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結論の「正しさ」は法解釈の正しさなのか―モヤモヤが残る下級審確定判決を検証する―
(2025年12月)
平川雄士(講演録)
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本ニュースレターは、「全文ダウンロード(PDF)」より日英併記にてご覧いただけます。シンガポール・オフィスの紛争解決チームについてPDF内にてご紹介しております。
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。
2025年10月10日、シンガポール上訴裁判所は、ベトナムにおける火力発電所の建設をめぐる紛争に関するシンガポール国際仲裁センターの仲裁判断を取り消した(Vietnam Oil and Gas Group v Joint Stock Company (Power Machines – ZTL, LMZ, Electrosila Energomachexport) ([2025] SGCA 50))。シンガポールにおいては、司法による介入を最小限に抑えるという国の政策を反映して、仲裁判断を取り消すための申立ての成功率が低いことを踏まえると注目に値する事例である。本事例におけるシンガポール上訴裁判所の判断は、公正な審理の原則(fair hearing rule)がどのような場合に侵害されるかという点について重要な指針を示すとともに、これが仲裁廷の権限の逸脱(excess of jurisdiction)とはどのように異なるかを明らかにしたものである。
本紛争は、プロジェクトオーナーであるVietnam Oil and Gas Group(以下「PVN」という。)と請負業者のコンソーシアム(以下「PM」という。)が2013年に締結した設計・調達・建設契約(以下「本契約」という。)に起因するものである。本契約の準拠法はベトナム法であり、仲裁地をシンガポールとし、紛争はシンガポール国際仲裁センターに付託されることとなっていた。
2015年1月のプロジェクトの開始の後、2018年1月26日にPMは米国財務省外国資産管理局(US Office of Foreign Assets Control)により特別指定国民(Specially Designated National)に指定され、これによりPMの下請業者の多くが履行を停止した。2018年2月5日にPMは不可抗力(force majeure)を理由とする本契約の解除通知(以下「第一通知」という。)を発出した。その後2019年2月8日にもPMはPVNによる未払いを理由に再度の契約解除通知(以下「第二通知」という。)を発出した。本事例は、これら二通の通知の有効性及び効力が仲裁で争われた事例である。
仲裁廷は請負業者であるPMに有利な判断を下し、第二通知が有効であると認定するとともに約3億米ドルの損害賠償の支払いをPVNに命じた。仲裁廷は、仲裁判断(final award)の548段落において、「仲裁廷の見解では、契約が存続する中で発行された有効な第二通知は、無効な第一通知に優先しこれを置き換えるものである。第一通知が効力を有する前に第二通知が発行されたことからすると、[PM]には第二通知により第一通知を置き換えるか、あるいは少なくとも、第二通知により第一通知を補完する意図があったと認められる」と述べている。
PVNは仲裁判断の取り消しを申し立て、自然正義(natural justice)に違反することや仲裁廷の権限の逸脱にあたることなどを主張した。高等裁判所は、仲裁廷が公正な審理の原則に違反し、その権限を逸脱したと認定し、再審理のために本事例を仲裁廷に差し戻した。これに対し、両当事者は上訴した。
上訴裁判所は、第二通知が有効であり違法な第一通知を置き換えたとする仲裁廷の判断は、当事者の主張との十分な関連性を欠くものであり、また当事者は仲裁廷の意図するアプローチについて合理的に予見できなかったと認定した。
公正な審理の原則の一側面として「仲裁廷による推論の連鎖(chain of reasoning)は、当事者の主張と十分な関連性を有し、かつ当事者にとって仲裁廷が採用しうるか又は採用する可能性があると合理的に予見できるものである必要がある」。仲裁廷が推論の連鎖をすることができるのは、「(a)当事者の明示的な主張から導き出される場合、(b)当事者の主張から合理的に暗示される場合、(c)一方当事者の主張には含まれないが、何らかの方法で他方当事者が実際に予見するところとなった場合、又は(d)推論の連鎖が、いずれかの当事者が実際に提出した主張から合理的に導き出されるか、それらの主張に関連する場合」である。
上訴裁判所は、仲裁廷による上記の判断は、第二通知により第一通知を撤回する意図はないというPMが主張した立場に反するものであり、また、いずれの当事者の専門家証人の証言においても言及されていないと判断した。仲裁廷による上記の判断は両当事者の責任を決定する上で核心となる部分であり、仲裁判断の重要な部分に影響を及ぼした。そして、上訴裁判所は、PVNに対してこの点について追加の証拠及び主張を提出する機会が与えられていれば、仲裁廷の判断に単なる空論ではなく現実的な影響を与える可能性があったところ、PVNはかかる機会を与えられなかったという不利益を被ったと判断し、高等裁判所の判断に同意した。
しかしながら、上訴裁判所は、仲裁廷がその権限を逸脱したという高等裁判所の判断には同意しなかった。第二通知が第一通知を無効化し、これに優先し、これを置き換え、又はこれを補完したかどうかは、仲裁申立ての範囲内の事項であり、論理的に先行する問題であった。仲裁廷の不手際はその権限を逸脱したことではなく、仲裁廷が意図する推論の連鎖を当事者に明示しなかった点にあった。
上訴裁判所はPVNの上訴を認め、仲裁判断の548段落及びその関連部分を取り消した。これにより、当事者の主張から逸脱する新たな論理展開については、それに対処するための合理的な機会を仲裁廷として当事者に与えることの重要性が強調された。また、上訴裁判所の判断は、仲裁廷は提出された主張や資料に注意深く向き合い、提示された主張から合理的に導かれる内容の仲裁判断を起案しなければならないということを改めて注意喚起するものである。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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