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ニュースレター

デラウェア州M&A最新判例アップデート 2025年上半期編

著者等
大久保涼佐藤恭平山本ゆり(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T U.S. Law Update ~米国最新法律情報~ No.155(2025年12月)
関連情報

ニュースレター
デラウェア州M&A最新判例アップデート 2024年上半期編(2024年11月)
デラウェア州M&A最新判例アップデート 2024年下半期編(2025年4月)

業務分野
キーワード

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 本ニュースレターでは、2025年の上半期においてデラウェア州裁判所から出された米国M&A分野に関する重要判例のうち注目すべき3件を紹介する。1つ目の判例は、売主の表明保証違反を買主が知っていた場合の補償請求の帰趨(アンチ・サンドバッギングかプロ・サンドバッギングか)及び補償金額の算出方法としてトランザクション・マルチプルを使うことの可否、2つ目の判例は、補償請求のための手続規定を遵守しなかった場合の帰趨、3つ目の判例は、買収対象会社の経営陣・取締役による信認義務違反について買主に幇助が成立するかが問題になった。

I. In re Dura Medic Holdings, Inc., 333 A.3d 227 (Del. Ch. 2025)

1. 事案の概要

 本判決は、2018年6月に、プライベート・エクイティ・ファンドであるComvest Partners(以下「Comvest」という。)が、子会社を通じた逆三角合併によって耐久性医療機器(以下「本件医療機器」という。)を供給するDura Medic, Inc.(以下「Dura Medic」という。)を買収した取引(本Iにおいて以下「本件買収」という。)に関し、Dura Medicの表明保証違反に基づく損害賠償請求について判断したものである。事案の概要は次のとおりである。

 Dura Medicは、本件医療機器を病院に供給していたが、その代金については公的医療保険プログラムであるMedicareやMedicaid等に請求するいわゆるストック・アンド・ビル(stock-and-bill)方式を採用していた。Dura Medicは、かかる代金請求にあたり、実際よりも高い金額を請求したり、請求に必要な書類に多くの不備があったりしたことから、本件買収以前より、監査機関から複数回の監査を受けていた。また、本件買収後も、かかる代金請求事務の是正措置によるキャッシュフローの悪化やコロナ禍の影響を受けて、その業績は著しく低迷した。そのような中、買収者であるComvestは、本件買収のクロージング後、本件買収契約におけるDura Medicの表明保証に違反する事実を発見した。まず、Dura Medicは、本件買収前の一定期間、本件買収契約別紙において開示されているものを除き、同社の医療関連法令への重大な違反を主張するいかなる書面による通知も当局から受けていないことを表明保証していた(以下「法令遵守に関する表明保証」という。)にもかかわらず、同社は、対象となる期間において、本件医療機器の代金請求事務に関して上記の監査を受けていたことを別紙において開示していなかった。また、Dura Medicは、本件買収前の一定期間、同社に対して契約を解約又は縮小する意図を通知した重要な顧客は存在しないことを表明保証していた(以下「重要顧客に関する表明保証」という。)にもかかわらず、対象の期間において、重要な顧客2社がDura Medicとの契約関係を解消し、又はDura Medicとの取引を縮小することをそれぞれ通知していたことが発覚した。そこで、買収者であるComvestは、本件買収の買主となっていた買収目的会社及び買収後のDura Medic(以下総称して「本件買主」という。)を原告として、売主であるDura Medicの旧株主(以下「本件売主」という。)に対して、法令遵守に関する表明保証及び重要顧客に関する表明保証の違反に基づく補償を求めて提訴した※1

2. 争点と裁判所の判断

(1) 法令遵守に関する表明保証違反

 本件買主の法令遵守に関する表明保証違反の主張に対し、本件売主は、監査については、本件買収契約において開示していなかったものの、本件買収前の会議の場で本件買主に伝えていたことから、監査の存在を認識していた本件買主は、監査に関して法令遵守に関する表明保証違反を主張することはできないと反論した。これは、M&Aにおいて買主がクロージング前に表明保証に反する事実を認識していた場合には、買主は当該表明保証違反を主張することができないといういわゆるアンチ・サンドバッギング(anti-sandbagging)の主張である。

 これに対し、本判決は、M&Aにおける表明保証は、リスク分担の機能を有しており、売主は、ある事項に関して契約上表明保証をすることで当該表明保証に違反があった場合のリスクを負担するのであって、買主が売主の言葉を信頼したことは不合理であると主張する立場にはない、と判示した。その上で、本件買主による法令遵守に関する表明保証違反の主張を認めた※2。これは、M&Aにおいて買主がクロージング前に表明保証に反する事実を認識していたとしても、買主は当該表明保証違反を主張することができるといういわゆるプロ・サンドバッギング(pro-sandbagging)の立場である。

(2) 重要顧客に関する表明保証違反

 本件買主は、重要顧客に関する表明保証違反に基づく損害として、同違反に基づき失った収益に、本件買主が本件買収の買収価格を算出する際に用いたEBITDA倍率(トランザクション・マルチプル)をかけた金額を請求した。本件買収契約は、Dura Medicによる表明保証に違反があった場合の補償額を、収益、売上高又はその他の指標の倍率に基づいて計算することを許容していたが、いかなる場合に倍数を用いて損害額を計算することができるのかについては定めていなかった。そこで、本件売主は、重要な顧客2社を失ったことによって恒久的にDura Medicが毀損された訳ではないし、本件買主は新規顧客の開拓によって損害を低減することを怠ったから、重要顧客に関する表明保証違反に基づく損害額の計算に倍率を用いることは許されないと反論した。

 この点について、本判決は、契約書に定めのない事項についてはコモン・ローを参照しなければならないと述べた上で、コモン・ローにおいて、契約当事者は、倍率を用いたマーケット・アプローチによって価格が設定された場合には、当該倍率に基づく合理的な期待利益を回復することができると判示した。そして、本件買収において、本件買主は、Dura MedicのEBITDAに6.7797をかけて買収価格を算出したことが認められるため、重要顧客に関する表明保証違反に基づく損害額の計算においても、同倍率(6.7797)を用いることが許されることを示した。また、ある表明保証の違反による事業価値の毀損を倍率を適用して算出するべきか否かについては、当該表明保証違反が将来の収益期間に及ぼす影響の程度に応じて判断され、本件においては、顧客2社を失ったことによってDura Medicは当該2社から将来売上を得ることができなくなったのであり、かかる損害は新規顧客の獲得によっては低減されるものではないとして、本件売主の反論を退けた。

3. 本判決のポイント

  • 買収契約に明示的なプロ・サンドバッギング条項又はアンチ・サンドバッギング条項がない場合に、表明保証違反に基づく補償請求において違反を主張する側(買主)の違反に関するクロージング前の主観を考慮してよいかについては、州によって立場が分かれている※3。デラウェア州の裁判所は従前からプロ・サンドバッギングの立場を取っていた※4が、本判決は、デラウェア州はプロ・サンドバッギングの立場であることを再確認した。M&Aの売主側としては、デラウェア州裁判所のプロ・サンドバッギングの判断を避けるためには、M&A契約にアンチ・サンドバッギング条項を明示的に定める必要がある。
  • 本判決は、買収価格の算定にEBITDA倍率等のトランザクション・マルチプルが使用されたM&Aにおいて、その契約上、いかなる場合に表明保証違反に基づく補償額の算定においてトランザクション・マルチプルを用いることができるかが明らかではない場合に、同じマルチプルを用いて算出した金額の補償を買主に認めたものである。そのため、表明保証違反に基づく補償額の算定においてトランザクション・マルチプルの適用を望む買主は、買収契約において、トランザクション・マルチプルを用いた損害額の計算を許容する規定を明示的におくとともに、実際に用いたトランザクション・マルチプルの数値についての証拠(例えば、取締役会や投資委員会における資料等)を保存しておくことが望ましい。他方で、トランザクション・マルチプルの適用を望まない売主としては、買収契約上トランザクション・マルチプルの適用を除外したり適用場面を制限したりする工夫を行う必要があろう。

II. Thompson Street Capital Partners IV, L.P. v. Sonova U.S. Hearing Instruments LLC, A.3d 1151 (Del. 2025)

1. 事案の概要

 本判決は、合併による買収の買主による表明保証違反に基づく補償請求に関し、合併契約及び関連するエスクロー契約における補償請求のための通知手続きについて定めた条項の解釈、具体的には同条項が停止条件を定めたものであるか、定めたものである場合に停止条件不成就の効果として失権(forfeiture)が生じるかが問題となった事案である。経緯は以下のとおりである。

 2022年1月、Sonova United States Hearing Instruments, LLC(以下「Sonova」という。)及びThompson Street Capital Partners IV, L.P.(以下「Thompson」という。)は、SonovaがThompsonが関連会社を通じて行っている聴覚医療事業を取得するため、合併契約(以下「本件合併契約」という。)を締結した。本件合併契約第9.3.2条※5は、Sonova※6がThompson※7に対して補償請求を行う場合の手続きとして、次の内容を定めていた(同条が定める通知の要件を以下「本件通知要件」という。)。

買主側補償受領者による本第9条に基づく損害についての請求(以下「本請求」という)は、売主側代表者に対し、合理的に速やかに書面による通知をもって主張されるものとし、かかる通知は、いかなる場合でも、当該かかる請求の原因を買主側補償受領者が実際に認識した日から30日以内になされるものとする。ただし、買主側補償受領者が売主側代表者への通知を遅延させた場合であっても、当該遅延が合併当事者に現実かつ重大な不利益をもたらす場合を除き、合併当事者は本第9条に基づく義務を免れるものではない。買主側補償受領者によるかかる通知は、本請求の内容を合理的な詳細さをもって記述し、本件合併契約に基づく請求の根拠を合理的な具体性をもって記載し、当該本請求に関する入手可能な全ての重要な書面による証拠の写しを添付し、かつ実務上合理的に可能な場合には、買主側補償受領者が被った又は被る可能性のある損害の推定額を示すものとする。買主側補償受領者は、買主が当該本請求について第9.3条に従って本請求期限日までに書面で売主側代表者に通知しない限り、第9.2条に基づくいかなる金額を回収する権利も有さない。(以下、第9.3.2条の最後の一文を「本件失権条項」という。)

 また、本件合併契約には、いわゆる統合条項(Integration Clause)が含まれており、同条項によって本件合併契約及びエスクロー契約(以下「本件エスクロー契約」という。)は一体の契約を構成するものとされていた。本件エスクロー契約は、合併当事者のために補償請求エスクロー(the Indemnity Escrow)を設定しており、同契約第3(a)(ii)条※8は、買主(Sonova)が、本件合併契約第9条に基づき、補償請求エスクローの資金から支払いを受ける権利を有すると判断した場合には、(補償請求エスクローが期限を迎えて、同エスクローの資金がリリースされないようにするため)当該権利に関する書面による通知をエスクロー代理人に送付するとともに、同時に売主側代表者(Thompson)にもその写しを送付することができると定めていた。また、同条は、かかる通知の内容について、本件合併契約の要件を遵守していることを求めていたが、遵守すべき要件として本件通知要件を具体的に明示することはしていなかった。

 本件合併の完了後の2023年、Sonovaは、買収対象事業における不適切な請求慣行によって損害が生じたと主張して、Thompson及びエスクロー代理人に対して、本件合併契約第9.3.2条に基づく通知及び本件エスクロー契約第3(a)(ii)条に基づく通知を兼ねた通知を送付した(以下「本件通知」という。)。本件通知は、Sonovaのかかる主張を裏付ける書面による証拠の写しの添付を欠き、また、Thompsonによれば、Sonovaがかかる損害に基づく請求を認識してから30日を大幅に経過していた。そこで、Thompsonは、本件通知が契約上の要件を満たしておらず、補償請求エスクローの資金を引き出す根拠とはならないことの宣言判決を求めてSonovaを提訴した。Thompsonは、(i)本件通知要件が充足されていないことから、本件失権条項に基づき、Sonovaは本件合併契約第9.2条に基づく補償請求権を有しておらず、また、(ii)本件合併契約は、所定の例外を除き、補償請求エスクローがSonovaの同契約に基づく損害の救済のための唯一の資金源であると定めていることから、Sonovaはかかる補償を請求することができないと主張した。

2. 争点と裁判所の判断

(1) 争点1:本件失権条項は停止条件を定めたものか

 まず、本件失権条項は停止条件を定めたものかが争点となった。すなわち、本件失権条項が、買主(Sonova)が本件合併契約第9.3条に従った通知を行うことを停止条件として、買主補償対象者(Sonova)に補償請求権を生じさせるものであるならば、本件通知が同条を遵守していないためにかかる停止条件は成就しておらず、Sonovaは補償請求権をそもそも有さないことになる。

 この点について、本判決は、本件合併契約の統合条項に基づき、本件合併契約及び本件エスクロー契約は一つの契約として解釈されるべきであり、その際には、契約はいかなる条項も無意味なものとならないように解釈されるべきであるという契約解釈の一般原則に従う必要があると述べた上で、仮にSonovaが本件通知に関して本件エスクロー契約第3(a)(ii)条のみを遵守すれば足り、本件合併契約第9.3条を遵守する必要はないと解釈したならば、本件合併契約が定める本件通知要件は無意味になることから、Sonovaは同条が定める本件通知要件をも遵守する必要があることを示した。

 そして、本判決は、停止条件は明確かつ曖昧なところなく定めなければならず、停止条件を定めたものであるかどうかは、契約における権利又は義務を制限したり修正したりする条件付き文言の存在の有無によって決定されるとした。また、停止条件が成就しなかった場合には、失権(forfeiture)(義務の不履行や条件の不成就の結果として権利や財産を失うこと)が起こりうるところ、コモン・ローにおいて一般的に失権は好ましいものとは考えられていないため、デラウェア州は当事者の契約の自由を尊重する契約主義の州であるとはいえ、失権を定める場合には明確にその要件を定めることを要し、これが曖昧な場合には失権を回避するように契約は解釈されると述べた。この点、本件失権条項は、買主側補償受領者が本件合併契約第9.2条に基づく権利を失うという失権の効果を明記しているとともに、かかる効果が条件を定める文言と組み合わされることで、買主による本件合併契約第9.3条の遵守という停止条件を明確に規定しているものだと判示した。

(2) 争点2:本件失権条項の停止条件の不成就は免除されるか

 次に、本判決は、本件失権条項の定める停止条件の不成就が免除(excuse)されるかどうかについて検討している。上述のとおり、コモン・ローにおいては、一般的に失権は好ましいものとは考えられていないため、失権をもたらす停止条件の不成就の免除が一定の場合に認められている。この点について、本判決は、Restatement (Second) of Contracts※9が定める判断枠組みに依拠して、次のように述べている。

  • 条件の不成就が不均衡(disproportionate)な失権をもたらす場合、当該条件の成就が、合意された交換条件において重要(material)でない限り、裁判所は当該条件の不成就を免除することができる※10。これは、当該条件の成就が合意された交換条件において重要でない場合に限って適用されるルールであり※11、重要性が認められた後にはじめて均衡性について検討されるものである。
  • 当該条件の成就が合意された交換条件において重要であるかどうかの判断にあたっては、履行又は履行の提供を怠ったことが重大であるかを判断する際に考慮される次の要素を参照することができる※12。かかる判断は、条件の目的の分析に重きがおかれるものの、当事者間の交渉の経緯や、契約の成立又は条件そのものに関連するその他の全ての事情の検討も伴うものである※13

    • 損害を受けた当事者が合理的に期待していた利益を剥奪される程度
    • 損害を受けた当事者が剥奪される利益について、十分な補償を受けられる程度
    • 履行又は履行の提供を怠った当事者が被る失権の程度
    • 履行又は履行の提供を怠った当事者が、合理的な保証を含むあらゆる状況を考慮した上で、その不履行を是正する可能性
    • 履行又は履行の提供を怠った当事者の行為が、誠実かつ公正な取引の基準(standards of good faith and fair dealing)に適合している程度
  • 失権が不均衡であるかどうかの判断にあたっては、裁判所は、(i)権利者が被る失権の程度と、(ii)義務者が保護を求めたリスクの重要性、及び失権を防止するために必要な限度で条件の不成就が免除された場合に失われる保護の程度とを比較衡量しなければならない※14

 その上で、本判決は、本件失権条項の本件通知要件が重要なものであるかを判断するための事実関係が十分ではないとして、デラウェア州衡平法裁判所に差し戻した。

3. 本判決のポイント

  • 本判決を踏まえ、補償請求を受ける側の当事者としては、①通知要件の不遵守は補償請求権の失権につながること、②かかる通知要件は契約において重要であること、及び③通知要件の不遵守による補償請求権の失権は、不均衡なものではないことが契約書上明らかとなるように文言を工夫する必要があろう。他方で、補償請求をする側の当事者は、補償請求をする際の要件を遵守することが実務上可能かどうかを契約のドラフト段階から確認し、必要に応じて要件の緩和や要件に柔軟性を持たせることができないかを検討するとともに、実際に補償請求をする場合には、メインとなる買収契約のみならず付随する契約の要件もきちんと確認した上で、その遵守に努めることを改めて留意する必要がある。
  • 本判決は、M&A契約における補償請求の通知条項について判断したものであるが、停止条件の解釈方法や停止条件が成就しなかった場合の帰結に関する判示は、M&A契約における他の条項にも適用しうるため、広くM&A契約の実務において参考になると思われる。

III. In re Columbia Pipeline Group, Inc. Merger Litigation, 342 A.3d 324 (Del. 2025)

1. 事案の概要

 2016年、TC Energy Corp.(以下「TC Energy」という。)は、Columbia Pipeline Group, Inc.(以下「Columbia」という。)を約100億ドルを対価として合併により買収した(本IIIにおいて以下「本件買収」という。)。Columbiaの経営陣の一部は、Columbiaとの間で、会社が第三者に買収され、買収後に当該経営陣が買収者の下で雇用されなくなった場合に、高額の金銭の支払いを受ける権利を当該経営陣に付与する合意(いわゆる「ゴールデンパラシュート条項」)をしていたため、本件買収を理由に高額の金銭の支払いがなされた※15

 Columbia側で買収交渉を主に担当していたのは、CFOのStephen Smith氏及びCEOのRobert Skaggs Jr.氏であり、Smith氏は買主であるTC Energyの戦略経営企画部のVPであったFrançois Poirier氏と既知の仲であった。本件では、買収交渉の過程において、Smith氏からPoirier氏に対して、本来伝えるべきではなかったColumbiaの立場や内部の状況を伝えたこと等が問題になった。また、Smith氏及びSkaggs氏はColumbiaとの間でゴールデンパラシュート条項を合意しており、いずれにしても引退の時期が近付いていたSmith氏らには、ゴールデンパラシュート条項に基づく高額の金銭の支払いを受けるべく、Columbiaの買収を成立させることについて利害関係を有していた。

 015年11月、本件買収の交渉に先立ち、TC Energy及びColumbiaは秘密保持契約を締結した。同契約には、スタンドスティル条項※16が含まれていた。Columbiaの買収については、TC Energy以外に他の買主候補も存在しており、同様にスタンドスティル条項を含む秘密保持契約をColumbiaと締結していた。

 同月、上記のスタンドスティル条項が存在していながらも、TC Energyは(Columbiaの取締役会からの書面による要請がないにもかかわらず)Columbiaに対して一株当たり25ドル~26ドルでの買収提案を行ったが、Columbiaの取締役会は、提案額が想定よりも低いことからTC Energyの提案を拒絶した。その後、買収プロセスは一旦終了することになったが、Smith氏は、Columbiaの取締役会の承認なく、Poirier氏に対してのみ、数週間以内に本件の買収プロセスが再開する可能性があること等を伝えていた。なお、Smith氏は、その他にも複数回に亘りColumbiaの内部の状況や取締役会の反応等を(Columbia取締役会の承認を経ずに)TC Energy側に共有していた。

 2016年1月、TC EnergyはColumbiaに対して一株当たり25ドル~28ドルのレンジでの非公式な買収提案を行い、2016年3月9日、TC Energyの取締役会は一株当たり26ドルで買収提案を行うことを承認した。TC Energyは、買収交渉の情報が外部に漏れたこと、それを受けてColumbia側が動揺した反応を見せていたこと等の諸々の状況を踏まえ、更に低い金額を引き出せる可能性があると考えて、Columbiaに対して改めて一株当たり25.50ドルでの買収提案を行い、その提案が受け入れられなかった場合には本件の買収交渉が終了した旨を公表する意向があることを伝えた。同年3月16日、Columbiaの取締役会はTC Energyの一株当たり25.50ドルでの買収提案を承認し、その後、本件買収は実行された。

 本件買収の完了後、2018年7月、Columbiaの旧株主は、Skaggs氏、Smith氏及びTC Energyを被告として本件訴訟を提起した。この訴訟において、原告は、Skaggs氏及びSmith氏が、買収プロセスにおいて株主のために買収価格を最大化することよりも自らの経済的利益(具体的には、ゴールデンパラシュート条項に基づく金銭の支払い)を優先し、低い買収価格で応じたこと等により忠実義務に違反したこと、並びに本件買収の承認のための株主総会のための委任状に虚偽又は誤解を招く記載をして委任状に関する開示義務に違反したこと※17を主張した。また、原告は、Columbiaの取締役が買収プロセスにつき十分な監督を行っていなかったことを理由に信認義務に違反していると主張した。更に原告は、本件買収に係る合併契約上、一方当事者が委任状の重要事実の虚偽記載や省略について発見した場合には相手方当事者に速やかに通知する義務が定められていたところ、TC Energyは委任状のドラフトの内容を確認する機会を付与されていたにもかかわらず、Columbiaに対して内容を訂正すべき旨の通知はしなかった等の事実を挙げて、TC Energyがこれらの信認義務違反及び委任状に関する開示義務違反について幇助を行ったと主張した。なお、Skaggs氏及びSmith氏は、トライアル手続に進む前に79百万ドルを支払って原告と和解をしたため、本件の訴訟にはTC Energyのみが残ることになった。

 デラウェア州衡平法裁判所※18は、Skaggs氏及びSmith氏が利益相反の状況下で一部の買主候補のみを優遇して交渉プロセスを進めていたり、スタンドスティル条項に違反してTC Energyと連絡を取っていたこと等を踏まえてSkaggs氏及びSmith氏の行為が合理性の範囲を超えていたと判断し、Skaggs氏及びSmith氏が忠実義務に違反していたこと、Columbiaの取締役会が注意義務に違反していたこと等を認定した。その上で、買主がこれらの義務違反について認識を有していたと解釈できる(constructively knew)こと及び有責的にかかる義務違反に加担したことが立証されたとして、TC Energyの幇助責任を認めた。また、同裁判所は、委任状に関する開示義務違反について、TC Energyに委任状に記載すべき重要な事実の虚偽記載や省略についてColumbiaに通知する義務があったにもかかわらず通知しなかったことを理由に、TC EnergyがColumbiaによる開示義務違反の幇助を行ったと認定し、TC Energyに対して合計約200百万ドルの損害賠償の支払いを命じた。その後、TC Energyは幇助責任に関して裁判所の判断に誤りがあるとして、デラウェア州最高裁判所に上訴した。

2. 争点と裁判所の判断

 上訴審であるデラウェア州最高裁判所は、デラウェア州衡平法裁判所の上記判決を覆した。争点と最高裁判所の判断は以下のとおりである。

(1) 買収プロセスにおける対象会社の経営陣の信認義務違反について買主側の幇助が成立するか

 デラウェア州最高裁判所は、直近の裁判例(In re Mindbody, Inc., Stockholder Litigation※19)を踏まえ、買主が対象会社の経営陣・取締役の信認義務違反に関して幇助の責任を負うためには、対象会社の経営陣・取締役側の信認義務違反及び自らの行為の不法性(wrongfulness)の双方についての買主の実際の認識(actual knowledge)が必要である(つまり、知っているかもしれないという程度や知りうべきという程度では足りない)ことを示した上で、本件では、買収交渉の過程においてColumbiaの経営陣の一部が個人的利益を理由に買収実行を熱望していた状況によってTC Energyが利益を受けたかもしれないものの、TC Energyが、Columbia経営陣が信認義務に違反していたことや自らの行為が不適切であったことを実際に認識していたことを示す証拠はないと判断した。そして、買主の交渉姿勢が非常に積極的であったとしても、買主が義務違反に積極的に関与したり、認識した上で義務違反を働きかけるような場合でなければ、アームスレングス(独立した第三者間)での交渉は幇助行為には該当しないことを強調した。

(2) 委任状の記載に関する開示義務違反について買主側の幇助が成立するか

 デラウェア州最高裁判所は、契約(合併契約)の義務違反と対象会社の開示義務違反の幇助の責任は区別されるべきとした上で、委任状の内容を確認する買主の合併契約上の義務は、それ自体、(対象会社の開示が不十分であったとしても)買主の幇助責任を生じさせるものではないと判断した。対象会社の開示義務違反について買主の幇助責任を認めるためには、買主は開示義務違反及び自らの行為が不法であることの実際の認識があったこと、並びに対象会社側の義務違反を実質的に補助したことが必要であるとした上で、本件では、TC Energyは一部の開示義務違反について実際に認識していたと認められるものの、自らの行為が不法であることの実際の認識は認められず、また、TC Energyにおける実質的な補助行為も認められない(TC Energyは、誤解を生じさせるような記載を提案したり、重要事実の省略を提案したわけではない)として、幇助の責任を否定した。

3. 本判決の考慮すべきポイントやM&A実務への影響

  • 本判決により、買収の際に、対象会社の経営陣や取締役による忠実義務違反や開示義務違反について買主の幇助責任が認められる場面は非常に限定されることになる。本判決を踏まえると、買主側は対象会社側の利益相反状況やその他の内部状況について調査をする義務を負わず、買主側が対象会社の経営陣や取締役による忠実義務違反や開示義務違反を積極的にそそのかすような例外的な状況を除き、基本的には、最良の買収条件を得るべく交渉する信認義務を自らの株主に対して負うに過ぎず、アームスレングスでの買収条件の交渉が尊重されることになる。
  • 買収対象会社の元株主としては、個人よりも資力のある買収者を相手に訴訟提起をするインセンティブがあるが、本判決を受けて、今後、そのような訴訟提訴をする件数が減る可能性がある。本判決は、買収者から見て、デラウェア州の会社の買収案件の訴訟リスクを限定するものと言え、会社をデラウェア州において設立することの魅力を増すものと言える。

脚注一覧

※1
本件買主は、法令遵守に関する表明保証及び重要顧客に関する表明保証の違反に加え、Dura Medicが、本件買収契約において、本件買収前の一定期間における財務諸表は全ての重要な点において真実、完全かつ正確であり、全ての重要な点においてDura Medicの財務状況を適正に表示していることを表明保証したにもかかわらず、これにも違反したことも主張したが、デラウェア州衡平法裁判所はその主張については認めなかった。

※2
本判決は、法令遵守に関する表明保証違反に基づく補償として、開示されていなかった監査への対応に要した費用等を認めた。

※3
例えば、カリフォルニア州の裁判所はアンチ・サンドバッギングの立場であり(Telephia, Inc. v. Cuppy, 411 F. Supp. 2d 1178, 1188 (N.D. Cal. 2006); Kazerouni v. De Satnick, 228 Cal. App. 3d 871, 873 (2d App. Dist. 1991))、ニューヨーク州の裁判所は、多数の判例に基づき、買主がどのように表明保証違反を知ったか等に応じて場合を分けるハイブリッド・アプローチを採用していると言われている。

※4
Akorn, Inc. v. Fresenius Kabi AG, 2018 Del. Ch. LEXIS 325, *178 (Del. Ch. Oct. 1, 2018)等。

※5
“Any claim by a Purchaser Indemnified Party on account of Damages under this Article IX (a “Claim”),・・・will be asserted by giving the Members’ Representative reasonably prompt written notice thereof, but in any event not later than 30 days after the Purchaser Indemnified Party becomes actually aware of such Claim, provided that no delay on the part of the Purchaser Indemnified Party in notifying the Members Representative will relieve the Merger Parties from any obligation under this Article IX, except to the extent such delay actually and materially prejudices the Merger Party. Such notice by the Purchaser Indemnified Party will describe the Claim in reasonable detail, will include the justification for the demand under this Agreement with reasonable specificity, will include copies of all available material written evidence thereof, and will indicate the estimated amount, if reasonably practicable, of Damages that has been or may be sustained by the Purchaser Indemnified Party. The Purchaser Indemnified Parties shall have no right to recover any amounts pursuant to Section 9.2 unless the Purchaser notifies the Members’ Representative in writing of such Claim pursuant to Section 9.3 on or before the Survival Date.”

※6
本件合併契約第9.3.2条において、「買主側補償受領者」(Purchaser Indemnified Party)及び「買主」(Purchaser)に該当する。

※7
本件合併契約第9.3.2条において、「売主側代表者」(Member Representative)に該当する。

※8
“…if Purchaser determines in good faith that it or any Purchaser Indemnified Person has a claim to a payment from the Indemnity Escrow Fund pursuant to Article IX of the Merger Agreement (a “Claim”), then Purchaser may provide written notice of the Claim on behalf of itself or any Purchaser Indemnified Person, to the Escrow Agent with a copy sent contemporaneously to Representative (a “Claim Notice”). The Claim Notice shall specify in reasonable detail the nature and dollar amount of the Claim and certify that Purchaser has delivered a copy of such Claim Notice to Representative and the information set forth in such Claim Notice complies with the terms of the Merger Agreement….”

※9
Restatement (Second) of Contracts は、法律ではないが、学者・判事・弁護士で構成されるAmerican Law Instituteが作成したコモン・ローを体系的に整理し統一的にまとめた権威のある指針である。

※10
“To the extent that the non-occurrence of a condition would cause disproportionate forfeiture, a court may excuse the non-occurrence of that condition unless its occurrence was a material part of the agreed exchange.” Restatement (Second) of Contracts §229.

※11
Restatement (Second) of Contracts § 229 コメントc

※12
Restatement (Second) of Contracts § 241 (1981)

※13
Acme Mkts., Inc. v. Fed. Armored Express, Inc., 648 A.2d 1218, 1221–22 (Pa. Super. Ct. 1994)

※14
Restatement (Second) of Contracts § 229 コメントb

※15
本件買収の後、ゴールデンパラシュート条項に基づく支払いを含めてSkaggs氏は26.84百万ドルの退職金を、Smith氏は10.89百万ドルの退職金を、それぞれColumbiaから受領した。

※16
本件のスタンドスティル条項では、各当事者は、秘密保持契約締結後12ヶ月の間、相手方の取締役会の事前の書面による要請がない限り、相手方の株式の取得や取得の提案、相手方の経営陣、取締役会、方針等に影響を与えたり、これらに影響を与えようとすること等が禁止されていた。

※17
具体的には、買収プロセスにおける買主と対象会社の間のコミュニケーション等の重要事実が正確に記載されていなかったと主張した。

※18
In re Columbia Pipeline Grp., Inc. Merger Litig., 299 A.3d 393, 410 (Del. Ch. 2023)

※19
In re Mindbody, Inc., Stockholder Litigation, 332 A.3d 349 (Del. 2024)

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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