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ニュースレター

シンガポールのM&A規制に関する近時の改正

著者等
金田聡
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Asia Legal Update ~アジア最新法律情報~ No.289(2026年8月)
業務分野

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

I. はじめに

 日本においては、近時の金商法改正(2026年5月1日施行)により公開買付規制の内容に大きな改正が加えられ、日本のM&A実務に及ぼす影響が注目されているところである※1。シンガポールにおいても公開買付規制は存在しており、主として上場会社の買収等に適用のあるルールであるSingapore Code on Take-overs and Mergers(以下「買収コード」という。)が公開買付規制を含むM&Aに関する各種規制を定めている※2。シンガポールの上場会社を対象とするM&Aの取引スキームには、公開買付けに加え、スキーム・オブ・アレンジメントや選択的減資といったいくつかのオプションがあり得るが、それらの実施に際して、かかる買収コードが規定する手続き等の遵守が必要となる場合がある。

 買収コードに関しては、2026年6月16日、同コードの作成機関であるシンガポール通貨金融庁(以下「MAS」という。)が、シンガポール証券業評議会(Securities Industry Council、以下「SIC」という。)の助言に基づき、施行日を2026年7月16日とする買収コードの改正を公表した(以下「本改正」という。)。本改正は、2025年5月5日にSICが公表したコンサルテーション・ペーパー(以下「2025年提言」という。)を踏まえたものであるところ、従来買収コードが規定していたM&A規制の基本的な枠組みを変更するものではないものの、シンガポールにおけるM&A取引における競争プロセスの確保及び投資家や株主に対する充実した情報開示を目的とする重要な変更を含むものである。

 シンガポールにおいて上場会社の買収又は売却その他のM&Aを検討する当事者は、買収コードの規定内容に留意した検討を行う必要があるが、かかる検討に影響を及ぼし得る重要な変更であると考えられることから、本稿では、本改正の概要及び実務上の留意点について紹介する。

II. 本改正の背景及び全体像

1. 本改正の背景

 上記I.のとおり、本改正は、SICによる2025年提言を踏まえたものであるが、同提言は、買収コードが最後に改正された2019年以降のM&A市場の発展や国際的な取引実務の進展を考慮して行われたものであった。とりわけ、近時のM&A取引においては、ブレークアップフィー等のいわゆる取引保護条項がより一般的に利用されるようになったことにより、競合提案がなされる可能性を低減させるという意味で有害な影響があり得る点が懸念されていたことから、2025年提言は、取引保護条項の原則利用禁止※3を含むものであった。また、その他に、スキーム・オブ・アレンジメントの手続きの改善、買付者の情報開示による虚偽市場の形成防止、対抗措置※4に係る株主判断を可能とするための情報提供の充実等に関する改正が併せて提言されていた。

2. 本改正における主要な改正項目

 2026年6月16日のMASによる公表内容によれば、本改正の主要項目は以下のとおりである。

  1. 取引保護条項に関するルールの明確化
  2. スキーム・オブ・アレンジメントに関する期限等の条件の追加
  3. 過去に一定の情報開示・表明を行った買付者による再提案の制限
  4. 「Put Up or Shut Up」ルールの明文化
  5. 対抗措置に関する株主保護の強化
  6. 競合提案に係る情報開示に関するルールの整備
  7. 動画及びソーシャルメディア(SNS)の利用に関するルールの導入

 以下、本稿では、上記の本改正の主要項目のうち、特に重要かつ特徴的と考えられる①、②、④、⑤及び⑥に関して概要を紹介したい。

III. 重要な改正事項の概要

1. 取引保護条項に関するルールの明確化

 取引保護条項については、上記Ⅱ.1のとおり2025年提言では一般的な利用禁止が提案されていたが、その利用が対象会社の交渉力向上に寄与し株主にとってより良い条件を引き出すこともあり得ることに鑑み、一般的な利用禁止とはせず、その利用について対象会社のマネジメントに裁量の余地を残しつつ、競合提案を不当に阻害する効果を抑制するため、概ね以下のような方向で規律が明確化された。

(1) ブレークアップフィー

 ブレークアップフィーについては、本改正前の買収コードにおいて、その金額は、通常は提案金額をベースに算出された対象会社価値の1%以下(normally no more than 1%)という運用上のルールが存在したが(買収コードRule 13)、本改正によって同条項に「The 1% limit」と題する注が追加され、かつ、MASが「Capping the total break fees payable by an offeree company to be no more than 1% of its value.」と説明していることを併せて鑑みれば※5、運用上のルールというよりも明確な金額制限を定めた規定であるというニュアンスが強まっていると考えられる。その上で、複数のブレークアップフィーに関する合意がなされている場合は、その合計金額が1%を超えてはならない旨が明確化された。

 また、ブレークアップフィーに関する合意が行われる場合は、対象会社の取締役会及び財務アドバイザーは、当該ブレークアップフィーが株主の最善の利益に資すると考える理由をSICに対して書面で説明しなければならないとするルールが追加された。

(2) 買収契約における合意内容

 買収契約が買付者及び対象会社の間で締結される場合において、当該契約上合意される内容が競合提案を不当に阻害しないことを確保する観点から、以下の各ルールが追加された。

  • Exclusivity条項に関しては、いわゆるFiduciary Outの例外とセットで規定される必要がある(=既存プラクティスの明確化)
  • 競合提案に関する通知義務条項に関しては、その詳細を買付者に通知すべき旨を定める場合は競争阻害効果が高い一方で、競合提案があった事実に係る通知義務であれば競争阻害効果は限定的であると考えられる
  • Matching Right条項※6に関しては、買付者に7暦日を超える期間を許容する場合は競争を阻害するものと通常考えられる

 なお、本改正後においては、買収契約締結後にSICが買収コードの内容に違反すると考える条項が規定されている旨を認識した場合、当事者に対して是正措置を要求し、また、制裁措置を講ずる可能性がある。また、この点に関連して、SICは、買収コードの内容に違反すると判断された条項は無効である旨※7を買収契約において明記することを推奨している。

2. スキーム・オブ・アレンジメントに関する期限等の条件の追加

 スキーム・オブ・アレンジメント※8については、手続きの確実性及び迅速性を高める観点から、①その公表から6か月以内に同手続きを承認するための株主総会を開催しなければならない旨、加えて、②裁判所による認可の審理前に原則として全ての条件が充足又は放棄されたことをSICに確認し、認可後はスキーム・オブ・アレンジメントの条件に拘束される旨を確約しなければならない旨が追加条件として規定された。

3. 「Put Up or Shut Up」ルールの明文化

 本改正後の買収コードにおいては、買付者サイドの行為に関するルール(特に、情報開示に関連するもの)がいくつか追加されている※9

 その一つとして、従前シンガポールにおいて運用上のルールとして定着していた、いわゆる「Put Up or Shut Up」ルールを明記した点が挙げられる。具体的には、潜在的買付者が正式な提案を行う旨を予告する内容の公表を行った後、当該潜在的買付者が長期間にわたり正式な提案に関する意向を明確にしない場合には、(当事者との協議を経て)SICが28日間(SICの裁量により変更可能)の期限を設定し、同期限までに正式な提案を行うか又は提案を行わない旨を公表するかのいずれかの対応を求め得る旨が追加された。

4. 対抗措置に関する株主保護の強化

 対象会社の取締役会による対抗措置については、株主が提案を検討する機会を不当に奪われることのないよう、手続き及び情報開示が強化された。本改正前から、買収コードにおいては、対象会社が対抗措置を取る場合には株主総会の承認が必要である旨が規定されていたが(買収コードRule 5)、本改正により、かかる株主総会の承認取得に際して、対象会社の取締役会は、①当該対抗措置の経済条件の公平性・合理性に関する独立専門家の助言を取得・開示し、かつ、②株主総会の開催時期についてはSICと協議し、その上で、③対抗措置の詳細を記載した招集通知を公表することが求められることとなった。但し、当該対抗措置が提案の撤回又は失効を条件とする場合には、株主に対する十分な情報開示を前提として、通常、SICは株主総会の承認の要件(及び上記①から③の要件)を免除するとしている。

5. 競合提案に係る情報開示に関するルールの整備

 競合提案に係る情報開示との関係では、従前の買収コードの規律が簡素化・強化された。すなわち、真摯な競合提案者は、他の買付者に提供された全ての情報の提供を請求することができ、対象会社の取締役会は、当該請求時点で開示済みの情報に加え、その後7日以内に開示される追加情報も含めて速やかに提供する必要がある。また、かかる義務は、サイトビジットやマネジメント・ミーティングについても及び、それらとの関係でも同等のアクセスを提供する必要がある一方、例外として、ビッドプロセスに基づき実施される案件については、対象会社において情報開示の条件を定めることができ、この場合には買収コード上の義務は適用されないものとされている。

IV. 実務への影響・留意点

 上記Ⅰ.のとおり、本改正は、シンガポールにおける公開買付けやスキーム・オブ・アレンジメント等に関する従来の基本的な枠組みを変更するものではない一方で、そのような取引スキームを用いてM&Aを実施する場合の契約条件、相手方との交渉プロセス、スケジューリング、情報開示といったM&Aを取り巻く様々な局面に影響を及ぼし得る内容を含んでいる。とりわけ、当該M&Aに係る最終契約におけるブレークアップフィー、Exclusivity、通知義務、Matching Right等の各種条項が、本改正後の買収コードに照らして競合提案を不当に阻害しない内容となっているかをこれまで以上に慎重に検討する必要がある。必要に応じて、リーガルアドバイザーと連携し、M&A取引に関するマーケット・スタンダードを含む実務的な知見を踏まえた対応を行うことがより一層重要となると考えられる。

脚注一覧

※1
改正の内容については、2024年6月発行「公開買付制度・大量保有報告制度等に係る金融商品取引法の改正法の成立(公開買付制度編)」(NO&T Corporate Legal Update ~コーポレートニュースレター~ No.33)参照。

※2
買収コードやシンガポールの公開買付規制の概要については、当事務所が発行しているアジアビジネス法ガイド(リンク先より閲覧・ダウンロード可能)のシンガポール編のセクションVIIを参照されたい。

※3
なお、英国においては、英国Takeover Codeに基づき取引保護条項の利用が原則禁止されており、限定的な例外のみが認められている。

※4
MASによれば、対抗措置(frustrating action)とは、対象会社の取締役会が行う行為で、株主が買収提案を検討する機会を失わせる可能性のあるものをいうと説明されている。

※6
Matching Right(マッチング・ライト)とは、一般的に、M&A取引において対象会社が第三者からより有利な競合提案を受けた場合に、当初の提案者に対して、その競合提案と同等又はそれを上回る条件を提示する機会を付与する契約上の権利をいう。

※7
具体的には、「The parties agree that, if the Council determines that any provision of this agreement that requires the offeree company to take or not to take action, whether as a direct obligation or as a condition to any other person’s obligation (however expressed), is not permitted by Rule 13 of the Code, that provision shall have no effect and shall be disregarded.」という文言の買収契約への追加を推奨する旨が本改正後の買収コードに規定されている。

※8
スキーム・オブ・アレンジメントの手続きの概要については、当事務所が発行しているアジアビジネス法ガイド(リンク先より閲覧・ダウンロード可能)のシンガポール編のセクションVIIを参照されたい。

※9
本項目で紹介する「Put Up or Shut Up」ルールの明文化の他、買付者がこれ以上価格を引き上げない(No Increase Statement)又はこれ以上買付期間を延長しない(No Extension Statement)旨の表明を行った場合にはその後一定期間は価格引上げ又は期間延長を内容とする再提案を行うことができないというルールや、正式な提案前に参考としての買付価格(Indicative Offer Price)を公表した場合には後日の正式な提案における買付価格は当該Indicative Offer Priceを下回ることができないというルールも追加された。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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