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ニュースレター

公取委・経産省・国交省「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」等の公表

著者等
小川聖史大澤大(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Competition Law Update ~独占禁止法・競争法ニュースレター~ No.48/NO&T International Trade Legal Update 国際通商・経済安全保障ニュースレター No.34(2025年11月)
業務分野

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 公取委、経産省及び国交省は、本年11月20日、経済安全保障の観点から実施する事業者間の情報交換、共同行為及び企業結合等に関する15の事例について、独禁法上の考え方を取りまとめた「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」(以下「本事例集」)を公表しました※1。また、公取委は、同日、「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」(「以下「本考え方」)も公表しています。

 本事例集が作成された経緯としては、本年4月に開催された「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化のための有識者会議」において、経済安全保障を推進するに当たっての独禁法の論点が提起されたこと、すなわち、経済安全保障の観点から実施する場合における、事業者間における情報交換、連携、再編等の行為につき、独禁法上の基本的な考え方を整理して産業界に周知を行うことが必要、とされたことが契機となりました。その後、経産省及び国交省が、この文脈に関連する様々な事例を取りまとめ、経済安全保障の観点から想定される15の想定事例それぞれについて、主に、情報交換、共同行為及び企業結合の3つのカテゴリーに分けて、公取委が独禁法上の考え方を示す形で、本事例集が取りまとめられたものです。

 「経済安全保障を推進するに当たっての独禁法の論点」や、今般の動向の背景にあった考え方としては、安全保障環境が複雑化する中で、重要物資の供給途絶、技術移転強要等のリスクに対応するため、サプライチェーン全体や同業他社間の各種の取組・連携(情報交換、共同調達等の共同の取組、競争力強化のための企業結合)が一層重要であるという認識のもと、産業界からの声として、独禁法のカルテル規制や企業結合規制への抵触の懸念が指摘されていた、ということが示されております。

 当事務所が日頃ご相談を受けている中での印象としても、経済安全保障は、各社固有の事情があるため各社一律の対応が適切でない場面が少なくない一方、その性質上、あるいは、一企業が負担できるコストや手間等には限りがあることを理由に、複数の日本企業が(必要に応じて政府や業界団体等も含めて)協力・連携しなければ対処が困難な事項が増えている印象であり(その意味では、公取委のいわゆるグリーン・ガイドラインが策定された背景と通底する面があるともいえます)、例えば、情報収集分析等のインテリジェンス機能についても、そのような側面が強くなりつつあります。もっとも、情報交換については、(個別の事案に応じて具体的に検討しなければならないという性質上、致し方ないことではあるものの)独禁法・競争法上の適法/違法の境界が必ずしもクリアではなく、とりわけ経済安全保障上のキープレイヤー同士の場合、業界を寡占する競合先である場合もあるため、独禁法抵触への懸念から保守的に対応せざるを得ないと感じている日本企業も少なくないと思われます。

 以下で説明するとおり、本事例集及び本考え方に示された独禁法上の考え方は、少なくとも字面上は、さほど目新しいものはなく、これまでの考え方に基づき説明・理解が可能なものであるように見受けられます。また、本事例集及び本考え方のいずれも、公取委の各種ガイドラインのような体裁にはなっておらず、本事例集についていえば、15の想定事例に対して、当該想定事例の内容を前提に、比較的短文で抽象的な考え方を示すにとどまっております※2。さはさりながら、本事例集及び本考え方は、経済安全保障と独禁法、という文脈において、関連省庁から示された初めての公表資料であり、日本企業にとっては想定事例ごとに関連する独禁法上の考え方を整理している点で有用といえますので、その内容を概観する意義はあると考えられます。

 そこで、本ニュースレターでは、本事例集及び本考え方の内容を概観しつつ、実務上の意義を検討します。

2. 「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」

 本考え方は、全22頁からなる資料であり、「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」という(ガイドラインを想起させるような)表題となっております。

 もっとも、本考え方は、スライド(パワーポイント)形式の資料であり、公取委の各種ガイドラインのような体裁にはなっておりません。また、その中身としても、独禁法上の新しい考え方や、経済安全保障の観点からの独禁法上の考え方は示されておらず、本事例集の3つの主要カテゴリー(情報交換、共同行為及び企業結合)を念頭に置いて、公取委が既に他の文脈において示した一般的な考え方を整理して提示するにとどまっております。

 例えば、情報交換に関しては、「情報交換に関する基本的な考え方」がスライド1枚でまとまっており、一定の参考にはなるものの、その考え方は、公取委「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」や同「後発医薬品の安定供給等の実現に向けた産業構造改革のための独占禁止法関係事例集」等において既に示されていたものです。また、情報交換・共同行為に関して、「調達途絶に関連した情報交換・共同の取組に関する基本的な考え方」が、同じくスライド1枚でまとまっておりますが、これも、上記の二資料や公取委「震災等緊急時における取組に係る想定事例集」等において既に示されていたものです。

 企業結合に関しても、公取委の企業結合ガイドライン等を整理して示しつつ、過去の処理状況や企業結合事例を紹介するにとどまっております。過去の企業結合事例として、「市場シェア100%となっても企業結合を認めた事例」、「海外企業との国際競争に直面している国内で寡占的な日本企業同士の企業結合事例」、「国境を越えた市場を画定して企業結合を認めた事例」等の観点から先例をまとめており、今後、同様の観点から検討をする際には一定の参考になり得ますが、特に目新しい考え方は示されていないように思われます。

3. 「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」

 前記のとおり、本事例集は、経産省及び国交省が、経済安全保障と独禁法という文脈に関連して取りまとめた15の想定事例それぞれについて、公取委が独禁法上の考え方を示す形で取りまとめられたものです。

 特徴としては、各想定事例につき、「経済安全保障上の観点」及び「想定業種・製品」が明示されつつ独禁法上の考え方が示されていることが挙げられます。とりわけ、「経済安全保障上の観点」については、抽象化された表現にとどめられているものの、経済安全保障に関わる具体的な懸念が念頭に置かれていると思われる記載が目立ちます。例えば、「アンチダンピング申請に関する情報交換」事例(事例③)においては、「経済安全保障上の観点」として「ダンピングによる国内事業者への損害を取り除き、国内事業者の競争力を保つためにはアンチダンピング申請は重要であり、事業者間で共同申請の実施を決定するためのスムーズな情報共有が必要である」という(経産省による)指摘がなされていますが、その背景の一つには、特定国の企業が製品の過剰生産・過剰供給を行うことで製品価格の大幅な下落が生じ、当該製品を扱う日本企業が事業撤退に追い込まれる(ひいては市場がドミナントされる)ことで、当該製品に関する特定国への依存関係が発生し、そのような依存関係を特定国が自国の戦略的目標の追求のために利用すること(エコノミック・ステイトクラフト)に対する懸念があると思われます。本事例集は、このような経済安全保障上の具体的懸念に対抗するために日本企業が情報交換等の協力・連携を行う上で、独禁法がネックとならないように手当てする意図が見えます。

 また、「想定業種・製品」の明示については、産業別に成長戦略を策定するという現在の日本政府の発想※3に対応するもの、という見方もできると思います。そういった「想定業種・製品」については、電子機器、高機能素材、金属、自動車内燃機関部品、素材産業、他国からの輸入に依存している原材料(重要鉱物等)、造船・舶用工業、新エネ製品や自動車等に必要不可欠な部品、日本が技術優位性や国際競争力を有する業界など、想定事例ごとに比較的具体的な記載がなされていますが、各想定事例について示された独禁法上の考え方の射程は、必ずしも本事例集において特定された業種や製品に限られるものではないと考えられます。

 その上で、本事例集は、具体的な行為類型として、情報交換、共同行為及び企業結合の3つのカテゴリーごとに、それぞれ幾つかの想定事例について公取委が比較的短文で独禁法上の考え方を示しております。具体的な想定事例は以下であり、今後、経済安全保障が関連する文脈において、独禁法上の問題を具体的に検討する際に一定の参考とはなると思われるものの、公取委から示された考え方は、特に目新しいものは含まれていないように見受けられますので、結局、当該具体的な案件の状況に照らして検討する必要があります。

  • 情報交換:業務提携・買収提案に関する情報交換、流出を防ぐべき技術範囲に関する情報交換、アンチダンピング申請に関する情報交換、市場が縮小する事業の集約化・プラント等の共同廃棄や統合に関する情報交換、が想定事例として検討対象とされています。
  • 共同行為・共同の取組(共同開発含む):重要原材料の調達に関する情報交換及び共同調達、供給が限られる製品等の川下市場への配分、競争力を維持・確保するための共同行為、他社との共同研究開発の制限、が想定事例として検討対象とされています。特に、重要原材料の調達に関する情報交換及び共同調達(事例⑥)は、考え方が比較的詳細に示されており、実務上参考になると思われます。
  • 企業結合※4:寡占市場における企業結合、市場が縮小する事業に関する統廃合、過剰供給市場におけるポートフォリオ調整、事業の安定性・持続性を考慮した業界再編、競争力を維持・確保するための統合・合併、国内で寡占的な複数事業者の統合・合併、が想定事例として検討対象とされています。

4. おわりに

 前記のとおり、本事例集及び本考え方に示された独禁法上の考え方は、少なくとも字面上は、さほど目新しいものはなく、オーソドックスな考え方を採用しているように見受けられます。また、公取委の既存の各種ガイドラインのような体裁ではなく、15の想定事例に対して、当該想定事例の内容を前提に、比較的短文で抽象的な考え方が示されるにとどまっております。そのため、今後、経済安全保障が関連する文脈において、独禁法上の問題を具体的に検討する際には、本事例集を一つの参考とはしつつも、結局のところ、当該具体的な案件の状況や関連する経済安全保障上の具体的な懸念に照らして検討する必要があります。また、本事例集も指摘するように、検討対象となる製品分野次第では、海外競争法等も含めて検討しなければなりません。

 注目されるのは、今後の運用面です。すなわち、公取委のいわゆるグリーン・ガイドラインとの関連では、同ガイドラインに基づく運用において、実質的には、独禁法の解釈が柔軟化した(規制が緩和された)と思われる事例が多く見受けられております。経済安全保障と独禁法、という文脈における今後の公取委の運用が、同じ方向を進み、経済安全保障が何らかの形で論点になった場合には、経済安全保障上の具体的な懸念の存在が、独禁法上問題ないという方向で考慮に入れられるのか(さらに進んで、実質的には事実上の独禁法の適用除外のように運用されるのか)、あるいは、従前のオーソドックス・保守的な独禁法運用の中で処理されるのか、注視し続ける必要があると考えられます。

脚注一覧

※2
このような、従前のガイドライン形式ではなく、事例集という形式において独禁法上の考え方を示すという形式は、(従前も、緊急事態対応として、公取委「震災等緊急時における取組に係る想定事例集」などもありましたが)最近他にも見受けられるところです。例えば、公取委「後発医薬品の安定供給等の実現に向けた産業構造改革のための独占禁止法関係事例集」も同様の形式を採用しています(ただし、同事例集は、スライド形式ではなく、ワードファイルをベースにしていると思われるため、本事例集よりも文書での説明が比較的充実しております。)。

※3
例えば、内閣官房に設置された、新しい資本主義実現本部による「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」(令和7年6月13日)では、個別業種ごとの戦略が細かく記載されています。

※4
現在、欧州委員会は、合併ガイドラインの見直し作業中であるところ、幾つか(七つ)の重要なトピックにつき特に重点的な検討を実施しており、そのうちの一つ(Topic G)の一部に、経済安全保障が含まれています。欧州委の問題意識を含む文書は以下から入手可能です(2025年11月26日最終閲覧)。
https://competition-policy.ec.europa.eu/document/download/3ebe19c4-4b33-4ae4-a2e0-dbff47916225_en?filename=Topic_G_Public_policy_security_and_labour_market_considerations.pdf

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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