※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
Media, Entertainment and Sports Legal Update
~メディア・エンタテインメント・スポーツニュースレター~ 創刊のご案内
長島・大野・常松法律事務所は、今般「Media, Entertainment and Sports Legal Update ~メディア・エンタテインメント・スポーツニュースレター~」を創刊いたしました。本ニュースレターでは、今後、テレビ放送、インターネット、映画、アニメーション、音楽、出版、キャラクター、スポーツ、eスポーツ、ゲーム、広告といったメディア・エンタテインメント・スポーツ関連ビジネスに関する様々な法律実務上のトピックをお伝えしていきます。
はじめに
2026年6月22日、内閣府知的財産戦略推進事務局及び公正取引委員会は、「映画の制作現場における取引の適正化に関する指針」(以下「映画指針」といいます。)及び「アニメの制作現場における取引の適正化に関する指針」(以下「アニメ指針」といい、映画指針と併せて「本指針」といいます。)を策定・公表しました※1、※2。
映画・アニメといった映像コンテンツは、日本の重要なコンテンツ産業の一角を占めるところ、本指針は、2025年に実施された公正取引委員会による実態調査の結果※3を踏まえ、①独占禁止法※4、②取適法※5、及び③フリーランス法※6の3法の観点から、映画・アニメの制作現場における各取引主体(製作委員会等・動画配信事業者・元請制作会社・下請制作会社・制作会社・フリーランス)が採るべき行動と問題となり得る行動を整理したものです。本指針は、映画・アニメの制作に関与する関係者に広く影響するものであり、関係者が独占禁止法、取適法又はフリーランス法を遵守する上で参照する価値が高いものといえます。本ニュースレターでは、本指針の全体像と各主体が採るべき行動のポイントをご紹介します。
本指針の概要
1. 本指針の構成
本指針は、いずれも制作における取引は3つの類型(ⅰ製作委員会又は動画配信事業者(製作委員会等)・元請制作会社間、ⅱ元請制作会社・下請制作会社間、ⅲ制作会社・フリーランス間)に大別できるとされ、各取引の段階で発注者(製作委員会等又は制作会社)と受注者(制作会社又はフリーランス)との間で各種の契約が締結されることを前提に、各主体の「採るべき行動」及び「問題となり得る行動例」を行動指針として取りまとめるとともに、「取引の適正化のために参考となる行動例」を提示し、さらに競争政策上の観点から受注者側にも「採るよう努めるべき行動」を示すという構成が採られています。
2. 主体別に採るべき行動と問題となり得る行動
以下では、本指針が対象とする4つの主体(①製作委員会(構成事業者)等、②動画配信事業者、③元請制作会社、④制作会社)について、それぞれの取引段階(発注時点/履行過程)における「採るべき行動」と「問題となり得る行動」を、映画指針をベースに行動指針項目ごとに整理します。映画・アニメで具体例・当てはめに実質的な差異がある場合は、「※アニメでは…」等の形で注記します。
(1) 製作委員会(構成事業者)等が採るべき行動(取引類型ⅰ:製作委員会等・元請制作会社間)
製作委員会(構成事業者)は、映画会社・放送事業者・出版社・広告代理店等の大企業が構成する場合が多く、元請制作会社に対して優越的地位にある場合があり、また、取適法上の委託事業者に該当することが多いと考えられます。実態調査では、書面等による取引条件の明示は多くの場合で行われているものの、明示のタイミングが遅れる傾向が広く確認されたほか、制作委託費の水準や協議の十分性、著作権譲渡対価の明示・協議の在り方等について、実務上の課題が指摘されています。
1 発注時点における採るべき行動と問題となり得る行動
|
行動指針項目
|
採るべき行動
|
問題となり得る行動
|
|
書面等による取引条件の明示
|
-
元請制作会社に対する制作委託に際して、直ちに、取引条件を明示すること
-
未定事項についても十分に協議した上で可能な限り早期に定め、その後直ちに、書面等により明示すること
|
-
発注は口頭のみで行い、取適法で求められる明示事項のうち内容が定まった事項を記載した書面等を交付しない行為(発注内容等の明示義務違反※7・優越的地位の濫用※8を誘発する行為)
-
未定事項について具体的な取引条件を定めることが可能となったにもかかわらず、書面等により補充の明示を行わない行為(同上)
|
|
取引の対価の交渉・設定
|
-
制作委託費を決定するに当たって、必要な説明や情報の提供をしつつ十分に協議し、要求クオリティの高度化、物価上昇(※アニメでは制作期間の長期化も含む)などの状況を踏まえた対価を定めること
|
-
要求クオリティの高度化、物価上昇(※アニメでは制作期間の長期化も含む)などの状況を踏まえることなく、通常支払われる対価より著しく低い対価を定める行為(買いたたき※9、優越的地位の濫用)
-
元請制作会社から制作委託費や成功報酬(※アニメでは制作印税)等に係る協議の求めがあったにもかかわらず、当該協議に応じず又は必要な説明若しくは情報の提供を行わずに、一方的に制作委託費等を定める行為(協議に応じない一方的な代金決定※10、優越的地位の濫用)
|
|
著作権譲渡対価の交渉・設定
|
-
元請制作会社に帰属する著作権を製作委員会に譲渡させるに際し、制作委託費に著作権の譲渡対価を含める場合には、必要な説明又は情報の提供をしつつ十分に協議を行って対価を定めること
|
-
著作権を製作委員会に譲渡させることとしたが、その対価を含む制作委託費について、元請制作会社と十分な協議を行わないまま通常支払われる対価を大幅に下回る対価での取引を要請する行為(買いたたき、優越的地位の濫用)
-
元請制作会社から著作権譲渡対価を含む制作委託費についての協議の求めがあったにもかかわらず、当該協議に応じず又は必要な説明若しくは情報の提供を行わずに、一方的に制作委託費の額を定める行為(協議に応じない一方的な代金決定、優越的地位の濫用)
|
このうち、著作権譲渡対価の交渉・設定は、本指針の中でも実務上特に留意を要する論点です。映画・アニメといった「映画の著作物」の著作権の帰属は、著作権法第29条に基づき個別具体の事案に即して判断されますが、取引実務上は、契約書において発注者である製作委員会に帰属する又は元請制作会社に帰属する著作権を製作委員会に譲渡させる旨を規定することが多く、多くの場合に製作委員会が著作権の最終的な帰属先とされていることがうかがわれます。他方、元請制作会社に対するアンケート調査においては、譲渡対価は「制作委託費に含まれている」との回答が最も多かった一方で、ヒアリング調査においては、「元請制作会社に対して明示的に制作委託費の中に著作権の譲渡対価が入っていることを確認したことはない」旨の回答もあり、著作権を実質的に無償譲渡している又は譲渡対価として不十分と認識している場合があると指摘され、また、著作権の帰属主体・譲渡対価に関する協議自体が十分に行われていない場合があることが指摘されています。本指針は、こうした状況を踏まえ、①著作権を「給付の内容」に含めて製作委員会に譲渡させるに際し、制作委託費に著作権の譲渡対価を含む場合には、通常支払われる対価より著しく低い額を不当に定めてはならず(買いたたき)、著作権の譲渡対価を含む制作委託費について十分に協議を行って対価を定めること、及び②元請制作会社から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じない・必要な説明を行わないなどにより元請制作会社の利益を不当に害してはならず(協議に応じない一方的な代金決定)、必要な説明・情報の提供を行いつつ著作権譲渡対価を含めた制作委託費について十分な協議を行うことを明確化しました。さらに、本指針は、著作権の対価を含む形で対価に係る交渉を行っていると認められるためには、双方が著作権の譲渡が取引条件であることを認識し、製作委員会が著作権の譲渡に対する対価が含まれることを明示した制作委託費を提示するなど、取引条件を明確にした上で交渉する必要がある旨を明示しています。既存の制作委託契約が上記の要求水準を満たしているかについては、実務上の点検・見直しが求められると考えられます。
2 取引の履行過程における採るべき行動と問題となり得る行動
|
行動指針項目
|
採るべき行動
|
問題となり得る行動
|
|
発注取消し
|
-
元請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに発注を取り消す場合は、元請制作会社がそれまでに支出した費用等を支払うこと
|
-
制作開始後に、元請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに発注を取り消したが、納期前で成果物が納品されていないことを理由として元請制作会社が制作に要した費用を支払わない行為や、直前での発注取消しにより制作ラインが空いたことによる損失等を負担しない行為(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し※11、優越的地位の濫用)
|
|
制作委託費の追加支払
|
-
元請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに、制作期間の延期・延長、当初契約と異なる業務、やり直し(リテイク)などを行わせることにより、元請制作会社に追加の費用が発生した場合には、追加の制作委託費を支払うこと
-
給付の受領の前後を問わず、必ずしも事前に給付を充足する条件を明確にできなかったが、元請制作会社の給付の内容が当初委託した内容と異なるなどとし、リテイク等をさせる際には、その費用について、リテイク等をさせるに至った経緯等を踏まえ、元請制作会社と十分な協議をした上で合理的な負担割合を決定すること
|
-
脚本変更に伴うロケ地・キャスト等の追加・変更(※アニメでは製作委員会側の都合による放送開始延期に伴うクオリティアップ作業やDVD発売に向けた修正等)により元請制作会社に追加費用が生じたにもかかわらず、追加費用を支払わない行為(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し、優越的地位の濫用)
-
発注時に必ずしも明示していなかったクオリティの基準について一方的に高い基準を設定し、元請制作会社からリテイクのための追加費用の支払を求められたが、完成保証義務(制作委託費の範囲内で制作委託業務を完遂させる義務)の範囲内であるとして交渉に応じない行為(同上)
|
|
減額(映画指針のみ)
|
-
元請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに、発注時に定めた制作委託費の減額をしないこと
|
-
元請制作会社に対してクオリティの基準を明示していなかったにもかかわらず、納品物のクオリティが基準に達していないことを理由に、制作委託費を一方的に減額する行為(代金の減額※12、優越的地位の濫用)
|
|
支払遅延・不払
|
-
制作の多層構造において、発注側の取引の支払が滞ることで、受注側の取引における支払遅延につながる可能性があることから、できる限り短い期間内で支払期日を定めて、制作委託費をその支払期日までに元請制作会社に支払うこと
|
-
製作委員会内の支払のための決裁が完了しない、又は各構成事業者の出資が完了していないなどの理由により、支払期日までに支払ができない行為(支払遅延※13、優越的地位の濫用)
-
書面等による取引条件が未定であるまま着手してもらい成果物を受領したが、その後も取引条件が未定であることを理由に支払を行わない行為(同上)
|
このうち、制作委託費の追加支払、特に「事前に給付を充足する条件を明確にできなかった」場合のリテイク費用の合理的負担割合については、本指針において丁寧に論じられています。本指針は、映画・アニメ制作のような創作活動を伴う業務の委託(アニメ指針では情報成果物作成委託)においては、成果物が当初委託した内容を満たしているか否かは製作委員会の価値判断等により評価される面があり、事前に給付を充足する条件を正確に発注書等で明示することが不可能な場合があると認めています。その上で、責任の所在が曖昧なケース(例えば、映画指針では監督等と製作委員会とのコミュニケーション不足に起因するリテイクの繰り返し、アニメ指針では原作者監修に端を発するリテイクや、製作委員会が必須スタッフとして指定したフリーランスの作業進捗に起因する制作期間の延長等)において、製作委員会が一方的に負担割合を決定して元請制作会社の利益を不当に害してはならず、「やり直し(リテイク)等をさせるに至った経緯等を踏まえ、元請制作会社と十分な協議をした上で合理的な負担割合を決定する必要がある」ことが明示されました。問題となり得る製作委員会の行動例として、「完成保証義務」を根拠として一切の追加費用の支払を拒む対応が明示的に列挙されている点は、実務上大きな含意を有するものと考えられます。
(2) 動画配信事業者が採るべき行動(取引類型ⅰ:製作委員会等・元請制作会社間)
動画配信事業者については、①映画・アニメ作品の著作権者と配信権のライセンス契約を締結し自らのプラットフォームで配信する類型と、②自らがオリジナル作品を製作し配信する類型が想定されており、後者においては、元請制作会社に対する制作委託取引が発生します。実態調査においては、動画配信事業者との取引は、制作に掛かった実費に加えて一般管理費が別途支払われるなどの点で、元請制作会社が黒字となりやすい状況にあるとうかがわれる一方で、対価の支払方法についてはレベニューシェア型等の仕組みは一般的には採用されておらず、「買い切り方式」が一般的であり、元請制作会社の利益が大きいとはいえないとの回答もあったことが指摘されています。取適法の適用対象となる取引である場合は、動画配信事業者は、制作委託費を決定するに当たって、一方的に代金の額を決定して元請制作会社の利益を不当に害してはならず、レベニューシェア型等の報酬体系を含め、必要な説明や情報の提供を行いつつ、十分な協議を行うことが求められるとされています。
|
行動指針項目
|
採るべき行動/採ることが望ましい行動
|
問題となり得る行動
|
|
取引の対価の交渉・設定
|
-
制作委託費を決定するに当たって、元請制作会社から、レベニューシェア型等の報酬体系を含め、価格に関する協議の求めがあった場合は、必要な説明や情報の提供を行いつつ、十分に協議を行って対価を定めること
|
-
元請制作会社から、レベニューシェア型等の報酬体系を含め、価格に係る協議の求めがあったにもかかわらず、当該協議に応じず又は必要な説明若しくは情報の提供を行わずに、一方的に価格を定める行為(協議に応じない一方的な代金決定、優越的地位の濫用)
|
|
視聴回数等情報の開示(採るべき行動)
|
-
制作委託費を決定するに当たって、元請制作会社から価格に関する協議の求めがあった場合は、視聴回数等情報の提供を含め、必要な説明や情報の提供を行いつつ、十分に協議を行って対価を定めること
|
-
シリーズ作品の委託をする際に、元請制作会社から、前作の視聴回数等に係る情報に基づいて代金を協議したいとの申出があったが、当該協議に応じず又は必要な説明若しくは情報の提供を行わずに、一方的に対価を設定する行為(協議に応じない一方的な代金決定、優越的地位の濫用)
|
|
視聴回数等情報の開示(採ることが望ましい行動)
|
-
レベニューシェア型契約の場合だけでなくフラット型契約の場合にも、契約更新時、シリーズ作品、当該制作会社等の類似の作品等の契約に当たり、対価についての適切な交渉を行うために必要な範囲で、当該コンテンツのユーザーによる視聴回数等に係る情報を提供すること
|
–
|
(3) 元請制作会社が採るべき行動(下請制作会社に対する取引)(取引類型ⅱ:元請制作会社・下請制作会社間)
元請制作会社と下請制作会社との間の取引は、通常、取適法上の情報成果物作成委託(取適法第2条第3項)や役務提供委託(同条第4項)に該当すると考えられ、取適法の適用対象となる場面が多いと考えられます。
1 発注時点における採るべき行動と問題となり得る行動
|
行動指針項目
|
採るべき行動
|
問題となり得る行動
|
|
書面等による取引条件の明示
|
-
下請制作会社に対する制作に係る委託に際して、直ちに、取引条件を明示すること
-
未定事項についても十分に協議した上で可能な限り早期に定め、その後直ちに、書面等により明示すること
|
-
秘密保持やデータ保管に関する契約書は取り交わしたが、書面等で制作委託費等の取引条件を明示しない行為(発注内容等の明示義務違反、優越的地位の濫用を誘発する行為)
-
発注時点で代金が定められないため書面等による明示を行わず、納品後に代金を含む取引条件を記載した契約書(発注書)を取り交わす行為(同上)
※アニメでは、カット単位等の少量の発注では契約書を作成せず口頭のみで取引条件を伝える行為も同様に問題視されています。
|
|
取引の対価の交渉・設定
|
-
制作に係る委託費を決定するに当たっては、必要な説明や情報の提供をしつつ十分に協議し、物価上昇(※アニメでは要求クオリティの高度化・制作期間の長期化も含む)などの状況を踏まえた対価を定めること
|
-
物価上昇等の状況を踏まえることなく、通常支払われる制作委託費より著しく低い制作委託費を定める行為(買いたたき、優越的地位の濫用)
-
下請制作会社から制作委託費に係る協議の求めがあったにもかかわらず、当該協議に応じず又は必要な説明若しくは情報の提供を行わずに、一方的に制作委託費を定める行為(協議に応じない一方的な代金決定、優越的地位の濫用)
|
実態調査では、書面等による取引条件の明示について、多くの場合で明示は行われているものの、明示のタイミングの遅延、制作委託費に関する協議の不十分性、リテイク費用の負担、振込手数料の一方的差引き等が課題として確認されています。発注段階では、取適法における明示義務との関係で、明示事項のうちその内容が定められないことについて正当な理由があり記載しない事項(未定事項)がある場合には、未定事項以外の事項を明示することが認められるものの、未定事項について十分に協議をした上で可能な限り早期に定め、当該事項を補充書面等により明示する必要があります(取適法第4条第1項ただし書)。
2 取引の履行過程における採るべき行動と問題となり得る行動
|
行動指針項目
|
採るべき行動
|
問題となり得る行動
|
|
発注取消し
|
-
下請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに発注を取り消す場合は、下請制作会社がそれまでに支出した費用等を支払うこと
|
-
下請制作会社の業務開始後に、下請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに発注を取り消したが、成果物が納品されていないことを理由として、それまで下請制作会社が要した費用を支払わない行為(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し、優越的地位の濫用)
|
|
制作委託費の追加支払
|
-
下請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに、制作期間の延期・延長、当初契約と異なる業務、リテイク等を行わせることにより、追加費用が発生した場合には、追加の制作委託費を支払うこと
-
事前に給付を充足する条件を明確にできなかった場合のリテイク等の費用については、経緯等を踏まえ、十分な協議の上で合理的な負担割合を決定すること
|
-
当初の契約内容には含まれない作業を追加で依頼したが、追加費用を支払わない行為(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し、優越的地位の濫用)
-
発注時点でクオリティの基準を明示できなかったところ、抽象的な指示で繰り返しリテイクを求め、リテイクに至った経緯等を踏まえた協議もなく追加費用を一切負担しない行為(同上)
※アニメでは、下請制作会社の納品物の完成度が低いことを理由に、次工程を担当する別の下請制作会社に前工程の修正を追加で依頼した際に、修正作業に対する追加報酬を支払わない行為も同様に問題視されています。
|
|
減額
|
-
下請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに、発注時に定めた制作委託費の減額をしないこと
|
-
下請制作会社と協議して決定したクオリティの基準を満たしており、下請制作会社の責めに帰すべき理由がなかったにもかかわらず、当初合意した代金を一方的に減額する行為(代金の減額、優越的地位の濫用)
|
|
支払遅延・不払
|
-
できる限り短い期間内で支払期日を定めて、制作委託費をその支払期日までに下請制作会社に支払うこと
|
-
資金が不足したため、支払期日に支払わない行為(支払遅延、優越的地位の濫用)
-
具体的な支払期日を定めないまま成果物を受領し、社内での承認手続に時間を要したため代金の支払が遅れた行為(同上)
|
取適法の適用対象となる取引である場合、元請制作会社が、下請制作会社の責めに帰すべき理由がないのに発注を取り消し下請制作会社が行った作業に掛かる費用等を負担しないことや、制作期間の延長・当初契約と異なる業務内容・リテイクによって下請制作会社に追加の費用が発生した場合に当該費用を負担しないこと等によって、下請制作会社の利益を不当に害してはならず(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し)、下請制作会社の利益を不当に害したといえるかは、給付内容の変更等によって、下請制作会社が費用を負担することなどにより生じた損失や、これに対して元請制作会社が負担した費用等を総合的に考慮し、下請制作会社に不利益が生じたといえるかで判断する点に留意する必要があります。
また、取適法の適用対象となる取引である場合は、元請制作会社は、下請制作会社の給付の内容について検査するかどうかを問わず、給付を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内において定めた支払期日までに代金を支払う必要があることにも注意が必要です(支払遅延)※14。
(4) 制作会社が採るべき行動(フリーランスに対する取引)(取引類型ⅲ:制作会社・フリーランス間)
制作会社(元請・下請を問いません。以下同様です。)とフリーランスとの間の取引は、令和6年11月に施行されたフリーランス法及び取適法の重畳的な適用の場面となります。本指針は、フリーランス法・取適法・独占禁止法の三段階の適用関係を意識した書きぶりとなっており、フリーランス法の適用対象となる場合はまずフリーランス法上の該当規定を、そうでない場合は取適法・独占禁止法上の該当規定を、それぞれ引きながら整理する構造が採られています。とりわけ、フリーランス法第3条第1項に基づく取引条件の明示義務、同法第4条第5項に基づく期日における報酬支払義務、同法第5条第1項第4号・同条第2項第2号等に基づく買いたたき・報酬減額・不当な給付内容の変更等の禁止は、映画・アニメの制作現場で日常的に発生する取引において問題となりやすいため、事業者側の相応の実務対応が必要です。
1 発注時点における採るべき行動と問題となり得る行動
|
行動指針項目
|
採るべき行動
|
問題となり得る行動
|
|
書面等による取引条件の明示
|
-
フリーランスに対する業務委託に際して、直ちに、明示事項を明示すること
-
未定事項についても十分に協議した上で可能な限り早期に定め、その後直ちに、書面等により明示すること
|
-
脚本や撮影スケジュール(※アニメでは前工程の遅れによる後工程の納期の変動)が流動的であることを理由に、口頭のみで取引条件を伝える行為(取引条件の明示義務違反※15)
-
制作費全体の使途が確定するまで人件費予算が不明であることを理由に、発注時点で報酬額等の協議・明示を行わず、フリーランスの稼働後に協議を経て契約書を取り交わす行為(同上)
|
|
取引の対価(報酬の額)の交渉・設定
|
-
報酬の額を決定するに当たっては、必要な説明や情報の提供をしつつ十分に協議し、物価上昇(※アニメでは要求クオリティの高度化も含む)などの状況を踏まえた対価を定めること
|
-
予算上限を理由に、通常支払われる報酬の額より著しく低い報酬の額を定める行為(買いたたき※16)
-
フリーランスから代金の額に係る協議の求めがあったにもかかわらず、当該協議に応じず又は必要な説明若しくは情報の提供を行わずに、一方的に代金の額を定める行為(協議に応じない一方的な代金決定※17)
|
|
短納期発注
|
-
通常よりも短納期の発注を行う場合には、フリーランスと報酬の額を定めるに当たり、必要な説明や情報の提供をしつつ十分に協議し、フリーランスに発生する負担増を考慮した報酬の額を定めること
|
-
短納期の発注を行うに際して、フリーランスに発生する費用の増加を考慮することなく、当該費用の増加を考慮した通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を定める行為(買いたたき)
-
短納期の発注を行うに際して、フリーランスから特急料金を含む価格協議を求められたにもかかわらず、協議に応じず又は必要な説明・情報の提供を行わずに、一方的に代金の額を定める行為(協議に応じない一方的な代金決定)
|
2 取引の履行過程における採るべき行動と問題となり得る行動
|
行動指針項目
|
採るべき行動
|
問題となり得る行動
|
|
発注取消し
|
-
フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに発注を取り消す場合は、フリーランスが行った作業に掛かる費用等を支払うこと
|
-
企画段階でフリーランスに対してシナリオやプロットの制作を依頼したが、当該作品が企画倒れとなり、フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに発注を取り消し、既に行った作業に相当する報酬を一切支払わない行為(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し※18)
-
撮影開始(※アニメではプロダクション工程開始)の直前に制作が中止となり、フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに発注を取り消し、既に行った準備作業に掛かる費用や、急に空いたスケジュールを穴埋めできずに生じた損失を一切考慮せず、費用等の支払をしない行為(同上)
|
|
制作委託費(報酬)の追加支払
|
-
フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに、制作期間の延期・延長、当初契約と異なる業務、リテイク等を行わせることにより、追加の稼働が発生した場合には、追加の報酬を支払うこと
-
事前に給付を充足する条件を明確にできなかった場合のリテイク等の費用については、経緯等を踏まえ、十分な協議の上で合理的な負担割合を決定すること
|
-
出演者の体調不良(※アニメでは前工程の遅延)により、フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに撮影期間・契約期間が延長され延長期間も作業したにもかかわらず、延長した期間分に相当する追加報酬を支払わない行為(不当な給付内容の変更及び不当なやり直し)
-
当初の委託内容には含まれていない業務を追加で担当させたが、追加報酬を支払わない行為(同上)
-
発注時に必ずしも明示していなかったクオリティの基準に達していないことを理由として、リテイクを指示し、追加報酬の支払を求められたが交渉に応じず支払わない行為(同上)
-
スケジュール遅延により作業期間を短縮するよう求め、フリーランスに追加費用が生じたが、割増料金等の追加報酬を支払わない行為(同上)
|
|
減額
|
-
フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに、業務委託時に定めた報酬の減額をしないこと
|
-
制作会社の予算不足を理由に、当初合意していた報酬の額を引き下げる行為(報酬の減額※19、代金の減額※20)
-
フリーランスの技師に助手を付ける際に、助手の報酬の額を捻出するとして、既に契約していた技師の報酬の額から助手への増額相当額を一方的に差し引いて支払う行為(同上)
|
|
支払遅延・不払
|
-
できる限り短い期間内で支払期日を定めて、報酬をその支払期日までにフリーランスに支払うこと
|
-
資金繰りの悪化を理由に、報酬の支払を支払期日から遅らせる行為(期日における報酬支払義務違反※21、支払遅延※22)
|
なお、フリーランスとの取引における発注取消しについて、本指針は特に留意すべき点を明示しています。すなわち、フリーランスの責めに帰すべき事由がないのに稼働直前で業務委託をキャンセルしたことにより、フリーランスが別の業務を実施することを不可能にさせたときは、制作会社は、直前までにフリーランスが行った作業分の費用を負担するだけでは足りず、フリーランスに対し、当該業務委託の「報酬の額」相当額の支払を行わなければ、給付内容の変更によりフリーランスの利益を不当に害したとしてフリーランス法上問題となるおそれがある、と指摘されています。稼働直前でのキャンセルが実質的にフリーランスの代替受注の機会喪失を生じさせるという実態を踏まえた考え方であり、契約書において、事前に対応を定めておくことが実務上一層重要になると考えられます。
おわりに
本指針は、映画・アニメ制作の各取引段階における発注側の各主体が採るべき行動と問題となり得る行動を、独占禁止法・取適法・フリーランス法の3法の観点から整理し、留意事項を提示するものであり、既存の契約や取引慣行が本指針の示す行動指針に沿わないような内容となっている場合には、独占禁止法、取適法又はフリーランス法違反になっていないかの確認が必要と考えられます。書面化のタイミング、価格協議のプロセス、著作権譲渡対価の明示・協議、リテイク費用の負担割合、視聴回数等情報の開示、支払期日の設定・遵守など、いずれの論点も、契約書のひな型・発注書式・社内決裁プロセスを含めた点検・見直しが必要となるものです。また、下請制作会社・フリーランス等の受注者に対し優越的地位にある場合には、契約上の対応でも優越的地位の濫用やその誘発のおそれがあることにも留意が必要です。
本指針では、「今後の対応」として、内閣府知的財産戦略推進事務局及び公正取引委員会において、関係府省庁・関係事業者団体等の協力を得て、本指針の周知を徹底するとともに、製作委員会(構成事業者)、動画配信事業者及び制作会社が本指針に記載の採るべき行動に沿わないような行為をすることにより、独占禁止法、取適法又はフリーランス法に違反する場合には、公正取引委員会において厳正に対処していく旨が明記されています。今後は、本指針において指摘された問題行為に対する公正取引委員会のエンフォースメントが強化されることが予想され、映画・アニメ制作に関与する事業者においては、本指針の内容を踏まえた実務対応が重要となります。なお、アニメ制作の取引については、経済産業省・中小企業庁「アニメーション制作業界における取引適正化のガイドライン」及び総務省「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン」等の関連ガイドラインも公表されており、これらとの整合性を確保しつつ実務対応を検討することが望まれます。
脚注一覧
※4
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
※5
製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律
※6
特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律
※16
フリーランス法第5条第1項第4号、取適法第5条第1項第5号
※18
フリーランス法第5条第2項第2号、取適法第5条第2項第3号
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
全文ダウンロード(PDF)
Legal Lounge
会員登録のご案内
ホットなトピックスやウェビナーのアーカイブはこちらよりご覧いただけます。
最新情報をリリースしましたらすぐにメールでお届けします。
会員登録はこちら