け合います。一方、「非参加型」では、優先株主に投資額を分配した後、まだ分配できる売却益・会社財産が残っている場合でも、優先株主には分配せずに普通株主だけで分け合います。
日本の多くのスタートアップにおいては、「参加型」が採用されていますが※3、本ガイダンスは、参加型の場合、優先株主の取り分が確保されるため、優先株主はM&Aに合意しやすい一方、売却価格によっては優先株主にリターンが偏り経営者や従業員に十分に配分されず、M&A自体が合理的であっても合意形成が難しくなることがあると指摘しています。
また、投資家間の残余財産分配においては、「スタック構造」(直近に発行されたラウンドの優先株主から順に残余財産を分配し、なお残りがある場合に普通株主に分配する方式)と「パリパス構造」(全てのラウンドの優先株主に平等に分配し、なお残りがある場合に普通株主に分配する方式)が存在します。本ガイダンスは、「スタック構造」では優先順位が直近ラウンドに偏り、古くから投資をしている投資家が損をすることになるため、「パリパス構造」が望ましいのではないかという意見も紹介されています。
スタートアップの投資契約においては、「1倍参加型」「スタック構造」を所与の前提として特段この点については議論・交渉が行われないこともありますが、上記の指摘を踏まえ、経営初期の段階で、将来のM&Aによる売却益の分配を見据えた優先残余財産分配の仕組みを設計しておくことが重要であると考えられます。
(2) 拒否権(事前承認事項)の設計(本ガイダンス41頁・46頁)
スタートアップの投資契約や株主間契約では、株式の譲渡やM&A等の一定の事項に対して、投資家の事前の承認を必要とする条項(以下「事前承認事項」といいます。)が規定されることがあります。投資家としては、スタートアップに対するガバナンスを確保する観点から、一定の事前承認事項を規定するよう求めることが一般的ですが、特定の株主がM&Aに関する拒否権を単独で持つ場合、取締役会や多数の株主がM&Aに賛成であるにもかかわらず、一部の株主の反対によりディール全体がストップしてしまうことになります。
そこで、本ガイダンスは、M&Aを視野に入れる場合は、単独の株主がM&Aに関する拒否権を持たない状態にし、取締役会及び株主の多数(例えば過半数又は3分の2以上)の同意によりM&Aが実行できるようにすることが有用であると指摘しています。
また、既に単独の株主への拒否権が設定されているような場合には、資本構成の複雑化によって事前承認事項とすべき事項が変わり得ることから、スタートアップのフェーズに応じて適時その範囲について見直しを図ることが適切であると指摘しています。そして、その交渉においては、拒否権だけを論点に設定すると調整が難航することが多いため、法人の成熟度合いに合わせ、あるべきガバナンスを全体設計し、拒否権もその中の一論点として位置付けて議論することで、拒否権を調整することの必要性が理解されやすくなると指摘しています。
(3) 先買権(ROFR)、ドラッグアロング条項の設計(本ガイダンス40頁・41頁)
スタートアップの株主間契約において、いわゆる先買権が規定されることがあります。先買権とは、株主が自らの保有する株式を第三者に売却しようとする場合に、他の既存株主が自ら当該株式を優先的に買い受けることができる権利のことをいい、先買権を付与された株主としては、他の株主のエグジットの機会を確保しつつ、自らが意図しない第三者への株式の譲渡を防ぐことができます。
もっとも、株主間契約において特定の株主に先買権が付与されている場合、M&Aのオファーがあったとしても、当該特定の株主が先買権を行使し、潜在的買収者による買収の機会を奪ってしまうことも考えられます。このように、先買権は、その後の資本政策等を制約する側面もあることから、本ガイダンスはマイノリティ出資の際は組み込まない、調達するラウンドによって許容するか判断する等、戦略的に対応することが必要であるとの意見が紹介されています。
また、スタートアップの株主間契約において、いわゆるドラッグアロング条項が規定されることがあります。ドラッグアロング条項とは、特定の大株主が自らの保有する株式を第三者に譲渡する際に、少数株主に対しても同条件で株式譲渡を強制することができる権利をいいます。ドラッグアロング条項が規定されている場合、大株主がスタートアップの売却方針を決定したにもかかわらず、少数株主の反対により取引が成立しないことを避け、リード投資家の先導によりクロージングの確度が高まることが期待できます。
他方で、本ガイダンスは、経営陣が納得していないにもかかわらず買収が実行される場合、企業価値を維持できないケースもあるため、大株主の同意だけではなく経営陣の同意まで要求する例もあるとされています。
Fintech協会の公表する雛形※4や、VLF※5の公表する雛形※6でも、先買権やドラッグアロング条項は規定されており、スタートアップの株主間契約における実務でも先買権やドラッグアロング条項は規定されることが多いですが、上記の指摘を踏まえ、将来のM&Aを見据えた戦略的な設計や内容にすることも検討に値すると考えられます。
(4) 上場努力義務の再定義(本ガイダンス41頁)
スタートアップの株主間契約において、会社や創業者が将来IPOを実現するよう努力することを義務づける条項が規定されることがあります。
本ガイダンスは、上記上場努力義務により、起業家やスタートアップ経営者がIPOが最善でありM&Aは次善の策であると誤解することがあると指摘しています。
そのため、あえて上場努力義務を定めないことや、上場に限定するものではなく、M&Aやその他のエグジットも含めたエグジット努力義務として規定することが考えられるとされています。
3-2. M&Aのストラクチャー設計(本ガイダンス87頁)
現状の日本のスタートアップM&Aでは、株式譲渡が中心的なスキーム※7として採用されています。これは、事業譲渡や会社分割に比べ、契約手続きが簡便であること、また、VC等の投資家が多く存在する複雑な株主構成(持分)を整理しやすいためです。株式譲渡による買収を行う場合、買収のタイミングと割合によって、以下のようなアプローチがあります。
(1) 即時買収
対象会社の過半数以上の株式を取得する即時買収※8では、意思決定権限を一元化でき、スピード感のある統合(PMI)が可能です。M&Aの後の工程での条件再交渉が発生しにくい利点もあります。一方で、期待値のギャップやカルチャーの摩擦が露呈しやすく、初期のPMI設計に失敗すると事業価値への影響が大きくなリやすいため、PMIの初期設計が重要であると指摘されています。
(2) 段階的買収
まずはマイノリティ出資を行い、対象会社の株式を段階的に取得する段階的買収では、協業や実証(PoC)を通じて相互理解を深められ、特に高リスク領域において事業性を見極めながら進めることができます。一方で、「とりあえず少額出資」は株主構成を複雑化させ、後の資本政策の障害になるリスクがあり、また、関係が深まる一方で、最終的な買収合意に至る前に破談になる確率も高まると指摘されています。
(3) スイングバイIPO
なお、本ガイダンスでは、スイングバイIPOという選択肢も紹介されています。スイングバイIPOとは、M&Aを通じて大企業の傘下に入り、そのリソースを活用して企業価値を高めた後、改めてIPOを目指す手法をいいます。スイングバイIPOでは、親会社の資金・ブランド・販路を活用して単独では困難な投資が可能になり、赤字期の資金繰りも安定する一方で、経営陣の株式を一定程度残すことで、買収後も上場に向けた高いモチベーションを維持させるインセンティブ設計(リテンション)が鍵になると指摘されています。
3-3. M&A実行フェーズにおける契約と法務実務
スタートアップM&Aでは、一般的な企業のM&Aと異なり、複雑な資本構成の整理や、起業家・従業員のモチベーション維持(リテンション)を考慮した特有の設計が求められます。本ガイダンスで指摘されている主なポイントは以下のとおりです。
(1) 新株予約権及びコンバーティブル投資手段の処理(本ガイダンス89頁・93頁)
スタートアップにおいては、新株予約権(SO)が発行されていたり、CB※9・CE※10やJ-KISS※11といったコンバーティブル投資手段が発行されているケースがあります。これらのSOやコンバーティブル投資手段の処理については、M&Aにおける株式譲渡契約書等(以下「最終契約」といいます。)において前提条件として規定されることになります。
コンバーティブル投資手段については、その発行要項上、M&Aが行われる場合に、次のいずれかの処理がされるように設計されていることが一般的です。一つは、評価上限額を発行済株式総数(完全希釈化ベース)で割った額を転換価額として、株式に転換する方法であり、もう一つは、売り手企業からCB・CEやJ-KISSの発行価額又は一定額を上乗せした金銭の支払いを受ける方法です。本ガイダンスは、新株予約権者としては、基本的に、M&Aの際に十分なバリュエーションが付いた場合、CB・CEを行使して株式に転換した上で当該普通株式を買い手企業に売却し、十分なバリュエーションが付かない場合、金銭の償還を受けて投下資本を回収することとなり、買い手企業としては、基本的に、新株予約権者の選択に応じ、株式への転換が行われる場合、株式を買い取り、金銭の償還が行われる場合、当該金銭対価分を売り手企業のバリュエーションに反映させることになると指摘しています。
SOについては、その発行要項や割当契約上、M&Aが行われる場合に、SOの行使条件を満たさなくなったり、発行会社がSOを無償で取得することができると規定されていることが少なくありません。そのため、結果としてM&A時にSOを行使できなくなるケースが存在します。また、無償取得しない場合であっても、M&A時のSOの処理について、新株予約権者がSOを行使して取得した株式を買い取る方法、SO自体を買い取る方法、SOを放棄させる方法等が考えられますが、いずれによる場合であっても、新株予約権者の同意が必要になるため、同意取得を最終契約において前提条件として規定することになると考えられます。これらの場合、発行したSOがインセンティブとしての効果を十分に発揮できない可能性があるため、本ガイダンスは、M&A後もSOをインセンティブとして機能させる上では、発行時点から買収シナリオも見据えて適切に制度設計するとともに、買収時にも実際にインセンティブが機能するように交渉・合意することが必要かつ有用であると指摘しています。なお、これらのインセンティブの設計次第で税務面での取扱いも異なり得るため、制度設計時からM&Aの可能性も踏まえて税務面での検証を行うことが重要です。
(2) 表明保証(Representations and Warranties)と補償(本ガイダンス99頁)
最終契約では、売り手企業自身の実在性や契約締結権限、譲渡株式に瑕疵がないこと、売り手企業の事業内容等について、事実の表明とその内容が真実かつ正確であることを保証する旨の規定が設けられ、これに違反した場合の補償条項が設けられることになります。スタートアップでは、事業に精通した経営株主(創業者等)が表明保証の主体となることが多く、また、VC等の投資家は、事業の運営に直接関与していないため、表明保証の主体とならなかったり、補償責任を限定することが一般的です。
本ガイダンスは、経営株主個人が補償責任を負う場合、資力面で補償能力に限界があるため、経営株主が個人として過大な責任を負わされないよう、補償範囲、金額の上限、期間を明確に設定し、対価全額を上回るような過度な負担にならないよう留意が必要であると指摘しています。これらの契約上の手当に加え、表明保証保険※12を活用し、売主である経営株主個人の責任を事実上限定することも考えられます。
(3) 対価構造とインセンティブ設計(本ガイダンス90頁・96頁)
スタートアップにおいては、創業者や経営陣といったキーパーソンが事業の継続に重要な影響を与えているケースが多いです。そのため、買収後のインセンティブ設計は、スタートアップの価値の源泉である人材のリテンションと、買収後の事業成長(PMI)を最大化するために極めて重要です。本ガイダンスでは、キーパーソンが事業成長にコミットするためのインセンティブ設計として、いくつかの方法が紹介されています。
一つは、買収のストラクチャーとして現金対価による買収だけでなく株式対価による買収を組み合わせることです。現金対価のみの場合、売却時点で事業との経済的関係が終了しますが、買い手企業の株式を対価に含めることで、売り手経営陣の利益を買い手グループ全体の成長と一致させることができます。これにより、キーパーソンの中長期的なコミットメントを引き出すことが可能になります。株式対価による買収を行う場合には、会社法上どのような取引スキームを選択することが可能か※13について最終契約の作成に先立ち検討する必要があります。
また、アーンアウトを活用することも考えられます。アーンアウトとは、買収対価の一部を、買収後の売上や利益などのKPI達成度合いに応じて後払いする仕組みを指します。スタートアップの将来価値の見立てについて売り手と買い手の間に乖離がある場合の価格ギャップを埋める手段として有効であり、売り手側は自らの成長仮説を条件付きで価格に反映させることができます。但し、後の紛争を避けるため、達成判定の算定方法や定義を極めて明確に合意しておく必要があると指摘されています。このような設計は、最終契約における対価の支払方法として規定されることになると考えられます。
更に、リテンションボーナスや業績連動型報酬を採用することも考えられます。「リテンションボーナス」とは、買収直後の統合期における人材離脱を防ぎ、安定的な立ち上がりを支えるために、一定期間の在籍を条件に支払われるボーナスを指し、「業績連動型報酬」は、中長期的な事業成長への主体的な関与を促すため、役割やKPIの達成度に応じて変動する報酬を指します。これにより、短期的なキーパーソンの離脱を防いだり、中長期で主体的な事業関与を促すことができます。このような設計は、スタートアップのキーパーソンとの間の経営委任契約等で規定されるのが通常ですが、このような経営委任契約等の締結ができていることが最終契約においても取引実行の前提条件として定められることになると考えられます。
加えて、上記のSOについて、米国のように、M&A後も権利を継続させたり、買い手のSOやRSU(譲渡制限付株式)へ転換したりすることで、買収後もキーパーソンが事業成長を担うことを促し、リテンションを有効に機能させる可能性も示唆されています。このような設計は、最終契約における発行会社の誓約事項として規定されることになると考えられます。
4. 最後に
2022年1月の岸田総理(当時)の「スタートアップ創出元年」宣言から4年が経過し、「スタートアップ育成5か年計画」も終盤にさしかかっています。2025年のスタートアップの資金調達額は2024年比42%減の199億円に急減し、過去10年で最低に留まったという近時の新聞報道もあり※14、その背景の一つには東証グロース市場の上場維持基準厳格化に伴い、スタートアップに投資する投資家の出口戦略が見えづらくなったことがあるとされています。このような厳しい投資環境下において、スタートアップとしてもM&AもIPOと並ぶ成長戦略と位置づけて投資回収の機会を投資家に対して積極的に示していくことが重要となってきています。本ガイダンスにより、スタートアップ及び買い手側(大企業等)の双方が、スタートアップの有効な成長手段としてのM&Aの重要性や、M&Aを効果的かつ適時に活用するために留意すべき事項を理解し、その結果としてM&Aが活発化することが期待されています。
脚注一覧
※2
現在のスタートアップの投資契約実務では、優先株主が優先的に分配を受けることができる金額を優先株主の出資額と同額(出資額の1倍)とするのが一般的です。
※7
このほか、本ガイダンスは、買収後のインセンティブ設計のため、株式交換等の株式対価による買収の可能性も指摘しています(本ガイダンス91頁)。
※8
なお、即時に100%子会社化を目指す場合、同意しない少数株主を強制的に退出させる手続が必要になることがあります。本ガイダンスは、議決権の割合に応じて、株式等売渡請求(90%以上保有時)や株式併合(2/3以上の特別決議時)などの手法を使い分け、法的に可能な手続きのスケジュールを事前に精査しておくことが、ディールを完遂させる上で不可欠であると指摘しています。(本ガイダンス99頁)
※9
Convertible Bond(転換社債)を指します。
※10
Convertible Equity(転換可能エクイティ性証券)を指します。
※11
J-KISSとは、Coral Capitalがメンテナンスを行いオープンソースとして無償公開しているコンバーティブル・エクイティを使ったシード投資のための投資契約書を指します。
※12
表明保証保険(Representations and Warranties Insurance/ Warranty and Indemnity Insurance)とは、M&A契約における表明保証違反より生じる経済的損失又は補償から買主又は売主を保護することを目的とする保険です。
※13
買い手企業がスタートアップ企業を取得する対価として自らの株式を交付する場合には会社法上の現物出資規制の適用を受けることがあります。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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