※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
はじめに
シンガポールでは、第三者資金提供(Third-Party Funding。以下「TPF」という。)は、歴史的に、訴訟幇助(maintenance)及び利益分配特約付訴訟援助(champerty)を禁止するコモン・ロー上の法理により制限されていた。2017年には、所定の紛争解決手続についてTPFを認める重要な法改正(以下「2017年改正」という。)が行われた。その後、TPFが認められる手続の範囲は、国際仲裁(及びこれに関連する裁判手続・調停手続)から、国内仲裁手続及びシンガポール国際商事裁判所(Singapore International Commercial Court。以下「SICC」という。)における手続へと拡大され、当事者は、より広範な紛争についてTPFの利用を検討することが可能となっている。
SICCの最近の判決であるDTH and another v DTF and others [2026] SGHC(I) 5(以下「DTH v DTF」という。)において、シンガポールを仲裁地とする仲裁におけるTPFに係る費用の回収可能性が問題となった。同判決は同様のTPFの利用を検討する当事者にとって重要な示唆を与えるものである。
事案の概要
DTH及びDTI(以下「申立人ら」という。)は、株主間契約及び投資契約の違反を理由として、被申立人らに対してシンガポール国際仲裁センター(SIAC)における仲裁を申し立てた。また、申立人らは、その請求を追行するための資金を調達する目的で、訴訟資金提供事業者(以下「資金提供者」という。)との間で訴訟資金提供契約を締結した。訴訟資金提供契約に基づき、資金提供者は、資金提供した費用の総額の償還に加え、仲裁において申立人らに認められた金額を基準として算定される追加額の支払を受ける権利を有していた。
申立人らの請求は大部分が認められた。仲裁廷は、一部仲裁判断(Partial Award)を下し、第1被申立人に対し、申立人らが保有する株式を総額約1,470万米ドルで買い取るよう命じた。仲裁手続において全体として勝訴した申立人らは、弁護士費用及び実費に加え、約1,460万米ドルのTPFに係る費用(以下「TPF費用」という。)の回収を求めた。しかし、仲裁廷は、多数意見により、申立人らに弁護士費用を認めた一方、TPF費用の支払を命じる権限を有しないことを主な理由として、TPF費用の請求を棄却した(以下、この判断を「TPF判断」という。)。
TPF判断の結果、実質的には、申立人らが資金提供者にTPF費用を支払った場合、株式買取命令に基づき支払われる約1,470万米ドルのうち、申立人らが回収できる金額はほとんど残らないこととなった。
その後、申立人らは、TPF判断の取消しを求めてシンガポールの裁判所に申立てを行った(以下「本取消申立て」という。)。
本件の分析
申立人らは、TPF判断について、UNCITRAL国際商事仲裁モデル法(以下「モデル法」という。)に基づき、以下の2つの独立した取消事由により取り消されるべきであると主張した。
-
第1に、申立人らは、TPF判断が、モデル法第34条第2項(b)(ii)にいうシンガポールの公序に反すると主張した。申立人らによれば、ここで問題となる公序は、「資力に乏しいものの、正当な請求権を有し、救済を受けるに値する当事者の司法へのアクセスを確保すること」であった。TPF費用を回収することができなければ、資力に乏しい当事者がTPFを利用して自己の権利を実現する途を閉ざされるおそれがあるため、TPF判断はかかる公序を損なうものであると主張した。
-
第2に、申立人らは、仲裁廷の多数意見がTPF判断に至るに際して採用した手続が、モデル法第34条第2項(a)(iv)にいう当事者間の合意に従ったものではなかったと主張した。申立人らによれば、2016年SIAC仲裁規則は、当事者間で合意された仲裁手続の一部を構成している。そして、同規則第37条は仲裁廷に対し、「一方当事者の弁護士費用その他の費用の全部又は一部を他方当事者が支払う」よう命じる権限を付与しており、これらの費用にTPF費用も含まれると申立人らは主張した。したがって、申立人らによれば、多数意見がTPF費用の支払を命じなかったことは、当事者間の合意からの逸脱に当たる。
SICCは、本取消申立てを棄却し、TPF判断を維持した。
公序に関する争点
SICCが判断すべき事項は、(i)申立人らが主張する公序が存在するか、及び、(ii)かかる公序が存在するとした場合、TPF判断を維持することが「良心に衝撃を与える(shocking the conscience)」、「法廷地における道徳及び正義に関する最も基本的な観念に反する(violating the forum’s most basic notions of morality and justice)」又は「公共の利益を明らかに害する(clearly injurious to the public good)」といえるほど大きく公序に反するか、という点であった。これらは、モデル法第34条第2項(b)(ii)に関する判例上確立された基準である。
SICCは、申立人らが主張する公序について、その範囲が狭すぎるとして主張を退けた。SICCは、コモン・ローにおける「公序」の「公(public)」とは、公衆全体とまではいわないとしても、少なくともその相当部分に関わる原則を指すものであると強調した。これに対し、TPF費用の回収を求める、資力に乏しいものの救済を受けるに値する仲裁当事者という類型は、あまりに限定的かつ具体的であり、その性質上、適切に「公(public)」に関するものと位置付けることはできないと判断した。
さらに、SICCは以下の理由からいずれにしても公序との抵触はないと判断した。
-
2017年改正はTPFを合法化したものの、TPF費用が敗訴当事者から一般的に回収可能であることまで示すものではない。
-
司法へのアクセスという考え方は、実際に生じた弁護士費用の全額を回収することができないこととも両立するものであり、実際に生じた費用の全額を回収できないことは、仲裁手続においても一般的に生じることである。
-
司法へのアクセスを検討するに当たっては、請求を受ける側も含めた双方の当事者の利益を考慮する必要がある。すなわち、申立人らの主張を採用した場合、TPFによる資金提供を受けた資力に乏しい請求者から訴えを提起された被告は、より高額の費用を負担するリスクにさらされることになる。これは、請求者の資力不足について被告には何ら責任がない場合であっても同様である。
-
SICCにおける費用制度の下ではTPF費用の回収が禁止されているという事実に照らせば、敗訴当事者からTPF費用を回収することができないことが、良心に衝撃を与え、シンガポールにおける道徳及び正義に関する最も基本的な観念に反し、又は公共の利益を害するものであるとは到底いえない。
仲裁手続に関する争点
SICCは、申立人らの主張を退け、その理由を以下のとおり示した。
-
モデル法第34条第2項(a)(iv)は、仲裁手続を実施するために当事者間で合意された手続規則に違反があった場合(例えば、書面提出に関する期限や要件等)に適用されるものである。2016年SIAC仲裁規則第37条は、その性質上、手続に関する規定ではない。同条は、仲裁廷に費用の負担について判断する権限を付与する規定であって、仲裁廷がかかる判断を行うに当たり、手続上どのように行動すべきかを定める規定ではない。したがって、TPF判断は手続上の事項に関する判断ではなく実体的な判断であり、モデル法第34条第2項(a)(iv)の適用範囲外であると判断された。
-
仮に2016年SIAC仲裁規則第37条が手続に関する規定であるとしても、同条が適用されるか、また、同条により何が要求され、又は何が認められているかを判断するのは仲裁廷であり、これには、同条がTPF費用の支払を命じる権限を仲裁廷に付与しているか否かを判断することも含まれる。TPF判断は本案に関する判断であるため、SICCによる審査の対象とはならないと判断された。
終わりに
DTH v DTF判決は、シンガポールを仲裁地とする仲裁において、勝訴当事者であってもTPF費用の回収が保証されるものではないことを改めて認識させるものである。TPFによる資金提供を受けた申立人が仲裁で勝訴しても、TPF費用が仲裁判断により認められた金額と同程度かそれを上回る場合には、勝訴したにもかかわらず最終的な回収額が減少しかねない。
本件が示すように、TPFの利用を検討する当事者においては、かかる資金提供の仕組みがもたらす法的及び商業的な影響を慎重に検討するとともに、全体的な法的戦略の中にTPF費用を回収できないリスクを適切に織り込むことが重要である。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
全文ダウンロード(PDF)
Legal Lounge
会員登録のご案内
ホットなトピックスやウェビナーのアーカイブはこちらよりご覧いただけます。
最新情報をリリースしましたらすぐにメールでお届けします。
会員登録はこちら