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改正下請法(取適法)を読み解く:法務・調達実務の最前線


座談会メンバー

パートナー

服部 薫

独占禁止法/競争法、下請法等の経済法について、M&Aや業務提携契約等の取引関係、違反被疑事件その他の調査案件対応、契約条項に関するアドバイスなど、豊富な経験に基づき幅広く対応している。また、各国通商関連措置、経済安全保障等にも知見が深い。

パートナー

井本 吉俊

企業結合規制・業務提携、カルテルや不公正な取引方法の違反被疑事件や申告事案に加え、価格転嫁拒否の事実上の取締りに端を発する公取委・中企庁の調査対応にも深い知見を有している。New York/Brusselsでも執務経験を有し、大小問わず数多くの国際案件も取り扱っている。

パートナー

伊藤 伸明

M&Aにおける企業結合審査対応、カルテル等の独占禁止法違反被疑事件、下請法違反被疑事件など、独占禁止法や下請法に関する案件を中心に取り扱う。Ashurstロンドンオフィスの競争法グループ、公正取引委員会の企業結合課にて執務した経験を有する。

顧問

山田 弘

30年以上にわたって公正取引委員会に在籍し、独占禁止法違反事件や企業結合事案の調査を数多く指揮したほか、優越的地位濫用規制に係る政策の立案及び運用にも携わった。当事務所では、こうした経験を基に、実務上の観点から業務をサポートしている。

服部

急ピッチで進んできた改正下請法、あらため取引適正化法(取適法)ですが、2025年10月にパブコメ回答も出そろい、かなり全容が見えてきた状況になりますね。改正内容はかなり多いですが、実務家目線から気になるところについて話し合ってみましょう。やはり大きいところとしては、①資本金基準に加えての従業員基準の導入、②新たな取引類型としての特定運送委託、③新たな禁止行為としての適切な協議を経ない価格決定、そして④実際の執行体制といったあたりが気になりますね。
CHAPTER
01

従業員基準の導入

服部

「従業員基準」の導入により、適用対象となる事業者が大きく拡大すると考えられますが、改正の経緯を教えてください。

伊藤

これまでの下請法は、資本金基準で適用対象となる事業者の範囲を判断していましたが、親事業者が意図的に減資をしたり、取引先に増資を求めたりすることで適用を免れる事例が指摘されていました。この制度の抜け道を塞ぐために、資本金に加えて従業員規模を基準に加えることで、より実態に即した取適法の適用が期待されています。

井本

「資本金基準」と「従業員基準」のどちらか一方を満たせば、取適法が適用されることになるので、資本金が巨額であるものの従業員数300人以下の企業に対する製造委託等にも取適法の適用があり得るなど、中小受託事業者の利益保護という目的とは必ずしも整合しないケースも出てきそうですね。

伊藤

そう思います。また、例えば、資本金5億円・従業員250人の会社が、資本金500万円・従業員350人の会社と相互に製造委託を行う場合には、双方の製造委託取引について、取適法の対象になるという少し奇妙な状況も生じるので注意が必要です。

服部

「従業員基準」は「常時使用する従業員の数」を基準に判断されることになりますが、具体的な算定方法を説明していただけますか。

伊藤

まず、従業員基準を満たすかは、見積時点や実際に委託作業を行う時点ではなく、製造委託等をした時点の従業員数で判断されます。また、「常時使用する従業員」とは1ヶ月以内の日雇い労働者を除く労働者を広く含むため、一般的には、パートタイム、アルバイト、契約社員、出向者等も含まれます。

山田

製造委託等をした時点の従業員数で判断されるという点について、取引先に対する発注の前日に取引先の従業員数が300人以下になった場合でも、必ずしも急に取適法が適用されるわけではない、という点も重要ですよね。

伊藤

はい、常時使用する従業員の数は、賃金台帳の調製対象となる対象労働者の数によって算定されます。公取委のパブコメ回答では、前々月に賃金が支払われた対象労働者について前月の末日までに賃金台帳が調製されてその数が把握可能となっているときは、前々月の労働者数をもって、当月中にされる製造委託等に係る「常時使用する従業員の数」とするものとされています。このような調製のサイクルを前提とすると、発注前日に取引先の従業員数に大きな変動があったとしても、当月の「常時使用する従業員の数」には影響しないことになります。足元の実際の従業員数と「賃金台帳の調製対象となる対象労働者の数」には差が生じる可能性があるので、注意が必要です。

服部

今後は取引先の従業員数をきちんと把握することが重要になりますね。実務的にはどのような対応が考えられるでしょうか。もし取引先から正確な従業員数を教えてもらえなかった場合には、取適法違反になってしまうのでしょうか。

伊藤

従業員数は外部からは分からないことが多いので、取引先に確認する仕組みを整える必要があります。取引先の数に応じて、現実的な対応方針を検討する必要がありますが、典型的には、基本契約の締結時に従業員数を申告させ、変更時には通知を義務付ける運用が考えられます。また、見積書の返送時に従業員基準の該当性を確認してもらうのがよいと考えられます。公取委のパブコメ回答では、取引先から誤った回答を得ていた場合、必要に応じて指導及び助言がなされ得るものの、直ちに勧告対象にはならないとされていますので、委託事業者側の企業としては、確認体制の整備と確認記録の保存が重要となります。
CHAPTER
02

特定運送委託

服部

次に、取適法で追加された「特定運送委託」について、検討しましょう。下請法でも、取適法でも、「役務提供委託」という類型があるにもかかわらず、取適法では、さらに「特定運送委託」を規制取引類型として追加しています。運送も役務ですが、「役務提供委託」だけでは対応できない理由を説明いただけますか。

井本

「役務提供委託」は、委託事業者が他者に提供する役務の全部又は一部を第三者に委託する場合に限定されていて、委託事業者が顧客向けではなく委託事業者自身のために行うべき役務を第三者に委託しても「役務提供委託」には該当しないとされています。運送に引き直すと、貨物となる物品の引渡しが客先渡しの条件となっていれば、製造工場から客先(納入場所)までの物品の運送は委託事業者がまだ所有権を持っている物品の運送であって自ら用いる役務ということになり、この運送を第三者に委託しても「役務提供委託」ではないということになります。他方で、貨物となる物品の引渡しが製造工場渡しの条件となっていれば、発荷主として製造工場から客先までの運送を客先のために行う(他者に提供する役務)こととなりますので、その運送を第三者に委託すれば「役務提供委託」になります。

伊藤

第三者の運送事業者の立場からすると、自分とは関係のない荷主と客先間の契約内容次第で下請法の保護があるか否かの結論が全く異なることになりますが、どちらも保護してほしいですよね。

服部

その通りです。物流、運送事業者保護という観点で、取適法では、「役務提供委託」に加えて「特定運送委託」も新たに規制対象に追加したといえます。特定運送委託、すなわち、業として行う販売等の目的物である物品の販売等における相手方に対する運送の委託であれば、その運送が自己の役務であっても特定運送委託として取適法の保護が及ぶので、運送の委託に関しては、取適法により、適用範囲が拡大されたといえます。

山田

下請法の適用のない運送委託については、これまでも、いわゆる物流特殊指定でカバーされていましたが、取適法施行後も物流特殊指定は存続するようですので、両者の間には重複する部分が出てくることになりますね。

服部

おっしゃるとおり、取適法の適用のない運送委託については、物流特殊指定に基づいて濫用的な行為が規制されることになります。実際に、最近でも、物流事業者に積込み等を無償で行わせた疑いがあるとして、荷主に対して公取委が警告を出した事例もあります。ただ物流特殊指定は実質的には優越的地位濫用規制と同様なので取適法のようなこまごまとした義務があるわけではありません。取適法で何が変わるのかといえば、特定運送委託については60日以内の支払期日を定める義務が明確に定められ、また取適法4条に基づき運送役務内容のさらなる明確化が図られたことは、意義があると思います。

井本

販売、製造請負、修理請負、情報成果物作成請負の対象物品ではない物品の運送の委託は「特定運送委託」には該当しないため、役務提供委託にも該当しなければ、引き続き、物流特殊指定で対応することになりますね。

伊藤

運送事業者の保護という観点では、最近問題となっているものとして、貨物の受け渡し時における待ち時間や、運送業務に付随する荷積み、荷下ろし、倉庫内作業等がありますが、これらは、本体部分の運送業務が特定運送委託に該当する場合には、取適法でも規制されることになりそうです。

井本

運送業務に付随する役務については、取適法に関する運用基準では、特定運送には含まれない異なる役務であって、それを無償で提供させることは不当な経済上の利益の提供要請になるとしています。

服部

今後は取適法の観点からも、運送委託契約の中で、そのような付随作業に対する対価について定めることが必要になりそうです。また、運送委託費を決定する際に、この程度の量・質の積み荷作業が付随することを前提として金額に合意し、契約上を付随作業込み金額のみを規定しつつ一定の付随作業を含む旨を記載しておくという方法も、実態としては付随作業を無償で提供させるものではないので取適法との関係では問題ないように思いますが、貨物自動車運送事業法等、他の規制法令もあるので、基本的には、それぞれ別に定めておくのがよいのでしょうね。

山田

先ほど話が出た待ち時間について、運用基準では、荷主都合で長時間待機させ、その費用を負担しないことは、取引の実態によっては、不当な給付内容の変更に該当し得るため、取適法が適用されるとあります。そのあたりは、実務的観点からみてどうなのでしょうか。

伊藤

発荷主側の都合で長時間待機させた場合に、取適法上問題となり得るという考え方には、大きな違和感はありません。もっとも、着荷主側の都合で待機時間が長くなるケースもあると思われます。一般論としては、こうしたケースでも運送事業者は保護されるべきと思う反面、取引関係にあるのは、発荷主と運送事業者ですから、着荷主が待たせたことが発荷主による不当な契約の変更とみるのは、難しいように思います。また、発荷主としてコントロールの難しい着荷主側の事情により、発荷主が責任を問われる可能性があるというのは、妥当ではないようにも思います。

服部

そのような考え方もあり得ますが、発荷主と運送事業者との契約が相手方への引渡しまでの拘束と考えれば、着荷主側での待機についても、発荷主にとっては不合理かもしれませんが、発荷主側に取適法違反を問題とする余地はあるように思います。この場合、給付内容の不当な変更ではなく、その点を考慮しない対価の設定としての買いたたきの方が当てはめやすいようにも思います。取適法は、特定受託事業者である運送事業者の保護により重きをおいていますので、待ち時間の負担を運送事業者側にもたせるか、荷主側にもたせるかといえば、一般的に力の強い荷主側にもたせ、発荷主と着荷主の負担は取適法の外で荷主間で調整すべきものという考え方は、取適法にはなじむように感じます。この点が発荷主にとって現実的なリスクになるかどうかは、今後の運用を注視する必要がありますが、発荷主としては、着荷主側の待機についても、他人事ではないという意識を持っておいた方がよいとは思います。
CHAPTER
03

買いたたき規制、不十分な協議のもとでの価格決定禁止、価格転嫁拒否の関係

服部

取適法の施行後、調達現場では、価格交渉にあたってどう動かなければならないのでしょうか。

井本

価格転嫁拒否の防止、今回入った適切な協議に基づく価格決定、買いたたきに関する禁止事項をシームレスに守っていくことが必要になります。また、こうした価格交渉の開始から協議結果に至るまでの経過について、しっかり書面・電子メール等の記録を作成・保存しておくことが、今まで以上に重要性を増したと言えるでしょう。

伊藤

価格転嫁拒否の防止、今回入った適切な協議に基づく価格決定、買いたたきに関する禁止事項をシームレスに守っていく、という点についてもう少し詳しくご説明いただけますか。

井本

価格転嫁拒否の第一類型(注:労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと。)に該当しないように、コストアップ環境下では協議の水向けを発注者側から積極的に行うというのが入り口になります。そして、入り口に入った後の実際の協議においては、2024年5月に改訂された買いたたき禁止に関する下請法運用基準が効いてきます。つまり、コストアップ環境下では、価格を据置きにしただけでも買いたたきに該当してしまうおそれがあるという改訂がされており、コストアップを見据えた価格の設定を行う必要があることになります。また、今回の改正で入った適切な協議のもとでの価格決定に関する義務を果たすためには、実際の協議の中で、コストアップ等を見据えた価格協議というプロセスをしっかり確保し、協議のエビデンスを残し、価格決定に至るまで取引先への丁寧な説明を尽くすという手続を踏むことが重要になります。

山田

価格転嫁拒否の第一類型と今回の改正で入った適切な協議の関係がわかりにくいですね。執行当局の発想としては、協議プロセスを設定するまでのステージは主として価格転嫁拒否で、協議プロセスに入ってからは主として取適法で、というように、場面ごとに使い分けるという整理になるのかもしれません。

井本

はい、今回の適切な協議プロセスの確保については、サプライヤー側から協議を求められた場合の条文ですので、価格転嫁拒否の第一類型、つまりコストアップ環境下でサプライヤーが何も言ってこなかったので明示的な価格協議なく価格を据え置いてしまった、というものとは場面設定が違います。したがって、サプライヤーが何も言ってこない場合にも協議の水向けをすることが必要になる価格転嫁拒否の第一類型の独自の意義は、今回の適切な協議に関する義務が導入された後も残るわけです。

服部

価格転嫁拒否の第二類型(注:労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストが上昇したため、下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず、価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で下請事業者に回答することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと。)と今回の改正で入った適切な協議の関係はどうなりますか。

井本

結論からいえば、重要な違いがいくつかあります。
まず、価格転嫁拒否は第一類型、第二類型ともに労務費、原材料、エネルギーなどのコストアップが念頭におかれていますが、今回の改正の適切な協議の条文ではこういったコストアップの環境下に限らず、「中小受託事業者の給付に関する費用の変動その他の事情が生じた場合において」となっていて、間口がより広くなっています。納期短縮、納入頻度増加、発注数量減少といったサプライヤー側のコストの増減にもう少し間接的に関わってくる事情も、この「給付に関する費用の変動その他の事情」に入ってくるのが最初の注意ポイントです。
そして何より重要なのが、第二類型では価格据置きの場合に限定されていましたが、今回の適切な協議の場合には価格据置きの場合に限定されていない点です。発注者側はかなりの痛み分けをして値上げ要請の大半を飲んだつもりでも適切な協議というプロセスが尽くされていなければ、買いたたき禁止にはならなくとも、この適切な協議の条文の違反になってしまいます。公取委のパブコメ回答でも、適切な協議というプロセスを守っていない場合には、コスト上昇分に十分見合うような引上げであって、中小受託事業者側の申し入れた引上げ額を上回るようなものにするといった例外的な場合でない限り、協議に応じない一方的な代金決定に当たるという考え方が示されています。

山田

委託事業者側からすれば、中小受託者側からの協議要請に対しどこまで適切に対応するかということは、相当大きな問題だと思われます。

井本

この適切な協議の義務は、サプライヤー側からの価格協議要請により発動される建て付けになっていますが、サプライヤーからの協議の要請は書面でも口頭でもよく、協議要請という言い方がされていなくとも、単価を値上げした見積書を送付してくるだけでも価格協議要請があったと見られることになる点は要注意です。また、サプライヤーが協議を求めたのに協議を拒否することは勿論、無用に協議実施を先延ばしにしたり、形だけの協議で不十分な情報提供のみで済ませたりすることもこの義務の違反になります。
CHAPTER
04

今後の執行体制や執行方針について

服部

これまで下請法は主として公取委と中企庁によって運用されてきたわけですが、取適法の下では、各事業所管省庁も大きな役割を果たすようになりました。このあたりの経緯について簡単に説明していただけますか。

山田

まず、2024年3月、自民党の政務調査会から当時の岸田総理に対して行われた提言の中に、「下請法の執行強化・面的な執行」という項目が設けられ、そこに、「公正取引委員会による取り組みにとどまらず、各省庁のリソースとも連携した『面的な執行』を図っていくことが重要である」という一文が入りました。これを受けて、2024年6月に閣議決定が行われた「骨太方針2024」及び「成長戦略2024年改訂版」には、いずれも、下請法の改正のほか、事業所管省庁と連携した、面的な執行による下請法の運用強化ということが盛り込まれました。今回の下請法改正では、こうした流れの中で、公取委や中企庁だけでなく、各事業を所管する省庁も、取適法の執行官庁として、指導及び助言を行えるようになったのです。

井本

事業所管省庁も取適法を執行できるようになったということは、例えば、委託事業者が規制業種として規制を受けているような場合に、今度は取適法違反のおそれありとの指摘を受けるようになるということでしょうか。ただでさえ規制業種では所管省庁の目が恐いのに、それに加えて取適法で取締りを受けるおそれがあるというのは、企業にとってはかなり気が重いだろうという気がします。

伊藤

自社が規制を受けている場合だけでなく、委託取引の相手が規制業種の場合は、委託取引先の所管省庁も出てきて取適法で取締りを受けることになってしまう訳ですからね。

山田

取締りの内容ですが、実は、改正前の下請法の下でも事業所管省庁が立入検査を行ったり報告を求めたりすることは可能だったのです。下請法、取適法を問わず、公取委は、立入検査や報告徴求等により調査を行うこと及び違反事実があると認めたときは「勧告」を行うことができますが、この勧告権限は、公取委にしか与えられていません。他方、中企庁は、違反事実の有無について調査した結果、違反事実があると認めたときは、公取委に対し適当な措置を採るよう求めるための「措置請求」を行うことができます。さらに、下請事業者の利益を保護するため特に必要があるときは、公取委と同様に、立入検査を行ったり報告を求めたりすることもできます。そして、経済産業省本省や国土交通省、農林水産省などの各事業所管官庁についても、こういった中企庁の行う調査に協力するために必要があるときは、それぞれが所管する事業を営む親事業者に対し、立入検査などを行うことができるとされていたのです。こうした枠組みは、そのまま取適法に引き継がれています。

伊藤

そうだとすると、今回の改正で、各事業所管省庁が指導・助言の権限を持つということには、どのようなインパクトがありそうでしょうか。

山田

勧告を行うには至らないような比較的軽微な違反について、公取委及び中企庁では、親事業者に対し迅速に改善措置を講じるよう求めるなどの指導を行い、それによって法執行の実効性を高めるという運用を行っており、実際、公取委における下請法の運用状況についてみると、勧告よりも指導によって処理される事件の数の方が圧倒的に多いというのが実情です。ただ、公取委及び中企庁が行ってきた指導は、実は、下請法上は根拠のないものでした。このため、取適法では、公取委及び中企庁が行ってきた指導に法的根拠を与えるとともに、各事業所管省庁にも指導及びそれに準じるものとして助言を行うことができるようにしたものだと捉えています。取適法では、公取委、中企庁及び各事業所管省庁の間で違反行為に関する情報を共有したり、公取委が関係省庁に対して情報提供を求めたりするような枠組みも法律上明確にされましたから、今後は、比較的軽微な違反について、各事業所管省庁においても、指導や助言という形で処理されるようになるかもしれません。その結果、例えば、大規模小売業者がPB商品として酒類、食品、雑貨などについてメーカーに製造を委託したり、商品の配送を運送業者に委託したりしているような場合に、国税庁、農水省、厚労省、経産省本省、国交省など、様々な省庁から取適法違反を理由として調査を受けるような場面が出てくることも考えられます。とはいえ、これまで下請法を運用したことのない事業所管省庁が、公取委や中企庁と同じように違反事件の調査をいきなりやれるようになるとも思えません。ですから、事業所管省庁が違反行為を見つけて適切に処理できるようになるには、それなりに準備が必要になるのではないかと思っています。

服部

取適法の施行に伴い、公取委の執行方針や体制にはどのような変化があるのでしょう。

山田

まだ施行されていない取適法の執行方針を現時点で予想することにはさすがに難しいものがありますが、それでも、ここ数年の勧告事件一覧を見ていると気がつくことがあります。例えば、2020年代に入るまで、公取委が勧告を行った事例は、わずかな例外を除き原状回復の額が1000万円を超えているか又は1000万円に近いものばかりでした。実際、返還額が1000万円を超えたら勧告公表、という相場観を持つ弁護士・実務家も多かったのではないかと思います。でも、ここ数年は、数百万円レベルでも勧告公表となる事案が出てきていますし、特に本局管内以外の地域では、その傾向が顕著に表れているように見えます。2026年度予算要求において、公取委は、取適法執行のための人員として、本局だけでなく、各地方事務所分としても30名以上の増員を要求しています。この予算要求がどこまで認められるのか分かりませんが、これを見ても、地方事務所管内における事件については積極的に取り上げていくんだという公取委の強い意志が感じられます。もう一つの傾向、これは体制の問題とは関係がありませんが、最近は金型や木型の取引に関する事案がかなり増えていることも挙げておきましょう。こうした流れは今後も続いていくのだろうと思っています。

井本

取適法と名前も似ている「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」、通称フリーランス法との関係や、価格転嫁政策との関係で何か留意すべき点はありますか。

山田

2024年11月に施行されたフリーランス法は、従業員を使用していない事業者との委託取引に限定して適用されるものですが、フリーランスを利用する会社としては、資本金や従業員の数が取適法の要件を満たしていないため、取適法でいうところの委託事業者には当たらない場合であっても、フリーランス法上の特定業務委託事業者に該当することがあるので、フリーランス法にも気をつけることが必要です。実際、公取委でフリーランス法の運用に当たっているフリーランス取引適正化室では、非常勤も含め数十名にも及ぶ職員が在籍していると言われています。そのあたりを見ても、フリーランス法の運用に対する公取委の積極的な姿勢がうかがわれるのではないでしょうか。
また、いわゆる価格転嫁政策についても、公取委は、転嫁円滑化対策調査室という部署に多くの調査官を配置し、サプライヤー側からの調査票の回収、川下の事業者の価格協議の有無や値上げの有無の実地調査を通じて、労務費、原材料価格等のコスト上昇分の適正な転嫁が行われるよう、目を光らせています。取適法は、あくまでも製造や役務についてのいくつかの委託取引を対象とするものですが、価格転嫁政策の方は、通常の売買取引も含まれるため、その対象取引は、取適法とは比べものにならないほど多種多様です。

伊藤

公取委は、不公正な取引方法の一つである優越的地位の濫用を梃子として、取適法やフリーランス法だけでなく多様な政策手段により、中小事業者に不当に不利益を与える行為の取締りを強化していくものと思われます。中企庁や経産省には、取適法はもちろんのこと、下請中小企業振興法(今後は受託中小企業振興法)やパートナーシップ構築宣言の推奨や賃上げ促進税制の資格要件といった別の方面からも政策の執行手段があります。各企業にとっては、ハードな執行、ソフトローとしての執行の双方にアンテナを張っておくことがより強く求められる時代になったと言えるのでしょう。

本座談会は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。

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