報告対象企業に関する議論の状況
1. 制度概要のリキャップ
SB253は、カリフォルニア州で事業を行い、前事業年度の年間総売上高が10億ドルを超える米国の事業体に対し、スコープ1、スコープ2及びスコープ3の温室効果ガス排出量の報告を義務付ける制度です。報告は年次で、スコープ1・2排出量の報告は2026年、スコープ3排出量の報告は2027年から開始予定です。SB261は、カリフォルニア州で事業を行い、前事業年度の年間総売上高が5億ドルを超える米国の事業体に対し、気候関連財務リスク報告書の公表を義務付ける制度で、隔年提出、初回期限は2026年1月1日※9とされています。
いずれの制度でも、報告対象該当性の判断には「カリフォルニア州で事業を行う」(does business in California)及び「売上高」(revenue)の定義理解が不可欠ですが、両要件は法律上明確に定義されておらず、最終的にはCARBの規則での明確化が予定されています。上記のとおり、CARBの規則案の公表は遅れていますが、前回ニュースレター発行後にワークショップ等において各定義を含む報告対象企業の明確化に向けた議論が進んでおりますので、以下、最新の状況を概観します。
2. 「カリフォルニア州で事業を行う」の定義に関する議論状況
CARBは、2025年5月29日開催の第一回ワークショップ(以下「第一回ワークショップ」といいます。)において、カリフォルニア州歳入租税法(Revenue and Taxation Code、以下「RTC」といいます。)23101条の枠組みを基礎に、必要な修正を加える初期案を提示しました。この初期案に基づき、2025年8月21日開催の第二回ワークショップ(以下「第二回ワークショップ」といいます。)及びその後のステークホルダーからのフィードバックを踏まえ、2025年11月18日開催の第三回ワークショップ(以下「第三回ワークショップ」といいます。)及び本FAQにおいて、CARBは以下の定義を「カリフォルニア州で事業を行う」の定義として規則に定めることを公表しました。
-
金銭的又は経済的利益を得る目的で取引を積極的に行っており、かつ
-
以下のいずれかを満たす場合
-
カリフォルニア州で設立、又は商業上の本拠が同州にあること
-
カリフォルニア州における売上高※10がインフレ調整後の基準値(2024年は735,019ドル)又は当該事業体の総売上高の25%を超えること
なお、RTC23101条の定義には、上記②の要件の中にカリフォルニア州において一定の資産を持つことや一定の給与を支払うことという要件も含まれていますが、これは必ずしもカリフォルニア州において実質的な経済的関わりがあるとまではいえないことから、ステークホルダーからのフィードバックを踏まえてSB253及びSB261の定義からは除外されています。
3. 「売上高」の定義に関する議論状況
第一回ワークショップでは、「売上高」の定義として、RTC25120条(f)(2)における「総収入」(gross receipts)の定義を準用し、費用控除前の総額ベースで判定する初期案が示されました。その上で、その後の第二回ワークショップ及びステークホルダーからのフィードバックを踏まえ、第三回ワークショップ及び本FAQにおいて、CARBは以下の定義を「売上高」の定義として規則に定めることを公表しました。
「資産の売却若しくは交換、役務の提供、又は資産若しくは資本の使用(賃料、ロイヤルティ、利息及び配当を含む。)により事業所得を生じる取引において、受領した金銭その他の財産の公正市場価値、又は役務提供の対価の合計額(gross amounts)をいう。当該取引により生じる所得、利益又は損失は、本規定に適用される連邦内国歳入法(Internal Revenue Code)に基づき認識される(又は、当該取引が米国内で行われたと仮定した場合に認識される)ものとする。なお、資産の売却又は交換に係る実現額は、売上原価(cost of goods sold)又は売却資産の簿価(basis)によって減額されないものとする。」(原文:The gross amounts realized (the sum of money and the fair market value of other property or services received) on the sale or exchange of property, the performance of services, or the use of property or capital (including rents, royalties, interest, and dividends) in a transaction that produces business income, in which the income, gain, or loss is recognized (or would be recognized if the transaction were in the United States) under the Internal Revenue Code, as applicable for purposes of this part. Amounts realized on the sale or exchange of property shall not be reduced by the cost of goods sold or the basis of property sold.)
CARBによると、これはRTC25120条(f)(2)における総収入の定義と整合的なものであり、かつ当該定義に基づく総収入額がフランチャイズ税務委員会に対するファイリングで検証可能であることを踏まえたものであると説明されています。さらに、毎年の売上高の変動に対応するため、売上高はある事業体の直近2会計年度の売上高のうち小さい方に基づいて判断することが想定されています。
4. 報告対象除外企業に関する議論状況
第一回ワークショップ及び第二回ワークショップ等におけるフィードバックでは、非営利等特定の種類、性質の企業に関して報告対象企業から除外する必要性が指摘されており、CARBもそれを認識した上でその範囲について検討を進めていました。第三回ワークショップでは、CARBとして初めて報告対象企業から除外するカテゴリーを提案しました。具体的には、①非営利団体や慈善団体等の、連邦内国歳入法(Internal Revenue Code)に基づき免税資格を有する事業体、及び②カリフォルニア州における事業活動が、在宅勤務(テレワーク)を行う従業員によるもののみである事業体は、報告対象企業から除外することが提案されています。なお、CARBは、連邦政府、州政府及び地方政府、並びに政府機関が50%超を保有する事業体、カリフォルニア州において保険局(Department of Insurance)の規制対象となる事業体又は他州において保険業を営む事業体については、そもそも法令上報告対象企業から除外されているため、CARBの規則では除外不要である点も併せて補足しています。
5. 親子関係の定義に関する議論状況
前回ニュースレターでご紹介したとおり、SB261に関しては、成立当初から、親会社においてグループ内の複数の報告対象企業の気候関連財務リスクを統合した上で報告書を作成、公表することができることとされていました。また、SB219の成立により、SB253に基づく温室効果ガス排出量報告についても、SB261と同様に親会社による連結ベースでの開示が明確に認められることとなりました。しかしながら、「親会社」(parent company)及び「子会社」(subsidiary)の定義や範囲については、法令では明確に示されておらず、CARBの規則による明確化が期待されている状況です。但し、他の議論状況と同様に、親子関係の定義についても現時点でステークホルダーからのコンセンサスは得られておらず、今後も議論が続いていくことになっています。以下、これまでの議論の状況をご紹介します。
まず、CARBが第一回ワークショップにおいて示した初期案では、親子関係の定義に関して、カリフォルニア州のキャップ・アンド・トレード制度(Cap-and-Trade Program)における企業関係の定義を援用する方向性が示されました。その後、この案に対するフィードバックを踏まえ、CARBは、第三回ワークショップ及び本FAQにおいて、上記の定義と整合的なカリフォルニア州規則集第17編(Title 17, California Code of Regulations)の95833条の考え方を引用し、別の事業体が、「直接的な企業関係」(direct corporate association)を通じて、当該事業体に対して所有権又は支配権を有する場合、当該事業体はその別の事業体の「子会社」(subsidiary)であると定義することを提案しています。この「直接的な企業関係」とは、具体的には以下のいずれかを意味するものとされています。
-
他の事業体のいずれかのクラスの上場株式について50%超の持分を有する場合、又は当該株式を取得する権利若しくはオプションを有する場合
-
他の事業体の所有者、取締役、又は役員の50%超が共通している場合
-
他の事業体の議決権の50%超を有する場合
-
有限責任組合(limited partnership)以外のパートナーシップにおいて、当該パートナーシップの持分の50%超を有する場合
-
有限責任組合において、ジェネラル・パートナーに対する支配権の50%超、又はジェネラル・パートナーを選任する議決権の50%超を有する場合
-
有限責任会社(limited liability company)において、保有形態を問わず、他の事業体に対して50%超の持分を有する場合
また、CARBは、第二回ワークショップにおいて、子会社を特定する方法として、企業データベースの情報を用い、これをカリフォルニア州務長官(Secretary of State)のデータベースやカリフォルニア州のフランチャイズ税務委員会(Franchise Tax Board)のデータベースと照合する案も提示しています。さらに、CARBは、同一の親会社の下に複数の報告対象企業が存在する場合に、企業自らが親子関係を自己申告することで、重複報告を回避する仕組みを導入することも示唆しています。
親子関係の定義や親会社による一括報告をめぐる議論は、グローバル企業グループの実務対応に直接影響を及ぼす領域であり、ワークショップにおいても多数の質問が見受けられました。これを踏まえて本FAQでは、この論点に関して詳細なQ&Aが公開されています。そのうち重要なものをご紹介すると、SB253やSB261の報告対象企業に該当しない外国の親会社(日本企業を含みます。)であっても、報告対象企業である米国の子会社のために一括して報告を行うことが可能である点、親会社として一括報告をしたとしても、SB253及びSB261における「カリフォルニア州で事業を行う」の定義に当然に該当してしまうことはなく、企業ごとに各要件該当性を確認する必要がある点が明確化されています。SB253もSB261も、報告対象企業の1要件として米国の事業体であることが含まれていますので、上記の明確化により、日本企業が米国の子会社である報告対象企業のために一括して報告を行う場合であっても、それによってSB253及びSB261の直接の義務の名宛人になることはないということが当局によって明らかにされたといえます。
6. エンティティリストの公開
上記のとおり、「カリフォルニア州で事業を行う」及び「売上高」の定義については、CARBの規則案の公表及びその最終化まで未だ流動的であり、企業は当面、CARBがこれまでに提案した案を前提としつつ、CARBの修正案の動向を注視して対応を検討する必要があります。他方、CARBは、2025年9月23日にSB253及びSB261の対象になり得る事業体の初期的リスト※11(以下「エンティティリスト」といいます。)を公開しました。エンティティリストは、カリフォルニア州務長官が公開しているデータを用いて抽出されたものですが、参照したデータは2022年3月までの有効な届出のみが含まれており、完全に正確なデータではない点には留意が必要です。したがって、エンティティリストに名前が掲載されていても必ず報告義務があることを決定付けるわけではなく、逆にエンティティリストに掲載されていない事業体であっても、今後CARB規則で明確化される要件に照らして、自ら報告対象企業該当性を判断する必要があります。
手数料に関する議論の状況
SB253及びSB261に基づく報告義務の履行に際しては、当初、報告書提出時に所定の手数料を支払うことが求められていました。しかし、SB219により、報告書の提出時に手数料を同時に納付する義務は削除され、CARBが定める手数料を毎年徴収する仕組みに変更されました。
CARBは、第二回ワークショップにおいて、報告対象企業に対して年額の固定手数料を課す方針を示しています。具体的には、SB253及びSB261それぞれにつき、プログラム管理費用を報告対象企業の数で割る計算式が示されており、CARBの試算によると、プログラムのセットアップに1回限りの20.7百万ドルの費用、両プログラムの管理に毎年13.9百万ドルの費用を要する見込みとなっています。この試算に基づき、SB253の報告対象企業(CARBの予測に基づくと2,596社)に対しては年間3,106ドル、SB261の報告対象企業(CARBの予測に基づくと4,160社)に対しては年間1,403ドルの手数料がそれぞれ想定されています。なお、このCARBの報告対象企業の予測数はカリフォルニア州務長官が公開しているデータを用いて算出されたものですが、この方法については、データが古かったり重複していたりする、売上高に関する情報が含まれていない、報告対象企業から除外される企業が考慮されていないなどの懸念が指摘されています。これを踏まえてCARBは、最新の情報が含まれ、データも検証可能な、カリフォルニア州のフランチャイズ税務委員会に対するフランチャイズ税のファイリングデータを参照することを検討しています。このアプローチは、「カリフォルニア州で事業を行う」や「売上高」の定義でRTCを参考にしている点と整合的なものになっているといえます。
SB253及びSB261の両法令上報告対象企業に該当する場合は、手数料もそれぞれ支払う義務があります。また、CARBによると、親会社レベルでまとめてグループ会社分の報告を行う場合であっても、手数料については報告対象企業毎に発生することになっており、親会社がその手数料の合計をまとめて支払うことも可能であると説明されています。
この手数料は、CARBが規制運営及びデータ管理体制を維持するための行政コストを賄う目的で設定されるものであり、将来的には物価変動、報告対象件数及びCARBの予算に応じて調整される可能性があります。最終的な算定方法、金額や支払方法は、今後公表されるCARBの規則案において公表される見込みであり、手数料に関しても今後の動向を注視していく必要があります。
その他のSB253に関するアップデート
1. 執行方針通知(Enforcement Notice)の公表
CARBは2024年12月5日、SB253の施行に向け執行方針通知(Enforcement Notice)※12を公表しました。本通知は、2026年におけるスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量の初回報告に関するCARBの執行方針を明らかにしたものであり、初年度においては企業の「誠実な努力」(good faith effort)を重視することが示されています。すなわち、CARBは、企業によってはスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量報告を行うために、新たなデータ収集プロセスを導入する準備期間が必要となる場合があることを認識していることを強調し、初回報告に関しては、報告対象企業が利用可能な直近の会計年度に関する最新データに基づき誠実な努力を行い報告する限り、初回段階で不完全な報告であることを理由に直ちに行政罰を科すことはないとしています。
この執行方針通知に関して、CARBは、第三回ワークショップ及び本FAQにおいて重要な補足を行いました。すなわち、CARBは、執行方針通知の発出時点(2024年12月5日時点)でスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量のデータを収集していなかった、又は収集を予定していなかった事業体については、2026年に関してはスコープ1及びスコープ2のデータを報告する義務はない旨が明確化されました。このような報告対象企業は、2026年に報告書を提出する代わりに、自社レターヘッドを付し、2026年の報告書を提出しないこと、及び執行方針通知に従い、通知発出時点において当該企業は対象データを収集していなかった、又は収集予定がなかったことを記載した書面をCARBへ提出することが求められます。
したがって、初回報告に関しては、2024年12月5日時点で把握していた最良の情報に基づきスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量のデータを報告することが重要といえます。なお、この執行方針通知は2026年の初回報告にのみ適用されるものである点には留意が必要です。
2. 報告期限
CARBは、第二回ワークショップにおいて、SB253に基づくスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量の初回報告期限を2026年6月30日に設定することを提案しましたが、その後のフィードバックを踏まえ、第三回ワークショップにおいて初回報告期限を2026年8月10日に設定する旨修正しています。このように、現時点では会計年度の終了後一定期間経過後等といった各報告対象企業の会計年度に即した期限を設けるのではなく、一律に固定日を期限とすることが提案されています。また、CARBは、第三回ワークショップにおいて、初回報告に使用するデータに関し、2026年1月1日から同年2月1日までの間に会計年度が終了する報告対象企業については2026年の会計年度のデータを、同年2月2日から同年12月31日までの間に会計年度が終了する報告対象企業については2025年の会計年度のデータを利用することを提案しました。これは、会計年度の終了から少なくとも6ヶ月の期間が空くように設計されたものであると説明されています。
一方、スコープ3の温室効果ガス排出量の報告は2027年から開始される予定であり、具体的な期限はCARBに決定権限が委譲されていますが、現時点でCARBからこの点に関する公表はありません。
上記の初回報告期限及びスコープ3の温室効果ガス排出量の報告期限は、最終的には今後公表されるCARBの規則において明確化される予定となっています。
3. 本スコープ1・スコープ2テンプレートの公表
CARBは2025年10月10日、本スコープ1・スコープ2テンプレートのドラフト版を公表しました。本スコープ1・スコープ2テンプレートは、報告書の標準化を目的として設計されたもので、質問に回答を記入する形式の報告フォーマット、算定方法、温室効果ガス排出量の計算に当たり必要となる用語の定義及び排出量の単位換算等に関する具体的ガイドラインが含まれ、Excelフォーマットとなっています。
CARBが同時に公表したメモ※13によると、少なくとも初回報告に関しては、本スコープ1・スコープ2テンプレートの使用は任意であり、報告会社が独自のフォーマットを使用することは妨げられません。本FAQでは、例えば、報告対象企業が既にスコープ1及びスコープ2の温室効果ガス排出量を他の自主的な枠組み又は他の規制に基づき提出している場合は、当該データを報告することも可能である旨説明されています。もっとも、特に温室効果ガス排出量の報告が初めての企業にとっては、本スコープ1・スコープ2テンプレートを使用することは非常に有用と考えられます。
本スコープ1・スコープ2テンプレートは、ステークホルダーからのフィードバックを経て今後修正版が作成される予定です。
4. 保証(Assurance)
前回ニュースレターでご紹介したとおり、SB253は、当初は「限定的な保証」(limited assurance)から始まり、その後段階的により広い範囲で、独立した第三者保証機関による温室効果ガス排出量データの保証を取得することを求めています。
この保証に関してCARBは、第二回ワークショップにおいて、「体系的」(systematic)で、「独立した」(independent)、「文書化」(documented)されたプロセスで、所定の基準及び保証水準に照らして、客観的証拠に基づき実施すべきことを強調しています。加えて、保証機関に求められる資質として、独立性・客観性・誠実性の維持、自己業務のレビューの禁止、保証水準に応じた厳密性と効率性の両立を挙げ、不偏性(impartiality)の確保を重要視しています。
具体的な実装イメージとしては、サンプリング計画の設定、データ管理システムのレビュー、限定的なデータ及び適合性チェック、プロセスの文書化、発見・修正エラーの記録、最終の保証結果の発行といったハイレベルな手順が示されました。また、CARBは、参照され得る保証基準として、①国際監査・保証基準審議会(International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)のISSA 5000、②AccountAbility社のAA1000、③国際標準化機構(International Organization for Standardization:ISO)のISO 14060ファミリー、④米国公認会計士協会(American Institute of Certified Public Accountants:AICPA)の監査基準等既存の保証フレームワークの活用を挙げています。
以上はいずれも初期的なハイレベルでの構想にとどまり、今後CARBの規則案において具体化される見込みとなっていますが、初期段階では限定保証を前提に、体系性、独立性及び文書化を軸にした合理的な手続水準を確保しつつ、既存の国際基準を参照してこれと整合的な適用を図るというのがCARBの基本コンセプトとなっています。
なお、CARBは第三回ワークショップ及び本FAQにおいて、2026年の初回報告に関しては、執行方針通知に基づき、報告データに関して限定的な保証を取得していなければ、その取得は不要である旨説明しています。
その他のSB261に関するアップデート
1. SB261の予備的差止め
SB253及びSB261については、米国商工会議所(U.S. Chamber of Commerce)等を原告とする訴訟において、米国合衆国憲法修正第1条(表現の自由)等に基づく違憲性が争われています。原告らは、SB253及びSB261のいずれについても、訴訟係属中の執行を停止する予備的差止め(preliminary injunction)を求めましたが、2025年8月13日、第一審であるカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所はこれをいずれも認めないとの判断を下しました。
これを不服として原告らが連邦第9巡回区控訴裁判所に控訴し、控訴審においてもSB253及びSB261の執行停止を求めたところ、同裁判所は2025年11月18日、SB261についてのみ、控訴審係属中の執行を一時的に差し止めることを認めました。他方で、SB253については、CARBが提案している初回報告期限(2026年8月10日)との関係で緊急性が相対的に低いとして、執行停止は認められていません。連邦第9巡回区控訴裁判所は2026年1月9日に口頭弁論期日を指定しており、そこで何らかの判断が下される可能性があります。他方で、期日の変更や書面審理のみでの判断が行われる可能性もあり、今後のスケジュールは流動的です。
上記のSB261の予備的差止めを踏まえ、2025年12月1日、CARBは執行に関する通知(Enforcement Advisory)※14を公表し、2026年1月1日までにSB261に基づく報告を提出しなかった報告対象企業に対しては、制裁措置を科さない方針を示しました。他方で、差止め期間中であっても自主的な報告提出は可能であること、また控訴審の判断が確定した後に、必要に応じて新たな報告期限を含む追加情報を提供する旨も明らかにされています。
このように、SB261については、2026年1月1日までに初回報告書を公表すべきとの法令上の建付け自体は現時点で維持されているものの、その執行については一時的に停止されており、今後の控訴審の帰趨によって、SB261の有効性、制度の運用開始時期や適用範囲が影響を受ける可能性があります。
2. 初回報告に関するCARBの執行方針
CARBは、本FAQにおいて、上記のSB253に関するEnforcement Noticeと同様に、SB261に基づく報告データの精緻化には時間を要することから、初回報告については企業が利用可能な最新データに基づき誠実に報告する限り、合理的な対応と認める方針が示されています。具体的には、2023/2024年度又は2024/2025年度のデータを用いた報告であっても、利用可能な最新データを利用した誠実な努力(good faith)に基づく報告である限り、直ちに行政罰の対象にはならないと説明されています。この方針は、SB253に基づく初回報告の執行方針と整合的な内容であり、CARBが企業の段階的な制度適応を支援する姿勢を取っていることを示すものといえます。
3. 報告の方法
本FAQ及び本チェックリストにより、SB261に基づく具体的な報告方法が明確化されました。具体的には、報告書は自社ウェブサイトで一般に公開する必要があり、初回報告(2026年1月1日期限)については、CARBが2025年12月1日に設置済みの公開ドケット※15にリンクを掲載することが求められます。この公開ドケットは、報告書を一覧的に確認できるようにするために期間限定で運営され、2026年7月1日まで公開される予定です。なお、予備的差止めが有効な間は、自主的に報告を提出することは可能ですが、提出しなかった場合であっても制裁措置の対象とはならない点は、上記のとおりです。
4. SB261の報告内容(本チェックリストの概要)
SB261において対象企業が開示を義務付けられる「気候関連財務リスク」は、気候に関連する物理的及び移行リスクによって生じ得る、即時的及び長期的な財務に対する重大な損害リスクをいうと定義されています。この定義だけでは具体的な開示内容が不明確でしたが、CARBは2025年9月7日に本チェックリストを公表(同年11月17日一部修正)し、開示の具体的な方向性を明らかにしました。本チェックリストは、SB261に基づく気候関連財務リスク報告の最低限の開示基準を整理したものであり、その構成は気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)(以下「TCFD」といいます。)の推奨事項を基礎としつつ、カリフォルニア州独自の要請を反映したものとなっています。
まず、報告企業は、報告書が依拠するフレームワークを明示する必要がありますが、本チェックリストは、許容されるフレームワークとして以下の3つを挙げています。
-
TCFDによる提言最終報告書(Final Report of Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures)(2017年6月)又はTCFDの承継機関が公表する類似のフレームワーク
-
国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)が公表したIFRSサステナビリティ開示基準(IFRS S2)
-
米国政府を含む各国政府、規制当局、証券取引所等が定める法律や規則に基づく報告
企業はこれらのいずれかを採用した上で、推奨開示事項のうち採用したものと採用しなかったものを明示し、未採用とした事項については理由と将来の対応計画を記載しなければなりません。
さらに、本チェックリストは、報告書作成にあたっての基本的な指針として、報告書の利用者のニーズを満たすことを強調しています。すなわち、報告企業は、投資家やその他ステークホルダーの意思決定にとって有用であるかという観点から、自社の事業や財務見通しに重要な気候関連リスクと、その低減・適応のために採用した施策に焦点を当てて開示する必要があります。加えて、CARBは、気候関連課題の評価に際して生じたギャップ、限界、前提条件等を開示することも推奨しています。また、各種フレームワークに業種固有の追加ガイダンスが定められている場合には、開示内容の関連性を確保するため、当該業種固有のガイダンスに従うべきとされています。
このような一般的な枠組みを提示した上で、本チェックリストは具体的な開示項目を以下の4要素に整理しています。なお、上記のとおり、本チェックリストは報告内容の最低限の基準を示すものであり、各企業は自社の事業内容や業種特性に応じて、より詳細な開示を行うことも可能です。
-
ガバナンス
取締役会(設置されている場合)や経営陣による気候関連リスクの監督・管理体制について記載することが求められます。この項目では、気候関連リスクの特定、評価、監視・レビューの仕組みを明確に説明する必要があります。
-
戦略
短期・中期・長期の視点で特定された気候関連リスクと機会、これらが事業、戦略、財務計画に与える実際の又は潜在的影響について説明することが求められます。また、複数の気候シナリオを前提に戦略のレジリエンス(耐性)を評価することが推奨されており、その分析は定性的であっても差し支えないとされています。
-
リスクマネジメント
気候関連リスクをどのように特定し、評価し、管理しているか、そのプロセスを説明する必要があります。また、そのプロセスが企業全体のリスクマネジメントにどのように統合されているかも記載することが求められます。
-
指標と目標
気候関連リスクや機会を評価及び管理するために用いる具体的な指標と目標を開示することが必要です。温室効果ガス排出量の開示については、複数のフレームワークにおいて、適切な場合にはスコープ1からスコープ3までの報告が推奨されているものの、初回報告における必須項目とまではされていません。
また、本FAQでは、報告の様式に特定のテンプレートはなく、報告書が上記のいずれかのフレームワークに依拠して作成されている限り、既存の報告書をSB261のために利用することも可能であることが明確にされています。
今後に向けて
以上のとおり、報告対象企業の各定義、親子関係の整理、手数料の設定等、法令成立当初に不明確であった要素は、CARBのワークショップや補助資料を通じて徐々に明確化されつつあります。
もっとも、SB261については、上記のとおり、連邦第9巡回区控訴裁判所において予備的差止めが発出されており、次回の口頭弁論期日が2026年1月9日と初回報告期限(2026年1月1日)の後であることを踏まえると、このまま予備的差止めが変更されなければ、少なくともその間はSB261に基づく報告を行う必要はないことになります。但し、上記のとおり訴訟のスケジュールは流動的であり、今後の訴訟動向を継続的にモニタリングしていくことが必要です。報告対象となり得る企業が現段階で取り得る対応としては、現時点でCARBが示している報告対象企業に関する各定義案を前提に、自社が報告対象企業に該当するかを検討した上で、これまでにTCFD等のフレームワークに沿った気候関連開示を行っているかを確認し、未実施の場合には、SB261に関する差止めが将来解除された場合を見据えて、どのフレームワークを採用し、どのような体制やプロセスで報告を行うかについて、一定の道筋を事前に整理しておくことが考えられます。
他方で、SB253については現時点で差止めが認められておらず、CARBが提案しているスコープ1及びスコープ2の初回報告期限(2026年8月10日)に向けた準備を継続する必要があります。現時点でのCARBによる報告対象企業の各定義案を前提に、報告対象企業となり得る企業は、まず2026年の初回報告に関し、CARBの執行方針通知の公表時点でスコープ1及びスコープ2のデータを収集していたか、又は収集を予定していたかを確認し、その前提となるデータと算定プロセスの妥当性を検証することから作業を開始することになると考えられます。また、執行方針通知は2026年の初回報告にのみ適用されることから、2027年以降の報告に向けては、温室効果ガス排出量データの算定及び検証体制を早期に構築することも重要です。
このように、CARBの規則案の公表、最終化及び訴訟の帰趨がいずれも不透明な状況にあるものの、現時点で明らかになっている事項を踏まえて先行的な準備を進めることが、結果として将来の制度対応を円滑化し、不遵守のリスクを最小化するために有効であると考えられます。