書籍
『2025年版 営業責任者 内部管理責任者 必携(会員・特別会員共通)』
日本証券業協会 (2025年9月)
梅澤拓、工藤靖、水越恭平、佐野惠哉(共著)
- 危機管理/リスクマネジメント/コンプライアンス
Publication
ニュースレター
トランプ政権下におけるFCPA執行ポリシー等の動向(2025年3月)
トランプ政権下での米国司法省の執行方針の公表(2025年6月)
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
2025年6月9日、米司法省(DOJ)のTodd Blanche副司法長官(Deputy Attorney General)が海外腐敗行為防止法(FCPA)の捜査および執行に関する新たなガイドライン(以下「本指針」)を発行しました。本指針は、2025年2月10日にドナルド・トランプ米大統領により署名された大統領令(“Pausing Foreign Corrupt Practices Act Enforcement to Further American Economic and National Security”)(以下「大統領令」)による要請を踏まえ、DOJにおける検討を経て発行されたものです※1。
本指針は、大統領令のみでは明確でなかった多くの疑問点※2に対応した内容となっており、FCPAの捜査や訴追について、(1)海外でビジネスを行う米国企業に対する負担を軽減し、(2)米国にとっての利益を直接に侵害するような行為を執行対象とすることで、FCPA事案の捜査および訴追が大統領令に沿って運用されることを確保することが企図されています。基本方針としては、現トランプ政権下でもFCPAの執行自体は継続されることを明確に示しながらも、他方で、その執行の重点は現政権の主要な関心分野(特に「米国の利益の擁護」に関わる問題)に置かれる旨も明確に示しています。
本指針によれば、贈賄が米国の利益に悪影響を及ぼす場合にFCPAの調査や執行措置の重点となり、具体的には、以下1で紹介する4つの考慮要素を挙げています((1)カルテルおよび国際犯罪組織(TCOs: Transnational Criminal Organizations)の全面的排除、(2)米国企業の公正な機会の保護、(3)米国の国家安全保障の推進、(4)重大な不正行為の捜査の優先)。加えて、FCPA事案の新たな捜査・訴追の開始には、副司法長官またはより上位の者による承認が必要とされています。
また、本指針は検察官に対し、企業に対して漠然と不正行為を帰属させるのではなく、個人が犯罪行為に関与した事件に注力するとの原則を確認し、調査を通じた付随的影響(執行による影響だけでなく、調査に伴うビジネスに対する支障や従業員に対する影響)を考慮することを求めています。
本指針は、検察官がFCPAの調査・執行を進めるか否かを評価する際に考慮すべき4つの考慮要素を示しています。これらの考慮要素は網羅的なものではありませんが、基本的には大統領令に沿う内容となっています。
本指針は、大統領令に従う形で、検察官に、自らの調査や執行がカルテルおよびTCOsの完全排除というトランプ政権の目標の推進に資するかどうかを考慮するよう求めています。具体的には、検察官は、疑われている不正行為が①カルテルやTCOsによる犯罪活動に関連しているか、②カルテルやTCOsのために資金洗浄を行う者やペーパーカンパニーを利用しているか、または③カルテルやTCOsから賄賂を受け取った国有企業の従業員やその他の外国公務員と関連しているかを評価することを要請されています。
従来の大統領令では明確でなかったものの、本指針で明示された上記②および③の視点は、日本企業にとっても十分に留意が必要です。例えば、健全な企業であっても、ビジネスパートナーがTCOs等に関係している場合のほか、贈賄先の外国公務員等がTCOsから賄賂を受けている者である場合、TCOs等のために資金洗浄を行う主体が関与している場合など、より広いケースで捜査・執行の標的とされる可能性があります。
米国企業の競争力も含め、米国ビジネスの経済的成長や海外拡大が米国の国家安全保障や経済的繁栄に不可欠であること、汚職行為はマーケットを歪め、法を守りながら競争をする競合他社(米国企業を含む)を経済的に不利な立場に追い込んでいる状況を踏まえ、執行活動にはこのような利益を保護することを求めています。本指針は、検察官に対し、疑われている不正行為が、特定かつ識別可能な米国企業から公正な競争機会を奪ったか、または、特定かつ識別可能な米国企業や個人に経済的損害をもたらしたか否かを考慮するよう指示しています※3。
従来の大統領令では、執行方針の中で、米国企業がどのように保護されるのか、あるいは、外国企業のみが優先的な執行対象とされるのか否かが不透明な面がありましたが、本指針は、特定個人や企業の国籍に基づいて執行対象とするのではなく、上記のような米国企業や国民の利益保護の観点から特に問題のある行為を特定するというアプローチを明確にしています。日本企業においても、国内・国外で米国企業が参加するような競争の場面での贈賄が問題となる場合、本指針の下、具体的な米国企業や米国民への損害が考慮され、捜査・執行対象となる可能性が高まる点には留意が必要です。
本指針が3番目に挙げている要素は、米国の国家安全保障の推進です。具体的には、防衛、インテリジェンス、重要インフラストラクチャーといった分野で汚職が発生した場合には、米国の国家安全保障上の利益が損なわれる可能性があると指摘しています。そのため、本指針は検察官に対して、FCPAの捜査・執行において、重要なインフラストラクチャーや資産に関係する贈賄によってもたらされる、米国の国家安全保障に対する緊急性の高い脅威に焦点を当てることを求めています。
最後の要素として、本指針は、米国の企業・国民が「他国での通常のビジネス慣行」に対して罰せられることのないようにFCPAの執行を行うよう指示し、FCPAが「政府の行動を促進または迅速化するための少額の支払い」、いわゆるSmall Facilitation Payment(SFP)を規制対象外としていることを強調しています。
海外でビジネスを展開する日本企業の中には、諸外国におけるSFPのリスク管理に悩んでいる企業も少なくないと思われます。この点、本指針により、SFPか否かが争われるような比較的少額の事案におけるFCPAの執行リスクは低くなることが予想されますが、その他にも考慮すべき規制があることには留意すべきです。例えば、英国の贈収賄禁止法(UKBA)に関しては、訴追するか否かの判断においてSFPが考慮され得るにとどまり、SFPを規制の対象外としているわけではありません。また、日本では、OECDからの勧告を受けて外国公務員贈賄防止指針が改訂され(2024年2月)、「SFPを原則禁止とする旨社内規程に明記することが望ましい」とされ、さらに、例外的にSFPが許容される場合についても、「生命、身体に対する現実の侵害を避けるため、他に現実的に取り得る手段がないためやむを得ず行う必要最低限の支払」であれば緊急避難として違法性が阻却され得るという基準が示されています。
また、本指針は、どのような事案に対する執行を優先するかについて、「特定の個人に結びついた強力な腐敗の意図が見られる疑わしい不正行為、例えば、多額の賄賂の支払い、賄賂の支払いに関する巧妙かつ洗練された隠蔽工作、賄賂の計画を進めるための詐欺行為、および司法を妨害する行為」に焦点を当てると述べています。
本指針は、米国司法省がFCPAの捜査および執行措置を行う際の考慮要素を網羅的に示したものではありません。検察官は、FCPAの執行に当たっても、他の事案と同様に、Justice Manualに記載された企業訴追の諸原則(Principles of Federal Prosecution of Business Organizations)に従い、犯罪の性質と重大性、訴追による抑止効果、企業のコンプライアンス・プログラムの実効性、自主的な報告の有無といった様々な要素を考慮することになります。
また、既に執行手続に入っている事案と、そうでない事案がある中で、米国司法省が状況を総合的に判断し、いずれの事案を継続または終了するかについて決定する裁量権を有していることも確認されています。
トランプ大統領は、贈収賄を含む犯罪行為に対するアプローチとして、米国の市民や企業を守るという観点を強調し、また、企業がプロアクティブに不正行為の予防、発見、調査、是正を行うインセンティブを強化しています(トランプ政権下での米国司法省の執行方針については、弊所のニュースレター※4等をご参照ください。)。流動性の高い環境において、日本企業を含む米国以外の企業に対する捜査や執行措置が今後どのように変化するか、具体的な運用も注視しつつ、必要な対策を講じておくことが望まれます。
※1
大統領令は、司法省に対し、FCPAに関する新たな調査・執行を180日間「一時停止」し、執行の優先順位を再評価するとともに、180日以内に新たなFCPAの調査・執行に関するガイドラインを発表することを指示していました。詳細はNO&T Compliance Legal Update危機管理・コンプライアンスニュースレターNo.103「トランプ政権下におけるFCPA執行ポリシー等の動向」(2025年3月)
※2
例えば、FCPAの今後の執行が外国企業のみに対して行われるのか、贈賄がカルテルや国際的犯罪組織に関与する場合に限定されるのかなど。
※3
加えて、外国恐喝防止法(Foreign Extortion Prevention Act(FEPA))に基づく賄賂の「需要側」に関する調査についても、本指針は、検察官に対して、米国企業が「外国公務員による賄賂の要求によって被害を受けたかどうか」を同様に考慮するよう求めています。
※4
NO&T Compliance Legal Update危機管理・コンプライアンスニュースレターNo.105「トランプ政権下での米国司法省の執行方針の公表」(2025年6月)
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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